二場 リビングデッドの強襲


あなたは死んだはず――。


突拍子もない発言に誰もが耳を疑った、その意味を理解できずに聞き違いかと正しい言葉を検索する。


「なに言ってんの?」「なんて、言ったんだ?」


勇者とバダックの声が重なったとき、私の頭の中に一つの可能性が過ぎった。それに思い至ったのはきっと私だけのはずであり、恐らくそれは正解だ。


最悪の事実を確認するため私は問い掛ける。


「……イバン氏、それはどういう意味ですか?」


「あっ! そうか、わかったぞ。双子の兄弟だ!」


しかし、その声が届かないくらいに彼は混乱していた。べつに私のことが嫌いとかではないはずだ。


「イバン氏!!」


できるかぎりの大声をだすと、イバンはハッとしてこちらを振り返る。


「死んだはずなんです! バダックさんはコロシアムの戦いで、俺の目の前で殺されたんです! 間違いなく!」


私は周囲へと警告を発する。


「皆さん! すぐに店から出てください、緊急事態です!」


しかし、誰一人として行動に移さない。皆、酒盛りに思考がゆるみきっており、なにがはじまったものかと傍観しているだけだ。


「なになに、急にどうした?」


勇者だけは私の緊張感を察してくれた様子だが、立ち上がった足もとはふらついていて頼りない。



「なんだ、……俺が、どうかしたのか? 殺された? 何の話を、して……して……」


バダックは身体を不自然に痙攣させ始めた。自分の意志とは関係ない、外部からの刺激に反応しているみたいに断続的に跳ねている。


「……バダック?」


勇者がバダックを案じて声を掛けると、彼の座っている椅子が地面を蹴ってガタンと大きな音を立てた。


「家族に、……楽しみ……家族に、妹が……がぁ……!」


痙攣の感覚が短くなっていく。


私はもう一度、店内に警報を発する。


「危険です! 早く――」私の声をさえぎって勇者が叫んだ。「皆ッ!! 一旦店から出てッ!!」


すると、私の警告には微動だにしなかった連中が半信半疑のまま速やかに私たちから距離をとりはじめた。


同じ事をべつの人間がやって結果が違う、理不尽にも思えたがこれも勇者の特技の一つ、声の説得力――。


――私の方が、事態を正確に把握できているのになぁ!!


目の前の驚異がべつのものであれば、私は他を置いてでも一人でこっそりとこの場を離れ自分の安全を確保しただろう。


あとは誰かが騎士団にでも報告すれば良いと考えたはずだ。


しかし、残念なことに私はこの件の専門家だ。私が適切な対応を取らない限り『国が滅びる』と言ってもけして大げさではない、それほどの緊急事態なのだ。


酒場の客たちは私たちを遠巻きに見ながら徐々に店外へと非難していく。


「いいから! 出ろ!」


好奇心に駆られて残りたがる連中を勇者が叱りつけて追い立てた。



「家族が……ハハ、ハ、ハハが……たのシみ……」


バダックが椅子から転げ落ちた。そして、獣じみた呻き声を上げながら激しく床をのたうち回る。


ミシミシ……ミシミシ……。と、歯軋りのような不快な異音を全身の骨が奏でる。異物による侵略に対して、身体が拒絶反応を起こしている。


私は腰に下げた剣を抜いた。携行の気楽さを優先しての極々一般的なショートソードだ。しかしこの場合、これほど不適切な武器はないと思える。


抜剣した私に向かって勇者が呼びかける。


「アルフォンス?!」


「リビングデッドです、非常に危険ですので勇者様は近づかないで!」


雑魚は下がってて!! 


