二幕

一場 慰霊巡礼


リビングデッド事変によって大勢の市民が亡くなって以来、わたくしは鎮魂の祈りを捧げるため王都に点在する礼拝堂を連日のように巡礼した。


本来それは司教の役割だけれど、底までおちこんだ民衆感情をなぐさめる意味もあって代役を務めている。


被害を事前におさえられなかったことへの懺悔、そして奔走してくれた騎士たちへの感謝は本心だ。


けれど巡礼自体は政治的な意味合いが強い。


王女は民のことをよく考えている、被害者の死を悼んでいる、そういうすがたを見せて行政への反発や不満を緩和しているのだ。


実務は騎士団まかせ、わたくしはアピールを主目的とした政務を一年のあいだ毎日のようにくりかえしているだけ。


こんなことを思っては、反省してない。と、責められてしまうだろうか。


けれどわたくしはおなじ道を往復して祈るだけの毎日のなかで、ほかにできるコトはないかと考えずにはいられない。


そして、役割を与えられていないということが力不足であることの証明なのだろう。



「顔色がすぐれませんね、移動中に仮眠をとるようお願いしたはずですが」


到着して馬車を降りたところでレイクリブにとがめられた。


「ごめんなさい……」


みそぎの儀式という側面もある都合、仮眠しているすがたを見られるようなことがあってはならない。


本日は不眠不休のわたくしに配慮して道中、人目を気にしなくてよい王城から遠くはなれた郊外にある礼拝堂を選択してくれた。


「そんな泣きはらした顔では威厳がたもてませんよ」


感情的になっているわたくしをレイクリブはあつかいにくそうにしている。


はじめて触れる動物のように警戒しているけれど、なにも珍しいことはない。


イリーナと出会うまでのわたくしは絶望の日々に、泣きわめいたり怒り狂ったりをくりかえしていた。


ヴィレオンにぶつけて発散してもおさまることはなかった。


そんなわたくしが、ニコニコとおだやかに笑っていられたのは友達ができて嬉しかったから。


物心がついたときには投獄されていた、そんなわたくしにとってイリーナの存在がどれだけ救いだったか。


夢のような毎日だった、あれほど胸が高鳴ったことはなかった。


夢中だった、あの人のしたいことに協力できるならなんだってできた。


そこにいてくれるだけで幸せすぎて自然と笑顔になるのを止められない、泣いたり怒ったりする気なんておきなかった。


だからそれが特別だっただけ、いまが本来の姿なのかもしれない。


「──まあ、そのほうが慰霊の説得力は増すかもしれませんが」


一年が経過する現在においてはむしろ過剰だろう。


身内のために流した涙となればむしろ不謹慎ですらある。


公平を心がけなければならないのにアルフォンスの死がどうしてもあとを引いてしまう。


そろそろ埋葬はすんだ頃だろうか――。



護衛部隊をその場にのこし、隊長のレイクリブを連れて礼拝堂に移動する。


そこで膝を着いてロウソクが燃えつきるまでのあいだ正しい姿勢で祈りを捧げる。


「それでは」


儀式の開始を伝えるとレイクリブはそれを制止する。


「時間一杯つかって休息をとってください、俺しか見てませんから」


指示に困惑しているとレイクリブはわたくしを椅子に座らせる。


「──こんなパフォーマンスで消耗してほしくないんですよ、このあとも政務が山積みです」


一年ちかくきっちりこなしてきたことをいまになってくずした、それだけわたくしが疲労して見えているということか。


王都復興、毎日の慰霊巡礼、有力者たちへの協力要請をかねた連日の歓迎会、信頼していた副官の死、そして昨夜の黒騎士による襲撃──。


たしかに、思考能力は低下し場を乗りきるだけで精一杯だ


「意外です、あなたから手を抜けと指示されるなんて」


レイクリブはいつも厳しい態度で接してきた。


それも仕方がない。


わたくしは父を殺した憎むべき相手であり、実際にこの手でトドメをさしたという自覚がある。


彼が主君に忠実なのは騎士であるという矜恃の一点からだ。


けしてうちとけた関係というわけではない。


「もともと非合理的だと反対していましたとも。慰霊は年に一度もすれば十分、この時間をほかの仕事に割いたほうがはるかに民衆のためになる」


それはそのとおりだけれど、机にかじりついて城から指示を出していても民衆は納得しない。


