竜の巫女は剛腕の吟遊詩人を全否定する soiree

一幕

一場 竜の導き


いざ聖竜スマフラウのもとへ──。


と、意気込んで向かってはいるものの、崖下にある竜の住処にむかう方法を俺たちは知らない。


さがす手段も時間もないとくれば「橋から姿を確認できた」と言っていた遺跡荒らしの言葉を信じるしかない。


この都を支配する竜神官たちは『竜の巫女』イーリスの存在を危険視し、抹殺を企んでいる。


「イリーナ、まだ走れるか?」


彼女の体には二つ目の人格が宿っていて、主人格イーリスが隠れたいまは第二人格のイリーナが主導権を握っている。


「わはは、体力には自信があるんだ!」


やせがまんにしか聞こえないが俺よりは余力がありそうだ。


これもイーリスが『竜の巫女』になるためきびしい鍛錬に耐えた成果だろう。


聖都のすべてを敵にまわした俺たちは逃亡するどころかその中心に向かって走りつづけた。


──ひとまず追っ手はまけたか。


信者二万人総動員ってことはない、統制の行き届いたこの街では治安部隊の数もたかが知れている。


ルブレの倉庫を包囲していたのが投入されている兵隊のほとんどと考えるのは楽観がすぎるだろうか。



――儀式の橋までは一切の妨害もなくたどりつけた。


巨大な橋の入口には神々しい装飾のされた建物があって明かりが灯されている。


住居のようであり大きめの門のようでもあり、そこを通らなければ橋には上がれないみたいだ。


イリーナがつぶやく。


「舞台ソデみたいなもんか」


「なんだそれ?」


「儀式のときに巫女が待機したり着替えたりするスペースじゃない? 対岸もおなじ造りになってるんじゃないかな」


──ああ、そうだった。


たしかに巫女たちは儀式中に両端を行き来して数度の着替えをしていたっけな。


はたして裸である竜に衣装の煌びやかさだとかが伝わるものか、伝わったとして価値を感じるかは疑問だ。


オルガースの言いぶりでは儀式はそもそも信者を魅了するためのものであって、竜がどう感じるかは無関係って話だったか。


竜と交信するための儀式って名目なのにな──。


それが統制の効果を狙ったものなのか、演出家の趣味かの判断はつかないが、どちらにしても祭司の仕事は完璧な成果をあげていた。



「俺は橋に人が立ち入らないための見張り台だと思ってたぜ」


橋への無許可での立ち入りは重罪と言っていたからな。


「どちらにしてもあの中を通らないと橋は渡れなそう」


まわりこんで橋にあがるのは難しそうだ、足を踏みはずせば断崖にまっさかさま。


「──灯りがついてるし、見張りがいると考えるべきだよね」


橋を見て俺は今朝のことを思い出す。


「そう言えば侵入者をさがせって騒いでたな」


竜騎兵ツィアーダ、ドラグノのコンビと初対面したときだ。


エルフと言っていたし、きっとテオたちの仕業だろう。


姿を消して見張りをやり過ごしたに違いない。


コルセスカ使いのオオトリが合流しろと言っていたが、その目的はわかっていない。


聖都は敵、マウ軍はすくなくとも母国の敵、聖竜は限りなく味方っぽい──。


その三択の結果、俺たちはここにいる。


橋周辺を観察していたイリーナが驚きの声をあげる。


「うわ、見て! 飛竜がいる!」


イリーナが指した方向、見張り台と橋の継ぎ目あたり、松明に照らされてワイバーンの姿がみえる。


建物のかげに隠れているが、馬の二回りはある巨体にくわえて翼を広げたらかなりのスペースを占拠するため、おそらくは一頭。


見回りもしくは連絡用だろう。


そらを扱える人間が最低一人、橋をカラにはできないだろうから最低二、三人は警備兵がいると見るべきか。


「──騒ぎがあったぶん厳重になってるのかもね」


信者たる聖都の民が掟をやぶることはないだろうし、鍵さえかけておけば侵入防止に十分な設備だ。


普段は灯りもなければ人もいないのかもしれない。


無茶をするのは外部の人間だろうが、こんな辺境を訪れる者は限られている。


その例外に知り合いだったり自分だったりが該当してしまったのは不本意だ。


──戦闘は避けられないか。


万全ならともかく俺は薬を盛られて絶不調、これ以上敵が手強くなってくると手に負えなくなる。


イリーナが「様子を見てくる」と物かげから身を乗り出した。


「おいまて、危ねえぞ」


俺は彼女を呼び止めた。


