第10話 闇のうちより浮かぶ、妖しき笑み
夜になり夕食を終わらせた護と月美は、午前中に集めた情報を交換しあっていた。
護は月美からの報告で、被害者の全員がある占い師と接触していること聞くと。
「占い師、か。確かに怪しいな」
「でしょ? もしかしたら、その占い師が護の見たって言う呪符を作ってるのかもしれない」
「だな。占いだって魔術や呪術の一種だし、占いだけじゃなくてそういう仕事を請け負っていた可能性もあるだろうし」
「呪符や呪物の類を作れないわけがないってことね? てことは」
「あぁ、その占い師が黒幕って考えればつじつまが合う」
実際に友尋がその占い師の占いを受けたかどうかまではわからない。
ただ友人に付き添っていき、お守りと称して呪符を渡されたという可能性もある。
もっとも、接触したという意味では一緒なので、大した変化があるわけではないが。
いずれにしても。
「その占い師は要注意人物だな」
「うん。もう一度、麻衣に詳しく聞いてみる」
「ありがとう。今度は、俺も一緒に行こうか?」
その言葉に、月美は目を丸くする。
「え? でも、嫌じゃないの?」
「正直、少し……いや、かなり、この上なく嫌だ。けど、これ以上は夢渡りで情報を得られそうにないから、嫌でも会わなきゃならんのなら、会いに行く」
まだ情報が足りないが、これ以上、夢殿で情報を集めることができないのなら、現世で情報を集めるしかない。
そのためならば、人間嫌いであっても、月美の親友である麻衣に会うことを選ぶようだ。
もっとも、初めて対面したときの印象がかなり悪かったためか、あまり気乗りしないようではあるが。
「……無理しなくてもいいのに」
「無理はしてない。それにお前の友達なんだ、俺の中の第一印象こそ悪いものだけど、そんなに悪い奴じゃないだろ?」
暗に親友を誉められたことに照れたのか、護の言葉で月美の顔が少し紅くなる。
護自身、あまり人間が好きではないことは、揺るぐことのない事実だが、月美を交えていたとはいえ、彼女たちと過ごした時間は、悪いものではなかったようだ。
もっとも、その本音は。
「それに、少しでも月美と一緒にいたいし」
これまでの調査で要注意人物がわかっただけでなく、具体的な方策も見えてきた。
それだけ聞けば、事件解決まであと少しということになる。
だが、それは同時に護が東京へ帰る日が近付いていることとほぼ同意義だ。
東京に帰ってしまえば、次に会える時までまた離れ離れになってしまう。
「まだ俺は何も伝えていない。なのに、そんなあっさり離れたくない」
「え? 誰に、何を?」
月美は首を傾げ、問いかけた。
その声色には、少しばかり不安の色が見える。
それに気づいているのかいないのか、護はまっすぐに月美の方へ向き直り。
「月美に、俺の気持ちを」
はっきりと告げられた答えに、月美は少し顔を紅くなり、護も恥ずかしさのあまり、眼をそらしたくなっていた。
だが、ここで月美から目をそらして気持ちを伝えなければ、今度はいつ会えるかわからない。
決着をつけるならば、今しかない。
「月美」
「は、はい!」
護の呼びかけに、月美が答える。
がっちがちに緊張していることが、彼女の声の大きさからわかるが、護はそれ以上の緊張と不安を抱きながら、まっすぐに月美を見つめ。
「俺は、お前が」
想いを伝えようとした瞬間。
「護くん、月美。すまないが、少し一階を手伝ってくれ」
まるでタイミングを計ったかのように、友護が部屋の戸を開けて顔を出す。
あまりに突然のことで、月美と護はほぼ同時に跳ね上がり、顔を真っ赤に染め上げて友護の方へ視線を向けた。
そんな視線を無視して、護と月美は顔が真っ赤な状態のまま、廊下へと出ていく。
二人が部屋から出ていくと、呆れたような顔で友護に問いかけた。
「お前、気づいててやっただろ。それもこれが今日で二回目だ」
「当たり前だ。ここで護が告白したら、ここから先が危うくなるだろ」
「そんな映画のようなことが起こってほしくはないけどな」
「だが、冷静さを欠いて最悪の事態になることは避けるべきだろ?」
「それは……そうだが」