働くことより働く姿を見せることの方が効果的なのが実情、慰霊をつづけて反省する姿を見せていれば非難の声は緩和される。


そうしなければ協力を得られないし妨害も増える、パフォーマンスに時間を割かないと必要なことを進められないというのがもどかしい。



レイクリブが有無を言わさぬ様子なのでわたくしは椅子に腰かけて休息をとることにした。


「それではすこしお話をしましょう、御家族はお元気ですか?」


わたくしはレイクリブに雑談を持ちかけた。


彼は仮眠をとれと諭したそうな表情だが、その話題には応じる必要があると判断してくれる。


「陛下に取り立てていただいたおかげで家名を存続する目処が立ちました、母の容態も安定しています」


彼の父であるフォメルスは皇帝を謀殺し、娘であるわたくしにその罪を着せることで王座を強奪した。


そして八年ののちにわたくしは救出されフォメルスは討たれた。


当然、一族みなごろしが妥当だとされたが長男の直談判からの自害によってなにもしらなかった家族たちは免責された。


家名は地に落ち、その落差で母君は精神を病んでしまった。


「──チンコミル卿の奥方がよく遊びに来てくださって、それがよい気晴らしになっているみたいです」


騎士長が後見人をつとめることで次男のレイクリブは騎士団に席をおくことを許された。


それはレイクリブの才覚を高く買ってのことだろうけれど、チンコミル将軍が人格者であるがゆえの行動だろう。


公私ともによく面倒をみているらしく、奥方も素晴らしい人物に違いない。


一度家族で挨拶にいらしたことがあって可愛らしい姉妹をつれていた。


父親の遠征で娘のムスコッスたちはきっとさびしい思いをしているにちがいない。


「弟さんは十一になりましたか?」


「ええ、おかげさまで」


レイクリブが騎士団にのこったのは本人のプライドもあるだろうけど、母親と幼い弟をやしなうためでもある。


護衛長に取り立てるまえは風当たりがつよく出世は絶望的とされていた。


「──やはり騎士を目指してほしいので指導するともちかけたところ、ひどく反発を受けました」


レイクリブの指導となるときびしいことが想像できてしまい相応の覚悟が必要だろう。


失礼だが三男の心境には共感できてしまい、笑いがこぼれてしまう。


つらい時期があっただろうけど、落ち着いてきている様子で安心した。



「レイクリブ、いつもありがとうございます」


「あらたまってなんですか?」


その態度から失念しがちだがレイクリブはまだ二十歳だ。


十年後、二十年後、きっと素晴らしい将軍になるにちがいない。


親友であるイリーナや保護者であったヴィレオンとはまたちがう、彼は書物に次ぐわたくしにとっての教師的な存在だと思っている。


「あなたが厳しく接してくれていなければ、わたくしはとうに背筋を正していることができなかったでしょう」


レイクリブはしばし飲みこむような間をとって答える。


「俺はてっきりうとまれているものとばかり思っていました、お役に立てているなら光栄です」


うとむはずがない、彼がハッキリと言ってくれるまでなにをして良いかもわからない場面も多々あった。


そうでなくても彼がリビングデッドから守ってくれていなければ、わたくしはすでにこの世にはいないのだ。



「では、つぎは恋の話をしましょう! レイクリブに意中の相手はいないのですか! 結婚はいつごろとお考えです、ファッ!?」


レイクリブは心底いまいましいといった表情でこちらを睨みつけている。


私はその殺意のまえに凍りついた。


「くだらない話はともかく」


「くだらなくないもん……」


レイクリブが話題を変更する。


「例の襲撃者の件ですこし気にかかることが」


アルフォンスを殺して逃亡した『黒衣の騎士』のことだ、わたくしは姿勢をただして耳をかたむけた。


「──陛下は標的が自分ではなかった。と、そうおっしゃいましたがそれは早計かもしれませんね」


黒騎士はわたくしを殺す気がなかった──。


今朝の会議で相手からその意思が感じ取れなかったと、そう伝えていた。


「しかし、殺す気があればしないような不可解な言動や態度があったのです」


遭遇したときにかけられた言葉は「死ね」ではなく「おとなしくしていろ」だった。


気にかかるのはまさにそこだとしてレイクリブが語る。


