終幕

大司教


連行されたさきで私たちは馬車に押し込まれた、荷台というよりは搬送用の狭いケージに拘束状態で詰め込まれる。


天幕つきの馬車は無様なわれわれへの配慮ともとれるが、民衆の目や騎士団とのトラブルを警戒してのものというのが正直なところだろう。


このまま大司教の待つ大聖堂へと搬送されるはずだ、まさか宿敵の親玉とこんな形で対面することになるとは思わなかった。


勇者いわく大司教は【死霊術師】らしい――。


その件について私は一言。


「ついに頭がイカレてしまったのですね……」


死霊術の撲滅をうたい術師を問答無用で虐殺してきた教会のトップが【死霊術師】だなんてことはありえない、否、許されない。


「おい、イカレたは訂正しろ芋虫A!」


「しかし、何十年もその座にいる大司教がいまになって事件を起こしたとは考えられませんよ芋虫B!」


後ろ手に拘束され転がされているのはお互い様だ。


冒とくとしかとれない発言が修道士たちの神経を逆なでするのを警戒し、私たちは頭を突き合わせ小声で言葉を交換する。


もはやドラマチック推理どころではない、異世界から来た人間でもなければ思いつきもしない発想に驚かされた。


教会の教えは倫理観の指標として市民に浸透している、その存在は身近であり皇帝や元老院の方針に疑問を持つ者がいても、普遍的な価値観を提唱する教会に対して異議を唱える者はいない。


人間は間違えても神は間違えない、そういう教義だ――。


教会の陰口を叩く人間はいても真っ向から衝突する者はいない、皇帝でさえ例外ではなく、求心力という点では元老院や騎士団を遥かに上回る。


しかし、勇者は確信した様子で言うのだ。


「少なくとも今回のリビングデッド事件の首謀者は大司教としか考えられない」


理解不能、馬鹿げている、到底うけ入れられない。


「荒唐無稽としか言いようがありません、何十年も戒律に殉じてきたもっとも尊い人物が、なぜ今日になって国を亡ぼしかねない暴挙に出たのですか?」


大司教をなにかしらの陰謀の首謀者とするならば、その手段がなぜ指揮下にある聖堂騎士団でも信徒による力でもなくリビングデッドなのか。


私の身柄を確保しろと指示したことについても、騎士団から請け負った犯人さがしのためと考えれば疑問の余地はない、裏付けを取らなければ事件の解決、未解決の判断が付かないというだけの話だ。


「思い当たるふしがあるんだよ! リビングデッドはふし(不死)だけに……ッ!」


勇者は言い放つとこちらを見つめ、リアクションをジッと待っている。


――なんだ、この間は。


そこで私はこれと同様の空気感を思い出した。そう、絶対王者ウロマルド・ルガメンテがダジャレを言ったあとの態度だ。


「……勇者様の発している音とこちらに届いている音は違いますからね、狙って韻は踏めませんよ?」


勇者にはこちらの言葉があちらの世界の言葉、正確には勇者が使う言葉に最適化して聞こえている、こちらにもあつらの正解の言葉がこちらの世界の言葉に変換されて聞こえているので、ダジャレは成立しない。


