救世主が希望を求めるのは間違っているだろうか
時間にすると、一時間ほどだろうか。
冀求の門と呼ばれた場所から伸びる、ごつごつとした山道を歩いていくと、途端に視界が開けた。
「おお……」
平太郎は思わず驚嘆してしまう。
なだらかな雪山の斜面に沿って、街が広がっていた。
寄り合うように建てられた家々は、どの建物も薄灰色の壁とオレンジ色の屋根で統一されている。積雪を防ぐためなのか、屋根は急角度で尖っており、所々にある煙突からは白い煙が立ち昇っている。そして、その街を囲うようにして、城壁がぐるりと無骨な円を描いていた。
その街並みの中心部に、一際大きな建物――城が建っていた。
周りの家々と同じく、石積みの壁とオレンジ屋根なのだけれど、周囲のどの建物よりも高く、大きかった。瀟洒な城と言うよりは、要塞と言った趣が強い城だ。
所々、塔のようなものが天高く聳えていて、兵士が身を隠しながら戦う為なのか、その天辺は刃の欠けた鋸のように凸凹としている。
色味の無い雪山に突如として現れたオレンジ色の王国は、いかにもファンタジー感に溢れていて、平太郎はえも言われぬ高揚感に胸を高鳴らせる。
「あれが、私の国。ウィル・ラ・ミリオル・フォム・ファリグラート王国です」
白い息を吐きながら、サーリが言う。
体を動かすことは得意でないのか、呼吸はやや荒く、額からは汗がにじんでいる。
平太郎もヘトヘトだった。
休み休みとは言え一時間弱、雪の積もる山道を歩き続けた。
しかも行く先までの距離が分からず、オオカミの遭遇に怯えながら歩くのは、かなり堪えた。幸いにして野生動物との接触は、野ウサギや鹿くらいだったけれど、夏服を着てしまっていたものだから、冷たい風が布地を通り抜けて、肌身に染みた。
サーリは「もうすぐです!」と励ますように言うと、街へ向けて歩みを速める。
山を下っていくと、見えていた街並みは失われ、巨大な城壁が競り上がるように視界を覆い、途端に緊張感を増す。
「ヘータロー様。少し宜しいですか」
サーリは振り返ると、平太郎の目の前まで歩み寄り、両手をその頬へと宛がった。
背の高さの関係から、少し上を見上げるようにして目を瞑っているサーリの顔。
手のひらの冷たい感触が頬に伝わり、途端に平太郎の心臓が脈を打つ。
サーリが小さく何事か呟くと、同時に頬に触れた手に温かみを感じた。
「これで、ヘータロー様の言葉が、我が国の皆に通じるはずです」
「あ、ああ……魔法? その、精霊さんの」
「はい。精霊さんの」
ニコッと微笑みを返される。
その反応にヘドモドしながらも、平太郎は魔法という言葉を自然と発していた自分に気がついた。
城壁の一部をくり抜いたように、木製の扉が構えていた。
サーリが近づくと、その扉の横で待機していた兵士が居住まいを但し、胸に手を当てて敬礼した。
兵士の一人が平太郎の姿を見て、サーリに何事か囁いたようだけれど、サーリが首を縦に振ると、再び背筋を伸ばし、平太郎に対して敬礼する。直後、木製の扉がゆっくりと開かれ、平太郎はサーリに付き従うようにその扉を抜ける。
大人、子供、老人。様々な人が思い思いに街を歩いている。
各々多少の差はあれど、全身をすっぽりと覆うような茶色い厚手の衣服を身に纏っている人が多い。
現代日本では、どの街を歩いていても、皆多様なファッションをしているから、こうして似たような格好をした人たちで溢れかえっているのは少し異様に見えた。
まるで、自分は村人です、と主張しているようにも見える。
時折、街中に重たそうな鎧を身に着けている兵士の姿があり、彼らは長槍やら長剣を携えていて、平太郎は思わず「おお」と目を見張ってしまう。
(あれは何て言う武器だろう。あの長槍に斧がくっついたやつは、ハルバートかな)
などと目を輝かせながら歩いている自分を発見し、平太郎は小さく笑った。
やっぱり俺も、厨二的な気持ちが抜けきっていない。
でも、それは仕方が無いのだ。
男ってのはきっと、幾つになっても、厨二心を持っているものなのさ。