「一方でほかの者へはトドメをためらう素振りがなかった、これは陛下だけが特別だったと考えられませんか?」


標的ではないから放置された。ではなく、殺すわけにはいかなかった──。


「なぜ?」


「それはわからない」


レイクリブは首を横に振った。


黒騎士が無差別に殺傷していた中でわたくしだけが無傷でいられた。


わたくしだけが特別あつかいをうけた。


「アルフォンスが標的にされる理由は明確です。たとえば俺が敵国の司令官でアシュハを攻め落とす算段をした場合、もっとも脅威なのはアレの【通信魔法】ですからね」


たしかにその魔術は戦争において圧倒的優位性を持っている。


斥候からの情報を即座に司令部へと伝達することができ離れた部隊同士の連携を容易にする。


それは戦場においてつねに先回りができるということだ。


事前に排除しておかなくてはとても正面衝突はできない。


アルフォンスは敵国にとってもっとも厄介な存在だったといえる。


「アルフォンス様を排除しないかぎり開戦すらできないのですね?」


「しないですね、その存在を知っていたなら」


それは彼の魔術の詳細が敵に伝わっていればの話だが、サンディの話では彼はその力を自慢げに吹聴していたらしい。


つまりアルフォンス暗殺は大規模な戦争を開始する下準備だとレイクリブは予想したのだ。


「──だから陛下が無事だったことも不可解ではありますが、アルフォンスが標的だったことには説得力がある」


けっきょくどっちとも言いきれない、黒騎士の目的は不明のままだ。


「では、黒騎士がわたくしだけを殺すことができなかったのだとしたら、それはいったいなぜでしょう?」


目的が戦争であるならばわたくしを殺すことが可能な場面で、そうしない理由などあるだろうか。


その疑問にレイクリブは即答する。


「無能なトップにはそのままいてもらった方が都合がいいからです」


それが、わたくしを殺さない理由。


──ええと。


聞こえないフリをして仕切りなおす。


「そうしない理由とはなん――」


「無能なトップにはそのままいてもらった方が都合がいいからです」


その瞳には一片の迷いもない。


「……そうしない、理由」


「おまえが無能だからだよっ!」



以前『なぜ人は場にいない人物の陰口ばかりを言うのか』という質問をイリーナにした、彼女は『特定の人を褒めるより、貶した方が結束を得やすいからだよ』と言った。


その点、このレイクリブはどんな悪口も本人に直接つたえるからいっそ清々しい。


「自害でもしましょうか?」


それで敵が困るなら。


「おちつけ陛下、ショックだったなら謝る」


びっくり、悪気なくあの発言ができたんだ。


黒騎士の標的ははじめからアルフォンスだった。


「だとして、敵はどうやってアルフォンス様の居場所を特定できたのです?」


彼はパーティに招かれていないとび入りの客、本来あの場にはいなかった人物だ。


外部の人間がどうやって狙い撃ちにできたのだろう。


明確な答えをレイクリブが持っているはずもない。


「つかまえて本人から聞きだすほかにない……」


すべてが正解かもしれないし不正解かもしれない、現在はまだ答え合わせの方法がない。



「では、そろそろ戻りますか」


ロウソクの灯りが尽きてレイクリブが任務の完了を告げた。


「なんだか後ろめたいので、すこしだけでも祈りを捧げていきましょう」


わたくしは神体にむかって膝をつくと手を組んで瞳を閉じた。


民衆の中にはあの大厄災の責任をすべてわたくしにあるとするものも少なくない。


立場的にはそう思われても仕方がない、しかしその認識から物ごとの本質的な解決は見込めないとも思う。


わたくしに石を投げたところで皆の空腹を癒すことも、敵国の侵略から守ることもできないのだから。


けれど、祈りを捧げたい。


あの凄惨なできごとの被害者を悼む気持ちは本当で、誰しもがそうだと思うから。



とつぜん、祈りを妨害するかのように爆音が鳴り響いた──。


「きゃっ!?」


近距離での轟音にわたくしは混乱する。


「陛下ッ!!」


レイクリブの叫び声。


視界に降り注ぐ大量の瓦礫。


次の瞬間、つよい衝撃に押し倒されて意識が途絶えた。



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