「やりにくい!」と、勇者はダジャレの不成立を悔しがった。


固有名詞が勇者の世界ではべつの意味を持つ言葉だったり、意図せずダジャレになるという偶然はある。


「悠長なことを言っている場合ですか、私は待ち構える顛末に気が滅入る思いだと言うのに……て、大丈夫ですか?」


勇者の目からは涙がぽろぽろとこぼれ落ちている。


あらためて見ればその顔色は蒼白だ、膝を擦り合わせ肩は小刻みに震えている。


「こわいよぉぉぉぉぉぉ!」


勇者はすっかり怯え切っていた。


徹底的に蹂躙する聖堂騎士団の流儀をその身で味わったうえで、両手足を拘束され搬送されているこの状況、この先では拷問に掛けられる可能性だってある。


怯えることが不自然とは思わないが、戦っている時との落差は大きい。


「これまでだって死線を越えてきたじゃありませんか……」


二千人の観客の前で殺し合いを制したこともあれば、革命の旗手を果たしたこともある、さきほどだって聖騎士の矢面に立って仲間の全滅を防いでみせた。


彼女の功績は十分、英雄を称するに相応しい。


「そりゃ、ステージにあがれば覚悟も決まるけどさ、本質的には臆病なんだよぉ……グスッ」


この自堕落な穀潰しが剣闘士、革命の先導者、そして探偵にもなる、性能自体は変化していないわけだからその自己暗示は魔法のようだ。


怯える勇者の気をまぎらわしてやるため、私は馬鹿げた推理ゴッコに付き合ってやることにする、そんな慈悲の心が湧くほどに哀れだった。


「では、大司教が【死霊術師】であると考えた根拠を披露してください」


私がうながすと勇者は思い出したよう鼻を鳴らしながら話を再開する。


「今回の事件は組織的犯行じゃないかって話はしたよね……ヒン」


リビングデッド化したバダックの遺体は剣闘士たちの共同墓地から持ち出され、同時にたくさんの遺体が行方不明になっていた、それだけの物量を移動するのに単独犯では難しい。


そこで勇者はわが家の不老不死研究の後ろ盾になっている元老院を容疑者として疑ったが、私がそれを否定したところで話は止まっていた。


「こういうのはどうでしょう? 死体は人の手で運び出されたのではなく、リビングデッド化され自身の足で移動し潜伏したのです」


大勢による大規模な運送を行うよりは、個別に散らばらせる方が人目には付きにくいだろう。


「へえ、おもしろ」


勇者は素直に感心してくれたが、現実問題としては難しい。


邪悪な存在とし一掃されてきた【死霊術師】の存在はあまりに希少だ、自分が最後の生き残りだと言われても驚かない。


それだけのリビングデッドを一度に制御できる優秀な術師が残っているかは疑わしく、数百体を騎士団の目から隠しおおせるとしたら犯人は限られてくる。


労働力に事欠かず、情報の隠蔽を徹底できるだけのカリスマ性を持ち、騎士団の捜索対象にならない広い敷地を有している。


そこで私は勇者の発言の意図に気づく。


「……なるほど、騎士団が手出しできない収容スペースを有しているとしたら教会以外に考えられないってことですね」


あのチンコミル将軍が同僚や貴族に忖度するとは考えにくい、郊外ならばともかく都市部となると教会以外に手出しできない場所はない。


それでも大司教を犯人と納得するにはまだ足りない。


「ティアンに顔見せにきた大司教を一度だけ見たことがあるよ、外見的に八十は過ぎてるよね?」


「ええ、それくらいでしょうね」


引き篭もって研究に没頭していたのでとくに確認したこともないが、私が産まれたときから代替わりしていないのは確かだ。


「元老院の老人たちもどういうわけか不気味なくらいに若々しいけど、彼らは健康すぎるってだけの老人だ」


それは援助してもらっている見返りとして母が魔術をほどこしているからだが。


「なぜいま元老院の話を?」


それはつまり比較して大司教に不審な点があるという前置きだろう。


「老人を演じるときにはいくつか気を付けることがあって、その一つがテンポ感なんだ。あの大司教は内面が若すぎる、チグハグなのは演技のノウハウがないやつが芝居をしてるからじゃないのかな」


「は?」


元老院の老人は外見と内面が釣り合っているが大司教はそれが釣り合っていない、不可解な発言に私は困惑する。


「――待ってください、どういう意味です」


老人である大司教が老人の演技をしている、話の焦点を見失った私に勇者は確信を持って答える。


「ボクと同じなんじゃないか?」


勇者はこの世界にある肉体に異世界の魂を憑依させた存在。つまり、大司教の肉体をべつの人物の人格が支配している、勇者はそう主張しているのだ。


「……バカな、記憶の転送は妹の、異世界との通信は私のオリジナルです。異世界召喚はそれに【イヌ家の秘宝】の魔力を上乗せすることで実現した再現可能かも分からない実験段階の魔術なんですよ!」


