四場 騎士団長ハーデン・ヴェイル


地下探索を終えた直後、わたくしたちは送迎という名目の拉致によって仲間たちと引き離された。


わたくしはイリーナと二人、馬車に乗せられ黒幕の待つ王城へと連行されていく。


まるで刑場に搬送される死刑囚のよう──。


死にかけのわたくしは力尽きてイリーナに寄りかかって眠りに落ちた。


この状況下で呑気なものだ。と、ハーデンの側近たちにあきれた表情で一瞥された。


けれど、これは正念場だからこその選択。


もしも万策尽きたのならば、仲間たちはあの場で強行突破を選択したはずだ。


しかしイリーナは、時間をかせぐ。と言って笑った。


わたくしは連行される罪人ではない、凱旋する女王だ。


これから国家転覆の黒幕を失脚させ体制の正常化を行う。


そのためにギリギリまで体力の回復につとめなくてはならない。


わたくし達はまだ負けていない──。


信じる心が力になる、イリーナがいつも言っていることだ。



王城について通されたのは円卓の間──。


イリーナが不満げにボヤく。


「ラスボスのステージが会議室って! 謁見の間で玉座にふんぞり返るくらいのパフォーマンスがあるべきだ!」


なぜその必要があるのかはわからない、きっと面白いかどうかという話だろう。


マックサービスとヌラウスに追いやられて会議室に踏み込むと、そこにはハーデン団長とメジェフ騎士長が待機していた。


──なんて冷たい視線だろう。


わたくしの生存を確認したことでハーデンが落胆の表情を浮かべた。


老騎士メジェフは「陛下!」と叫び、血相を変えてこちらに駆け寄る。


その姿にわたくしは安堵した。


助言をさんざん無視し邪険にあつかったにもかかわらず、彼は変わらずにわたくしの味方だ。


「すぐ寝室へおはこびいたします。ハーデン団長、治癒術師の手配を!」


騎士団長は普段とかわらない落ち着いた態度でそれを拒否する。


「待ちたまえメジェフ騎士長、事態はその段階ではない」


「なんだと!」


食ってかかろうとする老騎士をイリーナが引き止める。


「ただいま、おじいちゃん」


「勇者殿、これはどういうことだ?!」


あせらなくてもいま明らかになる、そんな雰囲気をまとってイリーナはハーデンと対峙する。


「どういうことかな、騎士団長」


「……ダーレッドの姿がみえないが?」


黒幕は問いかけを無視して暗殺計画を失敗したであろう息子の顛末をたずねた。


「ティアンに手をあげたからボクが首をはねた」


返答を聞いて動じる様子はない。


わたくし達を見た時点であるていど察していた回答だったにちがいない。


「なんと……、ダーレッドがこれを……?」


一番おどろいたのはなにも知らなかったメジェフだ。


「──どういうことだ、ハーデンッ!」


「静粛にだ、メジェフ騎士長。キミはまったく察しがわるい、ろくに出世してこなかったこともうなずけるよ」


イリーナが簡潔な説明をする。


「ハーデンはアシュハ皇国を無血開城するために隣国が送り込んだスパイだったんだよ」


ハーデンはイリーナが情報を持っていることを封書を検めることで把握していた。


いまさら取り繕うことはしない。


「父はたしかにデルカトラのスパイだったが、私は正直どちらでも良かったんだ。息子は王にこだわっていたし、アシュハが安泰なら統治してやろうという気概もある」


アシュハ皇国は侵略戦争によって領土を拡大したことで多様な人種が入り交じっている。


ハーデンの父親はデルカトラのスパイがアシュハの貴族に産ませた混血児。


「でもけっきょくは見限ることにした?」


「女王は求心力不足、民は援助を乞うばかりで首都の復興もままならず、マウと戦争をしなくてはならない。投げ出したくなって当然とは思わないかね?」


そうだとしても彼が純血のアシュハ人ならば踏みとどまっていたと思える。


その選択をしたのは、彼のうしろに逃げ道があったからだ。


「斜陽に乗じてあんたは密約を交わした。マウとの戦争が敗色濃厚になれば、アシュハをデルカトラにあけ渡すと」


疲弊したマウ王国を撤退させればデルカトラは漁夫の利を得て、領土をいまの三倍にも拡張できる。


ハーデンにはかなりの高待遇が約束されただろう。


「戦争が終わるまえにティアンを失脚させる必要があって、急いだ結果がこれかな?」


イリーナに計画を暴露されたところでハーデンは余裕を崩さない。


「すべて筒抜けか、いったいどんな魔法を使ったのかな」


言い訳をしないどころかすんなりと肯定した。