それを聞いた勇者は「もしかして、ゾンビ!?」と驚愕の声を上げた。


リビングデッドとは、いわゆるその『ゾンビ』だ。名前ぐらいは誰もが聞いたことがあるだろうが、異世界の住人である勇者ですら認知しているのは興味深い。


それは『動く死体』とも『不死者』とも呼ばれ、不浄なものとして忌み嫌われた存在だ。

死者でありながら現世をさまよい生者を襲う。その原理について説明している余裕はないが、大体の場合、頭部を破壊すればその活動は停止する。


しかし、今回にかぎってそれはたやすくない予感がしていた。



「!!?」


言語にならない声を発しバダック、否、バダックだった物は人間離れしたバネのような動作で跳ね上がると直立する。


もともと屈強な肉体を持つ彼の潜在的な筋力の力だ。


「受けて、立つ。……受ケ、ウケて……」


剣を抜いたのは失敗だったかもしれない、戦士である彼は反射的に臨戦態勢に入った。


どういうワケか、先ほどまではまるで自分の死を理解していないかごとく生前のように振る舞えていた。


そして、なにが引き金だったのか自我の崩壊が始まった。時限式か、あるいは潜伏期間の長い仕込みか。


どちらにしてもここで仕留める必要がある。


私は試しに牽制の一撃を繰り出す。素早く敵の利き腕を切りつけるが、バダックは二撃、三撃とそれを器用にさばくと反撃を繰り出してきた。


「うぃぃッ!?」


私はそれを後方へのステップで間一髪かわした。


「――これは無理かも!!」


バダックは十五位の闘士、対して私は三十位台の闘士だ。


ゾンビ化しても身に染み付いた技術、剣を振ることに最適化された肉体から繰り出される攻撃の鋭さたるや尋常ではない。


リビングデッドは怪力だと言われるが、アンデッド化したら筋肉量が増えるということはない、怪力の正体はただの『ガムシャラ』だ。


全力で殴れば自分の拳が破壊され、全力で走り続ければ心肺が破壊される、だから必要な機能として人間は常に手加減を加えるようにできている。


アンデッドにはそれがないため、常に火事場のクソ力が発揮されている状態だ。


自らの指がへし折れるのもかまわずに掴みかかり、歯が抜け落ちるのも恐れず握力の三十倍とも言われる顎の力で噛み付く。


リビングデッドが人を襲う時、自我の制御が失われているためその行動は狂犬病の獣にも劣る醜悪さだ。

闘う術のとぼしい者ほど獣じみていき、目についた者になりふりかまわずに喰らい付く。


その驚異が解るだろうか、掴み合いになったが最後、丸腰の人間ではとうてい勝ち目がないだろう。



追いすがってくるバダックから転がるように逃げ回り、椅子を投げつけ机を壁にして遠ざける。


「すみません! お客様のなかにコロシアムで15位以上だった方はいらっしゃいますか!」


そうも叫びたくなる、自分の腕前ではどう考えても荷が重い。


勇者が勢い良く挙手する。


「14位で良ければっ!!」


「お呼びじゃないですねっ!!」


それは奇跡に奇跡が重なってのぼり詰めた、実質140位くらいの実力の14位なのでまったくの論外だ。


中途半端な者の参加は二次被害の発展が懸念される。


相手がただのゾンビならば自分でも手に負えたろう。しかし、一流の闘士であるバダックに勝てるのは超一流の闘士だけだ。


確実に勝てる人材が数名思い当たるが、言ってみれば数名しか思い付かないということだ。

そして、今ここにいない人物には頼りようがない。


バダックは机に乗り上げ突進してくる。私は咄嗟に酒瓶をつかんで投擲、それは見事に頭部に命中したがリビングデッドは怯まない、痛みを感じないのだ。


たとえ四肢を切断しようが、頭部を破壊しないかぎり生者を追い続ける。


私は高所から襲い来るゾンビの足を剣で薙ぎ払う。それは彼の脛を削ったが、突進をさまたげるには至らない。


相手が生者ならそれで決着なのだが、不死者に決定打を与えるには武器の相性が悪い。


振り下ろされるバダックの剣を転倒して躱す。高所からの威力の乗った一撃を受け止めることを嫌い、無様に逃げ惑う。


「なんで、私がこんなことを!」


不平が口を付いて出た。


転倒した所に間髪入れずにバダックの剣が降り注ぐ、私は手近にあった椅子を必死の思いで振り上げたが、椅子はまるで野菜でも切るかのように容易く両断されてしまった。


――これは、死ぬやつだ。


やはり異変を感じた時に真っ先に逃げ出しておけば良かった。


他人がどれだけ死のうと関係ない、たとえ数百万人が死ぬ事になろうとも、天才である私の命には変えられない。


べつに命を惜しんでいる訳じゃない、人類にとっての才能の損失を恐れているのだ!


後悔もむなしく私はついに捕らわれた。


倒れているところにバダックが馬乗りになると、怪力に押さえつけられた私の体はピクリともその場から動かせなくなってしまう。


それは彼の得意な体制なのだろう、馴れた手際で優位を確保するとコンパクトな動作で速やかに、私の胸に長剣を突き立てた。



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