儀式を見にくる民衆に配慮して、安全用の柵いがいに視界のさまたげになるような物は撤去されている。


障害物はなくかくれる場所は皆無だ。


「いや、案外いけそうじゃん」


意外にもビビリのイリーナが余裕の態度、意図を察せられずに俺は聞き返す。


「どうして、そう思う?」


「あの建物、窓がほとんど無いんだ。女の子の待機姿が外から見えたら儀式がシラケるもんね」


たしかに建物の外に松明がかかげられてはいるが、建築内から外に漏れる灯りはない。


外から中の様子が見えないようにしてある分、アチラからもコチラを把握しにくいってわけか。


「そんなもんか?」


控え室としての役割ははたしているが、見張り台として機能してない。


「そんなもんさ。儀式は神聖な、いわば非現実的な時間だろ。着替えとか休憩とか飲食とか、もろ現実的な光景だからね」


儀式への没入感がさまたげられるわけか。


「──あえて見せる演出がないなら、隠しておくのが普通でしょ」


「演しゅ、なんだって?」


理解しきれてはいないが接近を可能と考える根拠はあるようだ。


見張りを優先して造られたなら窓のない壁に見張り穴があるだろう。


しかし本来、侵入者を警戒する必要のない環境、巫女たちの待機場に比重が置かれているわけだ。


「完全に見えてないってことはないだろうけど、近づいちゃえば壁づたいに隠れられるんじゃないかな」


イリーナのたのもしい姿を見るのはやけに懐かしい、闘技場で大暴れした革命の日を思い出した。


不当に王座に着いた男を倒して自由を取り戻すため、俺たちは皇国の騎士団と戦った。


数多の剣闘士たちが彼女の肩に命をあずけた。


あれはもう一年もまえことか──。


「なあ!」


俺がいきおいあまって声を掛けると、イリーナは「ん?」と言って振り返った。


彼女は俺や仲間たちにとって大切な存在だ。


アルフォンスやティアン姫の気持ちはもっと強いだろう。


だが、イーリスの人生を奪っていいことにはならない。


その現状をまだ飲み込めていない。


「なんだよ?」


俺はあらためて彼女が消滅してしまわなかったことの安堵を伝える。


「おまえがまだ残ってて、とにかく良かったわ!」


イリーナはきょとんと目を丸くした。


「タイミングおかしくね?」


これは朗報だ、あわただしすぎて噛み締めているヒマがなかった。


このことを仲間たちに伝えれば泣いて喜ぶだろう。


だが当の本人は「はは……」と複雑そうに笑っただけだ。


イリーナの登場で世界は一変した──。


俺はどこかで世界は自分と無関係な存在だと思っていた。


俺の意思とは関係なく変化し、勝手に完結し、時を経ていく。


その片すみで俺は自分のことをするだけだ。


しかし気付けば世界の変動の中心に俺はいる。


それを望んでいるだとか世界に強い関心があるという訳でもないが、ただ気付きがあった。


人生は物語ではなかった、人との出会いによって生じるものが物語なのだと──。


人との出会いで新しい感情が芽生え世界は変化する、激動し結末へと導かれる。


イリーナは俺に新しい信仰をもたらした。


それが神だなんて大それたものではなく、気の良い友人であることを俺は心地よく感じ気に入っている。


「オーヴィルはすこし休んでなよ、ボクが様子を見てくる」


「いや、俺も行く」


正直、体は休息を求めているがのんびりしてはいられない。


「やめとけ、目立ってしょうがないわ」


重い腰をあげようとしたところで止められた。


たしかに広場での隠密に俺の体はデカすぎる。


俺を残してイリーナは行動を開始した。


コソコソすれば逆に目立つとばかりにスイスイと見張台に接近する。


急ぐでもない適当な速度は適度に暗闇に溶け、目をはなせば見失ってしまいそうだ。


時には目立ち、時にはまぎれる、不思議なやつだ。


さて、聖竜スマフラウに会ったらどうなるか――。


見回りの兵士が出てきやしないかと心配しながらぼんやりと考える。


イーリスが忠告を無視したからイリーナと人格を交代させたと言っていた。


そうすれば危機回避のために都を離れると考えていたとして、直接あいにいくのは想定外かもしれないな。


しかし都を出ればテオに見つかってマウの部隊と遭遇、話はややこしくなりそうだ。


まだ巫女を殺させるわけにはいかない──。