「どうされました?」
垂涎しながら兵士を見ていると、前を歩くサーリが立ち止まってこちらを伺っている。
平太郎は慌てて駆け出し、彼女に足並みを揃えた。
「立派な街並みだね」
「少し前までは、もっと賑わっていたのですが……」
街の中央を走る、なだらかな坂を下りながら、サーリは左右の家々を見渡す。
「魔王グリウルが現れてからは、活気が少しずつ失われてしまっています」
サーリの顔の陰りを、平太郎は横目でチラと窺った。
「でも、魔王が蘇ったと言う割には、平和に見えるね」
「そう……ですね。普通に暮らしている人々は、直接その姿を見た訳ではありませんから」
「サーリは見たの?」
「いえ……、エラルダから逃げ延びた兵士から話を聞いただけで」
「そうなんだ」
「グリウルの存在に関しては、箝口令が布かれているのですが……どこからか、漏れ伝わってしまったようです。でも、それも仕方の無いことかも知れません。北方の小村エラルダが壊滅したことは隠しきれませんし、王国から離れた村々では、その付近では現れるはずのないモンスターの姿も目撃されています。空はいつも、厚い雲に覆われていますし……尋常ではない何かが起こったと考えるのが、自然ですから」
サーリの話を聞きながら、平太郎は今一度、街並みを見渡した。
一見すると、静かで平和な街に見える。子供らははしゃいでいるし、路肩ではおばさんたちが顔を寄せ合って何か話しをしている。
けれど、サーリの言うように、曇り空の日のように、光は遮断され、皆の心の中に影を落としているのかもしれない。
街の中央を走る通りを進むと、やがて王城へと辿り着いた。
街を囲っていた城壁と似た、要塞のような灰色の城門の前には、複数の兵士が直立している。サーリが彼らに近づくと、その中の一人が正していた姿勢をさらに伸ばし、きびきびと敬礼する。
サーリは深く礼をすると、平太郎を手招きし、二人は重々しい城門を潜る。
「サーリって、ひょっとして、偉いの?」
「いえ、全く」
すぐさま否定されたが、嘘だと思った。
城門を潜り抜けると、正面に城が聳えている。とは言っても、遊園地にあるような華やかさはあまり無く、地べたにどっしりと構えるような、重厚、堅牢な雰囲気を持った城だ。
城門から一直線に伸びる道も、緩やかな坂状になっていたけれど、街中の道よりもしっかりと舗装されている。
右手には厩舎があり、黒々、隆々とした馬が鼻を震わせていた。左手は兵士の詰め所になっているのか、鉄鎧を纏った体格の良い男たちが集まっている。負傷兵が多いのか、あちこちに傷を負った兵士の姿が見受けられた。
城前に到着すると、サーリが再び兵士に挨拶をした。
しばらくして、深い茶色をした重々しい木の門が、鈍い音を立てながらゆっくりと開かれる。平太郎は萎縮しつつも、悠々と歩き出すサーリの後を追った。
石造りの城内は、壁の所々に設置された蝋燭の明かりで照らされ、その陰影が何とも幻想的だった。翼を広げた鳥の意匠が施された旗がいたるところに掲げられ、主要な通路には赤い絨毯が敷かれている。
しかし、過度な装飾品は見当たらず、どちらかと言えば色合い乏しい質素な雰囲気ではあったけれど、それが厳粛さに拍車を掛けていた。カツン、カツンと足音が響き渡り、感嘆の声を漏らすことも憚られ、平太郎は思わず姿勢を正してしまう。
「サーリ様!」
入り口から真っ直ぐに歩いた先にある、吹き抜け構造をした広間のような場所へ入ると、そう声を掛けて近づいて来る中年男がいた。司祭のような格好をしたその男の赤い衣服には、襟元や袖口に銀色の刺繍がなされていて、周りの兵士たちよりも格が上であることは一目瞭然だ。
「こんな時期に、どこへ行かれていたのですか!」
司祭風の中年男は、サーリの顔を見るなり息を荒げている。
低く太い声に、七三分けの短い髪が良く似合っていた。
「マウル様も心配されています。お父上が病に臥されているというのに、城を開けるような行為は、ご自重下さい」
「……すみません。以後、気をつけます」