「──アルフォンスとキミの存在は危険視していた、何度も手を打っていたのだけどね……」


二人がうけた数度の襲撃はハーデンによるもの、そしてアルフォンスは黒騎士によって討たれた。


イリーナがボヤく。


「ここまでの道のりも大変だったよ!」


封書の内容を知ったハーデンはイリーナ暗殺により本腰をいれたにちがいない。


それらを退けて彼女はここに現れた。


「だが、結果は変わらない」


ハーデンが手をかざした次の瞬間、マックサービスに殴打されてイリーナが転倒する。


「痛ったい!? ちょっ、暴力反対!!」


「イリーナっ!」


駆け寄ろうとするわたくしとメジェフのあいだにヌラウス騎士長が割って入る。


「おとなしくしていてもらおう」


わたくしは床にへたり込み意識をたもつので精一杯、イリーナはマックサービスに捕えられメジェフはヌラウスに睨まれている。


ハーデン団長は床に押さえ込まれたイリーナを見下して語る。


「不可解なことだよ。厄介祓いができたと思えば、なぜかスマフラウにいたはずのキミから機密を明かされてしまう」


ハーデン団長の言うとおりスマフラウは完全中立地帯、アシュハの外なのにくわえてデルカトラとはまったくの真逆に位置する。


「──陛下が息子と婚姻を結んでいれば穏便にすませるつもりだった」


「そこは女一人まともに口説けない教育をしたお父さんの責に――痛ったい! 痛いってばっ!」


無礼な発言をしたイリーナの腕をマックサービスが捻った。


ハーデン騎士団長は、はじめから息子などいなかったかのように動じない。


「誤解しないでもらいたい、デルカトラとの密約はあくまでも保険だ。大陸を支配したこのアシュハ皇国が私を頂点として発展することが一番のぞましい」


それはきわめて自然なこと──。


父は領土を広げるために戦争をくりかえした。


フォメルスは王になるため父を謀殺した。


元老院は発言権を回復するために騎士団の責任を問いわたくしを囲いこんだ。


そうした権力争いの先端にいるのがハーデン・ヴェイルというだけのこと。


望んで手放したいわけがない。


「──すべては国の衰退を憂いての愛国的行動だった」


イリーナが「はあ?」と嘲笑すると腕を捻られて痛みに足をバタつかせる。


「無能の少女がトップだというだけで国が舐められ、結果としてマウが調子に乗り、民衆も反抗的になった。


当然だ、これだけ落ちぶれれば不満も募る。だから正義に基づいて私が代わってやるべきだ」


「ふざけるな、謀反人が!」


メジェフが騎士団長の不忠をとがめた。


けれどハーデンの自信は揺るがない。


「騎士長、キミの怒りはわかる。しかし民衆はどうだろう、いますぐ小娘を失脚させて強い指導者についてほしい。そう望んでいるとは思わないか!」


「キサマに騎士としての矜恃はないのかッ!」


「民衆が望むならばそれは正義であり、私が適任だと言っているんだ!」


正義──。


強い指導者の台当は不安に打ちひしがれた民衆の心に安寧を取り戻せるかもしれない。


それは国を滅ぼしたあとの言い訳になるのですか──。


そう言ってメジェフを黙らせたわたくしに反論する資格があるだろうか。


ハーデンを王にすることで民が結託すれば復興が進む、現状から変化への期待値はおのずと高くなるはずだ。


つくづく自分の悪性を突きつけられる、わたくしは望まれない存在だ。


──わたくしは無能の女王。


彼がデルカトラ国と結託さえしていなければ、私は反論の材料すら見つけられない。



「どっちが正しいかって話なら興味ないね」


ハーデンの主張にイリーナが反論する。


「──正義なのはうまくいってるあいだだけ、失敗した時点でおまえも悪呼ばわりされるんだから」


「負けるつもりならはじめから勝負してないんだよ」


「あんたの立場からでたのがその結論じゃあボクはシラケるばかりだ。ティアンの立場からその言葉を言えたなら、すこしは感動したかもね」


ハーデンをふくめて皆が彼女の主張を理解できずに首をひねる。


それもそのはず。国の命運について問われているこの場で、イリーナは面白いかどうかの議論を展開しているのだから。


イリーナの軽口はつづく。


「今日はふところに余裕があるから高い肉を買いましょう。そんな話に誰が感動するの? ああ、するのか。あんたに嫌われたくない卑屈な部下た――ああッ!?」


そこまで言ったところでマックサービスがイリーナの腕を捻りあげた。


「折れます!! 痛いです!! 折れますからぁぁぁ!! さすがハーデン様は全面的に正しいぃぃ! 全部あなた様のおっしゃるとおりでござ、痛ったぁぁぁいっ!!」