そういえば、オオトリはそんなことを言っていたっけ。



「おい、生きてるか?」


いつの間にかイリーナがそこまで戻ってきている。


ほんの数分ほど意識が落ちていたようだ、疲れているし結論のでない疑問が多すぎる。


「──大丈夫?」


「ああ、問題ない」


戻ってきた彼女は出発前よりもあきらかに警戒が薄れている。


「ついてきて」


見張り台にどうどうと接近する背中を追いかけながら俺はたずねる。


「まさか、もぬけのカラなのか?」


「いや、たくさんいるんだけど……」


「たくさん!?」


驚く俺を無視してズンズンと進んでいく。


──正面から乗り込んだらダメだろ!


そんなことはイーリスだって分かっているはず、じゃあこの行動はなんなのかと困惑する。


「なんか様子が……いや、見たほうがはやい」


イリーナは無造作に見張り台に踏み込んで行く。


──おいおい!


すぐ入口に兵士が二人、しかし俺たちに反応する素振りはない。


「……あん?」


イリーナが説明に窮したのもなるほど、眠っているとか意識が無いとかそういう状態ではない。


ただ虚空をながめて固まっている──。


俺はイバンみたいに知識があるわけでも、アルフォンスみたいに魔術に精通しているわけでもないが、兵士たちの症状には心当たりがあった。


「おまえ、魔法つかった?」


これはイーリスの【催眠魔法】だ。


「ボクは使えないよ、でもイーリスの魔法は竜の力を借りたものだって言ってたろ」


巫女は竜の力の一部を借用できると言っていた──。


交信できないイーリスには使えない、それが解答だ。

 

「……じゃあ聖竜スマフラウの仕業か!」


【催眠魔法】はもともと聖竜の力だ。


この見張り台をぬければ竜の住処、そこに聖竜スマフラウがいるということが実感できる。


「だとしたらあっちにもボクたちと合流する意思があるんだ」


「おお、手厚い歓迎ってことか」


施設内では十数人の兵士が物言わぬ石像のように立っている。


──とんでもない射程範囲だ。


崖の下までは千メートルとも聞いた、これが本家の力なのかイーリスのそれとは規模感がまったく違う。


そこまでたどり着けるよう手助けしてくれた、いよいよ対面が現実味を帯びて緊張が増してくる。


俺たちは兵士のまえを素通りし儀式の橋へと侵入をはたした。

 

「うわわっ!?」


扉をくぐるとイリーナが取り乱したような声を上げた。


すぐ目前に飛竜が鎮座している


馬のように繋いだりはしていない。


必要としないくらい知能が発達しているのか、調教が万全なのかは知らない。


「──はぁぁ、怪獣じゃん。なんでっ! おとなしい! さわっていいのかな!」


巨大生物に対する好奇心が恐怖に勝っているらしくイリーナは不用意に接近した。


かぶりつかれでもしたら瞬時に頭蓋骨が粉微塵になるだろう。


「これ、乗れる?! ふぁぁぁっ!! 眼が合ったぁぁぁ!!」


一気に幼児退行したかのような落ち着きのなさ。


「うるせえな、あとにしろ!」


──これからもっとすごいのに会うんだろうが!


それよりも俺にはこの橋のほうが偉大に見えた。


足を踏み入れたことであらためてその巨大さと造りに驚かされる。


対岸にはこちらと同規模の集落があるのだろう、点在する灯りがはるか遠くぼんやりと見えるのみだ。


この橋を造った職人もすげえし、この距離をなんども行き来して踊ってる巫女たちもすげえ。


圧倒されるような感動を覚えながら周囲を見回した。



不意に前方から馴染みのない声がする。


「なにをしているの?」


俺はあわててそちらに視線を走らせる、暗がりに多少手間どって人影をひとつ発見した。


対岸から警備兵が見回りに来たのかと想像していた、しかし声の主はそれとはちがう装いだ。


見たこともない独特な異国の衣装をまとった女──。


声、姿、衣装、すべてに馴染みがない、暗闇に浮かぶそのボンヤリとした存在はどこか現実味がない。


ただ者では無いことがひと目でわかる。


出会ってきたなかで群を抜いて危険な存在であると経験からくる勘が俺に知らせていた。


女は冷淡な、それでいてあきらかに咎める口調で言った。


「――はやく来て、スマフラウに会うのでしょう」



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