サーリが頭を下げると、中年男は一つ息を吐き出した。そして、長細い目で、ジロ、と平太郎を睨む。
「そちらの方は?」
「あ、そうなんです! ムルイ! 聞いて下さい」
サーリは思い出したように目を輝かせ、平太郎を袖を引いた。
「こちらの方は、あのガアラトの石版に記されていた伝説の英雄なんです!」
「伝説の、英雄……?」ムルイと呼ばれた男が目を丸くする。
「あ……どうも」
否定するわけにもいかず、平太郎は曖昧に頭を下げた。
「まさか、サーリ様。冀求の門へ行かれたのですか? 従者も連れず、お一人で?」
「あ……はい」
サーリが気まずそうに首を縦に動かす。
どうやら、このムルイという男に、サーリは頭が上がらないらしい。
ムルイは呆れたような顔をして「全く……」と溜息を吐いた。
「しかし……あの冀求の門が開いた、と言うのですか」
「そうなんです。伝説は間違っていませんでした」
「俄かには信じられませんが……」
ムルイが再び平太郎を見る。
まるで、服装や体格から出自を見定めるように、上へ下へと視線を動かしていた。
「……しかし、少しばかり遅かったようですな」
「え? 何故ですか?」
「先日、勇者様御一行が、我が国の兵士と共にグリウル討伐へ旅立たれたところです。時間を考えれば、まもなく凱旋される頃合いでしょう」
「勇者様?」
サーリが声を上げる。
平太郎も、馴染み深いその響きに思わず「勇者?」と反応してしまった。
「サーリ様もご存知でしょう。西国パソスの危機を救った、勇者フリウ様ですよ」
「フリウ様が? グリウル討伐に参加して下さったのですか?」
「左様です。折角、伝説の英雄様がおいで下さったのに申し訳ない限りですが……出番は無いかも知れませんな」
ムルイが小さく笑った。
それを見てサーリが「そのような言い方!」と息を荒げる。
「これは失礼。とにかく、長旅でお疲れでしょう。部屋を用意いたしますので、ごゆっくりとお寛ぎ下さい」
ムルイは丁寧に頭を下げると、広間の奥へゆっくりと歩いていった。
「……申し訳ありません。ヘータロー様にあのような物言いを」
「あ、いや、良いんだけどね。……あの人は?」
「ムルイですか? 彼は、この国で宰相を任されています。王が国政から遠のいている今は、実質この国の最高権力者と言っても良いかもしれません」
「最高権力者ねぇ。偉いんだねぇ」
そこで、やって来た侍女らしき女性に案内され、階段を上り、三階の一室へと通される。
広さは十畳くらいはあるだろうか。部屋の隅に一人用のベッドがあり、小さな暖炉と木製の机と椅子が二脚あるだけの簡素な部屋だけれど、室内の一角に備えられた銅製の窓枠は、蔦が絡み合うような複雑なデザインを施されているし、壁に掛けられた燭台は、炎の明かりを受けて銀色の光を跳ね返している。
やはり、ここは王国の城なのだ。
「すみません。この様な小さな部屋しか無くて」
部屋に入るなりサーリは言った。
「俺が暮らしてる部屋よりは、よっぽど広いけどね」
「あ……その、すみません!」
サーリはハッと口を押さえ、大きく頭を下げる。平太郎は笑った。
この子の反応は、純粋で面白いな。ついつい、意地悪をしたくなってしまう。
「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」
そう前置きをして、平太郎は椅子に座る。
「はい、何でしょう?」
サーリは首を傾げながら、その向かいに腰を下ろした。
「あのさ、俺、あんまり歓迎されてないんじゃない?」
先ほどこの部屋に通された際、サーリと侍女とが小さく言い争いをしていたからだ。「もっと広い部屋を」「すみません、勇者様が」という言葉が耳に入った。
あの宰相の言動も合わせると、俺なんかよりも勇者様とやらが期待されているのは明白だ。
「そ、そんなことありません! ヘータロー様は伝説の英雄でいらっしゃいますから!」
サーリは強く否定する。
しかし、嘘をつくのが下手なのか、その声は上ずっていた。