もがくイリーナ、しかしガッチリと押さえ付けられ足がバタつくだけで上体はビクともしない。


「……なんなのだ?」


「だって! 賛同なり賞賛が欲しくて、わざわざ成功者特有の上部をさらっただけの小理屈でマウント取ろうとしてくる訳で――だばっクッ、ごべんなざいッ!!」


強気に語っているかと思えば突然へりくだる、そのせわしなさは先ほどまで余裕をくずさなかったハーデン団長をも困惑させた。


「よくも途切れずに多彩な罵倒表現がわいてでる、腹がたつまえに感心が先にくるほどだよ。痛がる素振りもイラつかせるためのテクニックなんだろう?」


「本当に痛いんだよッ!! あんたらが思うよりずっと脆くできてんだから、加減してくださいお願いしますからっ!!」


イリーナは完全に泣いていた。


「──ひぃ……ひぃ……やだぁ、こんなかっこわるいラスボス戦はいやだぁ……」


すすり泣くイリーナをしり目に、わたくしはハーデンにたずねる。


「黒騎士の正体はあなたなのですか?」


これは重要事項、彼が近しい者たちを次々と暗殺していった張本人なのか。


「まさか知的好奇心を満たすために連行されて来たのかな」


否定はしない。


「──決闘して確かめてみてはどうかね?」


「ブフッ!」


なにが面白かったのかハーデンの挑発にイリーナが吹き出した。


その無礼をとがめてマックサービスはイリーナの後頭部を殴打する。


「グフゥ!!」


ハーデンもさすがに怒鳴りつける。


「なにがおかしい!」


「ごめんなさい、女の子相手になにをイキってんだと思って……。でも、ご覧のとおりボクたちの敗北ですので、笑って悪かったです……」


ハーデンはイリーナに対して不穏なものを察知する。


「……なにか隠しているな?」


イリーナは首をひねる、床に押し付けられている姿勢と不適な態度とのギャップが滑稽ではある。


「隠している。と言うか、とっくに計画が頓挫してるのに、この騎士団長は呑気だなと思ったら笑けるっていう」


計画は頓挫している――。


女王派の側近を排除し、権力を手中に収め、民意も手中に収まりつつある。


あとは目の前の小娘をひねり潰すだけ、彼はすでに実質の最高権力者だ。


この状況をどうすれば覆せると言うのだ。


「負け惜しみにとどまらず、勝利宣言とは恐れ入る……」


「いや、ボクらは敗北した。けど、あんたの計画はとっくに実行不能になってる」


ハーデンは信じない、けれどイリーナは世迷い言にしか聞こえない話をつづける。


「──まず、あんたが騎士団長だろうが、たとえ王様だろうが、デルカトラの兵はアシュハの国境をまたぐことはできない」


「国境はヴィレオンが守っているからか? 関係ない、私が国王になったら権利を剥奪しやつはお役御免だ」


真意を引き出そうとするのは不安だからだ、それを煽る空気感をイリーナはまとっている。


「さて、話が聞きたくなったろう? でもボクは簡単には話さないぞ。まずは身の安全を保証して、すぐに治癒術師を手配し――」


「マックサービス、吐かせろ」


騎士団長の指示でマックサービス騎士長がサーベルを抜き放つ。


「ちょおっ!?」


主導権を握ったと思えたつぎの瞬間、ハーデンは強硬姿勢にでた。


「ちょっ!? 痛い、やめて、話します!! 話すからひどいことしないでぇ!!」


命乞いを無視してマックサービスはサーベルを振り上げる。


わたくしは「やめなさい!!」と、できるかぎり声をはりあげたけれど、そんなものは通用しない。


次の瞬間、切り落とされた手首が床を転がっていた。



「ぎぃあ、あああああッ!!?」


悲痛な叫びが室内に響く、手首の切断部をかかえてヌラウス騎士長が悶絶していた。


落ちたのはヌラウスの手首、落としたのはメジェフの剣──。


老騎士は間髪入れずにそのサーベルでヌラウスの首を跳ねとばし、止まることなくマックサービスに肉薄する。


イリーナを取り押さえて膝立ちでいるマックサービスに刃を振り下ろす。


マックサービスは反応するが体勢がわるく、なす術もなく頭をかち割られていた。


あっという間の早技だ。


「メジェフ……。この、老ぼれが……!」


側近を一瞬のうちに葬られたハーデンが怒りもあらわにメジェフを睨み付けた。


「ワシはたしかに愚鈍だよ、頭の回転も良くなければ生まれも良くない。しかし、伊達に今日まで生き残ってはいないな」


老騎士メジェフはそう言ってサーベルを逆臣に向かって突きつけた。



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