三場 裏切りのアルフォンス


命乞いむなしく無情の刃が私の身体をつらぬ――。


「嫌だぁぁ!! 死にたく……ッ!!」


胸部に加えられた強い衝撃に呻き、同時に真っ赤な血しぶきが吹きださ――ない!


「――なぁぁ、ぶふぇぇッ!! ……ん?」


よく見れば、突き立てられた剣には柄から先がない。力任せに叩き付け続けた結果、留め金が折れ剣身が外れて落ちていた。


――た、助かった!!


間一髪、私は刃のなくなった棒で胸を強打されるにとどまった。


しかし、安堵している場合ではない。のしかかっているバダックをこの機に乗じて振り払え――ない!


掴まれた部位が強力な握力でねじ切られそうだ。急所を蹴り上げようが、目玉を抉り出そうがリビングデッドはひるまない。


繰り返すが、掴み合いになったら人間の力では勝てない。必死で足をバタつかせ、めいっぱい腰をひねっても、まったくビクともしない。


「助けて!! 誰か助けてください!!」


なりふり構っていられない、バダックの頭部を押さえ必死に遠ざけようともがく。噛まれたが最後、自分もリビングデッドに変容してしまうのが定番だ。


「――はわああ、駄目だぁぁ!! 助け、誰か助けてぇぇぇぇ!!」


屈強な剣闘士ゾンビと魔術師の私では力比べになるはずもない。しかしバダックが私を仕留めるのに意外にも手こずっていることに気づく。


――あれ、私、意外と死なないな……。


などと思った私の頭上から、勇者の悲鳴。


「アルフォンス! これ、どうしよう!」

 

見上げてみれば、勇者がゾンビにのしかかり首の下に腕を差し込んで締めあげている。結果、顎が下がって私に噛み付けずにいるのだ。


「ナイスです勇者様! 絶対に腕を放さないでください!」


獣に襲われたとき首にしがみつくのは意外と有効だ。背中に手が回らない構造の生き物が多いし、スタミナに関しては人間に分がある場合も多い。


しかし、ゾンビの手はけっこう背中に回る。バダックは背中の勇者を掻き毟る。


「痛い痛いっ!!」


勇者は引き剥がされまいと必死だ。バダックはバランスを崩し横転、その場で転げまわる。


解放された私は身をねじってなんとかゾンビの下から脱出できた。


「離さないで! 離せば死にますよ!」


注意するまでもなく危険性を理解しているのか、勇者は両足をしっかりと相手の腰に回し全力でしがみついている。


「――勇者様、助かりました。ありがとうございます!」


「なに言ってんだ、ボクたちの仲だろ! 見捨てる訳な、わわわわ!」


自分の尾を追いかける馬鹿犬のように、バダックは背中の勇者を剥がそうと暴れる。


「そうですね、そんな関係で心苦しいのですが……、ここでお別れです!」


「えっ?」


さわやかに別れを告げると、勇者の目が点になった。


しかしこれ以上、身を削るのはまっぴらゴメンだ。もう充分に頑張った、誰にも私を責める権利はない、そもそも私にはなんの責任もないじゃないか。


「もし今夜、勇者様がこの窮地を脱することができたなら、また再会したいという気持ちは本心ですからね?」


私はバダックの気を引かないよう、静かに後ずさりを開始した。


「ちょっ!? 待て、おい、マジか、おまえぇぇっ!?」


勇者の顔面は蒼白だ。


非常に心苦しい、助けてくれた勇者を見捨てて逃げるのは、心優しい私にとっては身を切るような思いだ。


しかし、もう疲れた、帰って寝たい。帰って寝て、目が覚めたあと勇者を失ったことを思い出して泣きたい。


そして、勇者を失った悲しみを共有したティアン姫となし崩し的に結ばれたい。


「おい、おまえ、なんで笑ってんだ?! 気持ち悪いぞ!!」


勇者が私を罵倒した、いつの間にか煩悩が表情に現れていたようだ。


しかし、勇者の死を悲しむ気持ちに偽りはない。


「失礼なことを言わないでください! 笑いませんよ! 勇者様の死を悼んでいますとも!」


哀悼の意を表しますとも!