「ま、良いんだけどさ……慣れてるし」
そう言いながら、平太郎は椅子に背を預ける。
実は、お祭り騒ぎになるくらい歓迎されるんじゃないかな、なんて期待も若干はあった。伝説の英雄なんてご大層な呼び方をされているのだから、酒池肉林のパーティーが開かれ、豪勢なご飯にありつけたりするのかな、と。
しかし実際は、伝説の英雄よりも勇者の方が格が上だったと言うことだろう、と平太郎は納得する。存在するかどうか分からない者よりも、実在する名のある人物の方が厚遇されるのは、当たり前のことだ。
「その勇者って、凄いの?」
「フリウ様ですか……? 私も実際にお会いしたことは無いのですが……赤の勇者と呼ばれており、数々の武勲は聞き及んでおります。最近では、西国パソスの窮地を救ったことはもとより、悪魔神官ディルカノとの決戦は、すでに書物化されているほどで」
なるほど、と平太郎は頷いて見せるが、凄さが全く分からなかった。
「ならさ、魔王討伐もやってくれるかな? 俺の出番は無しで」
正直、そうなってくれるのが一番ありがたいな、と平太郎は考えていた。
何せ、俺はモンスター退治なんてやったことがないし、そもそも見たことが無い。モンスターペアレントなら何度か見たけど……俺にはそっちだって、倒せそうも無い。
勿論、自分が伝説の英雄であるなら、その秘められた力とやらを見てみたいのは山々だったが、しかし、今のところ何の変調も見られない。足はすでに筋肉痛が始まりかけてパンパンに張ってしまっていて、肉体的にはむしろ弱まっているくらいだ。
「ヘータロー様の出番はあります! 大丈夫です!」
サーリは両方の拳をグッと握る。
「その言い方だと、まるで勇者よ負けろ、みたいに聞こえちゃうけど」
「あっ! そ、そう言うわけでは……」
「それと、もう一つ気になってるんだけど」
「は、はい、何でしょう」
「伝説の英雄って、この国じゃ全く信じられてなかったんじゃ……?」
平太郎の言葉に、サーリはビクッと肩を震わせた。
分かり易過ぎる、と平太郎は噴出しそうになるのをどうにかこらえた。
「ど……どうして、そう思われるんですか?」
「その返し方だと、殆ど認めちゃってるようなものだけど……いやさ、あの宰相も言ってたじゃない。冀求の門が開いたなんて信じられないって。サーリの行動も把握してなかったみたいだし」
最初に出会った時、サーリがした説明によれば、彼女は伝説の英雄を捜す任を預かったと言っていた。しかし、現実には宰相に「どこへ行かれていたのか」と問い質されている。これはつまり、サーリにはそんな任務を与えられていなかった、と言うことに他ならない。
自分の予想を伝えると、サーリはしゅんと肩を落とし、申し訳なさそうに上目遣いでこちらを見るのだった。
「すみません……ヘータロー様の仰られた通りです。冀求の門もガアラトの石版も、この国で信じている人は殆どおらず、最早忘れられかけている伝説なんです」
サーリはおずおずと話し出す。
「私は、その、そう言った伝記や伝説を紐解くことが好きだったので、グリウル復活の報を聞いたときに、一度ムルイに提案したのですが……全く受け入れてもらえなくて」
「それで、一人で冀求の門に出向いたってわけだ」
「……はい。でも、冀求の門は確かに開きましたし、こうしてヘータロー様にも出会えたわけですから!」
途端、サーリがグイッと身を乗り出した。
「魔王グリウルを討伐するのは、やっぱりヘータロー様なんです!」
「いや、あの、すごく期待してもらえるのは、ありがたいんだけど……俺に出来るかなぁ。魔王を倒すったって、武器も何もないし」
「武器なら今すぐにこちらで用意させます。大丈夫です」
そう言ってサーリは立ち上がる。
「あ、あのさ。どうせなら、伝説の武器とか、特殊な効果があるアイテムとかがあると、凄く助かるんだけど……流石にそんなのは、無いかな?」
「伝説の……武器、ですか?」
「一般人でもモンスターが倒せるみたいな、そんなやつ」
