第2話 ご都合主義な風景
一番最初に開始したのは健全な生活である。
10時前には就寝し、朝6時には起床。
ラジオ体操から始まり、ルームランナーによるウォーキング。
食事は食物繊維とビタミンを気にしながら取り、動画を見よう見まねで真似をして、動く。
配分を間違えるとこの脂肪が丸々筋肉に変わり、まるで相撲取りのようになってしまうことを懸念してただ、体重を落とすことを目指した。
髪も、引きこもりを開始してからろくに切っていないので、文房具のはさみで運動の邪魔にならない程度に適当に切った。
今までがっつりと食べていた肉類はささみや胸肉等を中心に頼みめば林が心配し、少し前まで小声でも反応していたのだが、声が随分と変わっていることがばれたくないので返事をしなやればやはり心配された。
そんな生活をしていると気が付けば朝の目覚めが良くなり、夜はぐっすり眠れた。服のサイズはデブの様態からすでにぶかぶかであったLサイズを気に入っていたので気が付かなかったが、パンツが緩く感じ始め、最終的には、ゴムタイプなのにゆっくりと落ち、痩せてきたことを実感した。
久しぶりに玄関付近の柱に身長を刻めば伸びていることが分かった。
結果が出ると人間やる気がますます増えるらしく、どんどんと健康的な体へ向かって行った。
ネットのツイッ○―をのつぶやきを見ていると、平仮名ばかりの文章や、意味もなく小さくなる“ぁ”や“ゎ”を見て、何かカッコ悪いと思い、しっかりと知識を付けなければならないと感じた。
ネットでコミュ症なるものがまるで自分のようだと思ったので、会話することに慣れようと、初対面の知らない人間と画面越しに声のみで会話をするようになった。
社会に出た時に一芸何かできないと周りの人に白けられると言うスレッドを見たので、ギターを覚えることにした。
ネット越しにできた友人がその手のことに詳しいらしいので、色々と教えて貰ったりした。
何と言うか自分の中の生活が充実し、体も一般的な範囲で標準のBMI値まで下がったので、そろそろ外に出ることに慣れようとし始めたのが、15歳の誕生日。
午後7:45分。
僕が生まれた時刻に両親からpcのメールに“誕生日おめでとう”と来たのが外に出ようと言う決心のきっかけになり、自分を追いつめると言う意味でも、そのメールに
“二人とも今、家にいる?”
と書き、送ったのだった。
あのメールを送った直後“今すぐに家に戻る”と父からメールが入り、母からは“今は書斎にいるから、広間に移動する”と連絡があった。
服は軒並みデカいサイズで、下着もぶかぶかと言う壊滅的な状況で寝巻用の浴衣はセーフだよな?と思いながらそれに着替え、何時ぞや適当に切った髪も背中半ばまで伸びてた。
約二年ぶりに靴を履く、と言う行為を行おうとするモノの、完全にサイズが合わなくなっていた。
なので裸足のまま、ゆっくりと扉を開けた。
扉は不思議と軽く、外からの夜の冷たい空気が流れ込んできた。
「こんな、ところだったっけ」
外から姿を見られるのが嫌でいつも窓にはカーテンをかけていて、天窓から見る風景のみだけだったので自分の家がこんな感じだったかと、何か懐かしい。
自分の中の記憶では家と離れを繋ぐこんな廊下は無く、石畳の靴を履いて移動するようなものだと記憶にある。
少し薄れる記憶のなか、確かここの部屋だろうと言う部屋の襖を開けると、
「麻希!」
ドアを開けた途端にかなりの速度で母が抱きついたのだ。
着物姿のおっとりとした風貌の、記憶とまるで変わらない母がいた。
「出て来てくれて、ありがとう」
「う、ん」
実の母と会話をするのに緊張をしてしまうと言うのは仕方ないと思う。
「女の子になっちゃったんだね」
「で、でも太ったまんまだったから、がんばって痩せた」
「料理、色々気を付けてたものね」
「うん」
何か色々と見透かされたように色々と声をかけられそれを返していくのが精いっぱいだった。
それは父が勢い良くこの部屋へ駆け込んで来るまで続き、それを見た父は混乱し、僕が「お父さん」と呼ぶとかなりハイテンションになり、また抱きつかれた。
それでふと、母が訊ねてくる。
「麻希、アナタ下着は如何してるの?」
「今、つけてないけど…」
「…来なさい」
「へ?」
「お、おい静流?」
「男のあなたは黙りなさい」
…母の今まで見たことのない様な剣幕にあっさりと父は引き下がる。
ガタイのいい、ヤーさんの頭を張ってそうな父だがこれを見る限り完全に母の下に敷かれてるらしい。
俺は母に手をひかれ、母の部屋へ。
「腕、伸ばしなさい」
「はひっ」
余りに冷徹な声に驚き、両腕を水平に伸ばしピシッと伸ばす。
流れるような動作で浴衣の帯が外され、服を脱がされる。
「二の腕のたるみも、お腹に段階腹の線が無い。むしろ華奢な体系ね」
「お、お母さん?」
「括れもしっかりとできているし、ブラのブの字もなかったはずなのに胸の形が悪いわけじゃない」
あまりにもまじまじと見られるうえに触らせるのがくすぐったい。
「汗疹もなく、ニキビらしい、ニキビもない。眉毛はすこしだけ弄ったほうがいいかしら…」
母が淡々と僕の姿について観察をしていく。
「髪は特に痛みもないけれど、髪の長さのバラつきが酷いわね。少し梳いた方がいいわね…髪どうやって切ったり、洗ったりしたの?」
「はさみで適当に切って、ネットで見た方法使って…」
唐突に来た母からの質問にスムーズに返答が出来た自分を心でそっろほめつつ、説明をする。
「後、どうやってこんな体型まで行ったの?」
「睡眠と食事をバランスよく取って、ストレッチとか、ルームランナーで走ったりしただけだけど?」
「…どれくらい続けたの?」
「1年くらい毎日やった」
「良く続いたわね…」
「TS病に発症した8割がまるで別人のように痩せたり綺麗になっているのに、何かポッチャリのままだったのが認めたくなかったから」
女のポッチャリの需要は一部にはあるが、自分でこの体と今後一生付き合うのだったら、良い体型で鏡を見たいと思ったから。
「そう。初潮は?」
「まだ」
「…患者によって個人差が大きいって言うけど、1年もまだなら今度病院行きましょう」
「は、はい」
そう言うと母は移動し、タンスから下着を取り出してブラのつけ方の説明とか、初潮が来たらどうすればよいかとか、色々なことを説明され、後日服を買いに行こうと言う話になった。
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