「死んでないっ! まだ死んでなぁぁぁぁいっ!」


勇者の腕のロックは剥がされかかっている。もう構っている暇はない、こんな危険な場所からは一刻も早く離れなくては。


「さらばで――


「怪物が出たのはここか!」


私が立ち去ろうとしたのに被せて店内に男たちが雪崩れ込んできた。


「――いたぞ、アレだ!」


一団の隊長らしき男が叫び、その背後からイバンが登場する。


「お待たせしました! 姉弟子の指示通り、警備隊を呼んで来ました!」


武装した八人の兵士たちはそれぞれにスピアを構えている。捕縛に最適な長物、これならばリビングデッドの制圧も可能だろう。


私はイバンに的確な指示を出していた勇者を称賛する。


「流石は勇者様! 迅速な対応です!」


「うるせえ黙れッ!!」


ゾンビにおんぶ状態の勇者がブチ切れた。


――そんなに怒らなくても……。


敵意をむき出しの団体にかこまれバダックが立ち上がる、勇者の体重などものともしない。

標的を兵士たちに変更すると勇者の存在を忘れて駆け出した。しがみついている勇者が「わわわ!?」と悲鳴を上げた。


バダックの強烈なタックル。兵士たちは縦長でそれを受け止めるが、重量百キログラムを超える砲弾のような威力は騎士たちをことごとく弾き飛ばした。


加減がないというのはそういうことだ。


隊長らしき男が指示を飛ばす。


「そこの少女! 危ないからいますぐ離れなさい!」


勇者とゾンビが密着しすぎていて攻撃ができずにいるのだ。


「そうは、くっ! 言ってもさ、わわっ!?」


手を離した瞬間、落下した勇者が襲われる危険性は高い、臆病な勇者には酷な決断だ。


私は助け船をだす。


「大丈夫です! 勇者様が離れて安全を確保する時間は私が作ります!」


「信用できるか! アホぉ!」


言いつつも状況は分かっているのだろう。暴れ続けるバダックの背から、勇者は「じゃあ、離すぞ!」と合図を送る。


「どうぞ!」


私が答えると勇者はパッと手を放し床に転げ落ちると、そのままバタバタとバダックから離れる。


刹那、バダックは完全にその場に静止する――。


勇者が離れたのを確認すると、兵士たちの繰り出した槍が一斉にゾンビを串刺し地面に引き倒す。


その時点で私は『リビングデッドの動きを封じていた魔術』を解除した。


無様に地面を転がって逃げ惑っていた勇者が私に駆け寄る。


「なにしたの?」


「思考を伝達する『通信魔術』の応用で、止まれ、とリビングデッドに指示しました」


私は構造の説明を省いて簡潔に説明した。


「できるなら、なんですぐにやらなかったの? 馬鹿なの?」


――理由を聞く前に罵倒から入るとは……。


私の喜ぶツボを心得ていると言わざるを得ない。


「ええと、リビングデッドは基本的に単一の命令に従って動いていて、それを誤認させ続けるのは容易なことではないのです」


リビングデッドは自然発生したモンスターではない、血液を魔術汚染された人間が本人の意思と関係なく人間を襲うようになる。


最古のネクロマンサーが発明したその魔術回路が、いまだにすべての死霊魔術のベースとして存在する。

そのため死霊魔術は『禁術』として理解を得られずにいるのだが、私はいまその禁じられた魔術を使って魔術回路に介入したわけだ。


難しいのは命令の的確な選択、それを本来の指示を上回る出力で維持するということ。

人間を襲うといった永続的に発信され続ける信号を、べつの命令に誤認させ続けるには非常に集中力が必要だ。


たとえば、目の前のゾンビに停止命令を与えたままその首をはねようとした場合、ゾンビが術者の首をはねるという結果になりえる。


それは術者の思考が『止まれ』から『首をはねる』に移行してしまうからだ。


命令は維持し続けなければ本来の指示に戻ってしまうため、私の魔術もにらめっこくらいの役にしかたたないというわけだ。


「そう、なんだ……」


勇者は腑に落ちていない様子だが、魔術知識のない彼女はとりあえず納得する他にない。



「油断するな、慎重に拘束するんだ!」


兵士たちが八人がかりでバダックを床に貼り付けにしている、にも関わらず不死者は激しく床を叩き起き上がろうと暴れ続ける。


完全装備の屈強な兵士八人がかりで辛うじて制圧している状態だ。


「首を落としてください、そうすればすべての機能が停止します」


兵士たちは私の指示通り速やかに実行した、先程まで人間だったものが公共の場で首を切断される光景はコロシアム生活のあとでも十分に非日常的だ。


「酷い光景だね……」


勇者は表情を曇らせた。


「理性が損なわれると人間はここまで醜悪なものに変容してしまうのです」


元来コミュニケーションが取れる、知的であるということを望まれる生物ゆえ、それが欠如していることへの生理的嫌悪感は強い。


これが知人の末路となれば尚更だ。


「仲間を見捨てて逃げようとしたおまえとどっちが醜悪だろうね……?」


まさか、アレと比較されてしまうとは……。


「普通ですよ、他人よりも自分の命を優先するのは最低ではなく、至極真っ当!」


執拗に睨みつけてくる勇者から視線を反らしながら私は主張した。



「そんなことより――」


私は嫌な予感がしていた。


「そんなこと!?」


話題を変えられて不服そうな勇者は無視する。


バダックの死はいたたまれないし、窮地を脱して安堵したい気持ちもあるが、気を抜いている暇はない。


この世には多様なアンデッドモンスターが存在するが、人間は死んだら自然と不死者化するわけではない、そこには何者かの思惑が介在しているはずなのだ。


ここに一つの謎が発生する――。


いったい誰が、なんのためにバダックを不死者化したのかだ。



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