「……確か、宝物庫に色々とあった筈ですが……少しお待ち下さい!」
サーリは慌てたように踵を返し、部屋の外へと駆け出して行った。
そうして平太郎は一人、城の一室に残される。
ふと窓から外を覗くと、見回りだろうか、一人の兵士がきびきびと動いている姿があった。その向こうには、背の高い城壁が城を囲んでいて、遠くには険しい雪の山脈が連なっている。
今までで一番訳が分からない状況にも拘らず、平太郎は妙に落ち着いていた。
むしろこの世界感を楽しんでしまっている自分を発見している。
伝説の英雄であるらしき自分が余り歓迎されていないと言う事態も不思議と現実味があり、しっくりと来ていた。
初めは疎まれていた珍客が、信頼を勝ち取り、世界を救う。
これは燃える展開だ、と。
そして、今、自分を必要としてくれている、サーリという女性がいる。
今までの人生で、これほど「自分」という存在を求められたことがあるだろうか。
しかも、子供時代に夢描いていたような、物語の主人公的な扱いで。
それが、平太郎は嬉しかった。
そういう自分に気がつくと、恥ずかしさもこみ上げてくるが、嬉しくて楽しくて、堪らないのだ。
小学校時代も、中学時代も、どこか退屈な日々だった。
理想と現実は、平凡な日常の中でどんどん乖離していき、ちっぽけな自分を発見するだけ。そんな心情を吐露出来る、友人と呼べる人間さえおらず、誰を必要ともしない代わりに、誰にも求められない……。
平太郎はまた、自分の掌を見つめた。
ギュッと握り、そして開く。
伝説の英雄は、具体的にどんな力があのだろう。
魔法が使えたり、するのだろうか。
雪平カエデや、ニットキャップを被った男みたいに、人智を超えた力があったりするだろうか。
全く分からない。
こんなことなら、雪平に詳しい話を聞いておくべきだった。
「お待たせ致しました!」
そこへサーリが、両手に雑多な物を抱えるようにして部屋に帰ってきた。
そして、それらを次々にベッドの上へと並べていく。
木の破片みたいな横笛。
ぼろきれのような布。
錆付いた杖が二本。
想像以上に頼りなさそうな物が並べられて、平太郎は思わず漏れそうになる溜息をグッと堪える。
そんな心境を見抜いたのか、サーリは小さく頭を下げた。
「すみません。どうやら殆どの物は、フリウ様たちに渡してしまったようで」
「ああ、そりゃそうか。普通、勇者には良いアイテムを持たせるもんなぁ」
平太郎はそう言いながら、並べられたガラクタのようなアイテムを見渡す。
国を救う勇者に、その辺で買える剣とか、はした金とかを渡すなんて、おかしいものね。ゲームじゃないんだから。
「まあ、仕方ない。残された物で遣り繰りしないとね。ええと……この笛は?」
「それは、狩人ジョルスの笛です。その音色を聞くと、モンスターが集まってくると言われています」
「ゲームかよ!」
計らずも平太郎は突っ込んでしまう。
和製RPGなどで良くある、ひたすらに敵を呼んで倒すっていう、レベル上げの作業効率だけの為に用意されたアイテムだ。
ゲーム内では便利なんだろうけど、今の自分には必要無さ過ぎる。
「その、ジョルスって狩人には、便利だったのかも知れないけどなぁ」
「はい。ですが、その音色の効果が絶大過ぎて、あまりにも強大なモンスターを多数呼び寄せてしまい、命を落としたと言われています」
「うわぁ……」
平太郎は巨人のような怪物に囲まれている狩人を想像し、顔を顰めた。
想像するだけでも怖すぎる。これは全く使いどころが無さそうだ。
「んじゃ……この杖はどんな効果があるの?」
続いて、錆付いた杖を指差す。
サーリが抱えていたものよりも小振りで、その杖の先端には紫色の水晶が嵌っていた。サーリのものは球体だけれど、こちらは五角錐だ。内側から発光するような鮮やかさは感じられず、何だか偽物のように光彩を欠いている。
「それは、魔力の無い戦士にも魔法が使えるよう作られた杖で、先端の水晶に魔力が封じられています。対象に向かって念を込めると、炎の塊が――」