「そんな不確かなもので召喚するなよ……」


私の魔術は死霊術師の方向性からは大きく外れていて、同業ならばなおさら同じ研究をしている可能性は低いと考えられる。


それにリングマリーは私が唯一嫉妬した才能の持ち主だ、研究所で仕組みを見ていた私以外の人間にあれを再現できるとは到底思えない。


「――まあ、上には上がいたんじゃないの?」


「屈辱と言わざるを得ないッ!」


専門分野で私たち兄弟を、否、数百年にわたり先祖代々つみあげてきた成果が出し抜かれるなんてことはあってはならない。


「そんなことよりもさ」


「そんなことッ!?」


勇者は私の異論を華麗に流して続ける。


「僧侶が墓地を出入りしても、死体を教会に運び込んでも、自然すぎて誰も疑わないだろ」


――それはそうだが、しかし……。


たしかに大司教の立場を利用すれば容易い、納得こそいかなかったがそれ以上の推理を展開することができずに馬車は目的地へとたどり着いていた。



連れてこられたのは宣言どおり大聖堂の敷地だ。


幸い移動のあいだに乱暴を受けることはなかった、仲間の身代わりになった勇者に対する聖騎士ミッチャントの敬意の表れということらしい。


到着したのは夜半過ぎ、私と勇者は応接間へと直行させられそこで大司教と対面した。


「お待ちしておりました勇者イリーナと魔術師アルフォンス」


――大! 天才! 魔術師!


大司教は役職に相応しい威厳と気品を兼ね備えた老人といった印象だ、注視してみたが勇者の言っていた元老院の老人たちとの差異が私にはよく分からない。


――やはり、思い違いではないだろうか……。


大司教はミッチャントからの報告を受けると聖堂騎士団に退室を命じた、それに対して聖騎士ミッチャントは難色を示す。


当然だ、彼らにとって敵対勢力である我々をおいて大司教になにかがあってはいけないのだから。


「ならば騎士ミッチャント、あなたがここに残ればよろしい。他の者には休息を与えておあげなさい」


退室命令は彼らの体力を気遣ってのことらしく、実際に護衛は彼一人いれば十分に足りるだろう。


「ありがとうございます、それではお言葉に甘えさせていただきます」


ミッチャントの指示で修道士たちが退室していく。


護衛部隊との総力戦を制し見事に任務を遂行した彼らだ、今夜はグッスリと眠れることだろう。


大司教はわざわざ通路をのぞき込むと修道士たちが立ち去ったのを見届け「よし」と、一言つぶやいた。


その行動が幼く感じられるのは無駄な先入観のせいだと思いたい。


「騎士ミッチャント」


大司教が一人残った護衛に呼び掛けた。


「ハッ!」


「貴方もおやすみなさい」


【睡眠魔術】だろうか、応答したミッチャントに手をかざすと聖騎士は瞬時にその場に崩れ落ちて動かなくなった。


精度が高すぎるが、大司教クラスの魔力ならば可能なのかもしれない。


それを見て勇者が発言する。


「さっきからなに、部下たちに聞かれたら困る相談でもしようっての?」


警戒の表れか、親しくない年配者には敬語を使っている勇者にしてはめずらしい、たしかに彼の一連の行動は人払いをしていたかのようで不可解だ。


大司教は変わらぬ笑顔で答える。


「勇者イリーナ、あなたの活躍は近くで拝見していました、ぜひ対面してみたいと思っていましたよ」


私は疑問に思う。


「……近くで?」


勇者の活躍と言えばコロシアムが思い当たるが、聖職の代表たる大司教があの場に出入りしていたとは考えにくい。


勇者からも一度遠目に見たことがある程度と聞いている。


「――あなたは本当に大司教なのですか?」


勇者の妄想に感化されたのか、帝国にもっとも長く君臨し、民衆に尊敬されると同時に親しまれてきた人物に対してあまりにも馬鹿げた質問をした。


そして大司教は、そんな私に向かって信じられない一言を発するのだ。


「ご機嫌いかがかしら、お兄ちゃん?」





『禁断の死霊魔術が大暴走してボクっ娘オブザデッド・前編』終幕。

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