「良いね! そう言うのを待ってたんだ」平太郎は興奮気味に杖を掲げる。
魔法を使えるなんて、男子の永遠の憧れだし、ファンタジーの王道じゃないか。
「ただ……」とサーリは言葉を濁す。
「ただ?」
「使用出来るのは、一回きりなんです。それに、杖を持っていると、当然他の武器は持てませんし、結構な荷物になってしまうので……長い間出番は無かったみたいです」
「ああ……確かに」
人間、持てる物には限界がある。
それこそゲームならば、装備せずにアイテムとして使うものだが、これは現実だ。実際に手に持たなければならないのは、当然のことだ。
うまく出来ていると言うか、出来てないと言うべきか。
「まあ、でも、使えなくはないのかな。ええと、最後に、この……」
最後に残された、良く言っても『細長い雑巾』にしか見えない灰色の布切れを指差す。
「ぞうき……年季の入った布は、何だろう」
「あ、これは凄いんですよ!」
気を取り直すように、サーリは意気揚々と布を摘み上げた。
「これを身に纏っていると、モンスターから察知されなくなるんです!」
「……つまり、気配を消せるってこと?」
「そうです!」
「それって……凄いんじゃない!? 敵に悟られずに近づけて、こっちから一方的に攻撃出来るってことじゃないか!」
「あ、いえ、動いてしまうと効果は無くなるそうなので、攻撃はちょっと」
「え? そうなの? じゃあ、咄嗟に隠れる用のもの?」
「あ、でも……纏う所を見られていると、意味が無いそうで」
「使い勝手ッ!」
悪すぎるだろ!
どういうタイミングで使えば良いのか、全く分からないぞ。
「なので、その、ボロボロになってしまった理由は、使用者がモンスターに見つかってしまったから、と言われていて……」
「どれもこれも、悲しい曰くがありすぎるんですけど」
「す、すみません」
サーリは大きく頭を下げた。
「あ、そうだ!」
何に気が付いたのか、サーリはローブの袖口をまさぐりだした。やがて、彼女は拳を突き出すと、パッと開く。その手のひらには、銀縁のモノクルが置かれていた。
「私物なのですが」
「これ、サーリが掛けてた眼鏡?」
真ん丸の片眼鏡を手に取り、覗き込むように眺めてみる。試しにサーリを覗いてみたが、別に服が透けるというわけではないらしい。
「侵入者の眼と呼ばれています。魔法の力によって、人が残した意思を察知出来るんです」
「人が残した意思?」
「ええと……例えば、ある洞窟に罠が仕掛けられていたとします。その時にその眼鏡を掛けていれば、どこに罠があるかが分かるんです。罠があると黄色く写り、罠が解除されたら、赤く光ります」
「お……それは、意外と便利そう。宝箱開け放題じゃないか」
「あ、でも、罠があるか無いかが分かるだけなので、罠解除の技術がないと……」
「……そりゃ、そうか」
平太郎はそっとモノクルを外した。欲しいものが目の前にあっても、手に入れられないのではあまり意味が無い。
「その、がっかり、されて……いますよね」
用意した物が、どれも平太郎の希望とはかけ離れたものばかりだったことがサーリも分かっているようで、彼女は申し訳なさそうに俯いている。
「いや、まあ……うん。とりあえず受け取っておくよ」
平太郎は並べられたそれらのアイテムを掻き集めた。
そして満面の笑みを浮かべて見せたが、サーリの顔が晴れることは無かった。
それからしばしの間、気まずい沈黙が流れた。
サーリは肩を落としているし、平太郎は平太郎で、伝説の英雄として、何をすれば良いのか分からない。
そこへ、コンコン、とドアがノックされ、先ほどの侍女が顔を覗かせた。
食事の用意をしてくれるとのことで、ファンタジー世界での夕食はどんなものだろうと平太郎は期待に胸を膨らませたが、ムルイらと共に摂らねばならぬと聞き及び、この部屋で食べたいと引き篭もりのようなことを言った。
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