この事件の結末がどうなるのか、どのような事態に陥るのかわからないからこそ、今は危うくなるような状況は避けるべきである。
友護はそう判断し、二度もこうして妨害をしていたのだが。
「それに」
「それに?」
どうやら、それだけではないらしい。
白桜が首をかしげながら問いかけると、友護はいたずら小僧のように笑みを浮かべる。
「ああいう手合いは、からかえるときにからかわないと損だからな」
「わかってるじゃないかよ」
友護の言葉に白桜はにやりと笑う。
二人の先行きを思って、タイミングを見てわざと声をかけたことは事実だが、友護の場合はそれ以上に、弟分と妹をからかって遊びたいという欲求があった。
「しかし、お前は本当にいい性格をしているな」
「ふっふっふ。そりゃこの世界で面白いのはいつだって人間。特に親しい間柄の人間だからな。遊ばないと損だろ?」
友護は本人が言うように、親しい人をからかって遊ぶことが好きだ。
理由を尋ねてみると、まだ付き合っていないのに二人そろって同じような反応することが楽しくて仕方がないから、と答えてきたことがあった。
白桜も同じ理由で月美をだしにして、主人であるはずの護をからかって遊ぶことを楽しんでいる節がある。
「ふふふふ」
「くくくく」
近しい人間をからかって遊ぶことが好きという点で、主従とは無関係のなかなか息のあったコンビがいつの間にか成立していた。
(友護さん、わざとやってるんじゃないのか……)
(……たぶん)
そのコンビの笑い声は廊下まで響いてきており、一人と一匹の不気味な笑い声を聞きながら、護と月美はひそひそと話し合っていた。
風森家で護と月美が三度目の告白の邪魔をされた頃。
街の大通りは仕事や塾から、あるいは部活終わりなど、様々な事情で外出していた人々が、自分の家へ戻るとごった返していた。
その人ごみの中で、何かを待っているかのように一人の占い師が椅子に腰かけている。
フードを目深にかぶっているため、顔まではわからない。
だが、ゆったりとしている服でも隠すことが難しい豊満なふくらみで、占い師が女性であるということはわかった。
ふと、その女占い師の目に一人の年若い通行人が入り込んでくる。
「そこのあなた」
「え? わたしですか?」
占い師は通行人の少女に声をかけた。
声をかけられた少女は引き寄せられるかのように、占い師の方へと歩み寄る。
その少女を愛おしげに眺めながら、占い師は薄く笑い。
「あなた、悩みがあるわね?」
と問いかけてくる。
あまりに唐突な質問に、少女は眉根をひそめ、首をかしげる。
「はい?」
「それも、恋の悩み」
少女は誰にも話すことなく、自分の胸だけに抱えているその悩みを指摘され、顔を真っ赤に染まった。
その反応に、占い師は妖しげな微笑みを浮かべ、席を勧める。
「占ってあげる……座りなさい」
占い師の言葉に、少女は引き寄せられるように用意されていた椅子に腰かけた。
少女が腰掛けると、占い師から一枚の紙とペンが差し出される。
その紙には名前と年齢、生年月日を記入する欄が設けられていた。
占いというものを初めて経験する少女は、差し出された紙に首を傾げていた。
「あの、これはいったい?」
「そこに指定されているものを、包み隠さずに書いて。これからあなたに起きる運命、必然の定めを見極めるために、必要なことなの」
占い師にそう言われ、少女は眉をひそめた。
昔ならいざ知らず、情報化社会と呼ばれる現代では、名前だけで様々な情報を引き出すことは可能だ。
そのため、こういった場所で個人を特定できるような情報を明らかにすることは好ましくないと指摘されている。
「安心して、占い以外使うことはないし、終わったらあなたの目の前で焼き捨てるから」
占い師はそのことも考慮し、用が済んだら情報は処分することを誓約した。
破棄する、と口では言っても本当に破棄されるのか、提供者はわからない。
だが、わざわざ目の前で焼き捨てる、と宣言してくれているのだ。
多少は信頼してもいいかもしれない。
そう思ったのか、少女は指し出された紙に必要なものを書き入れる。
その様子を、女性は怪しげな瞳と笑みで見守っていた。
少女が書き終わった紙を占い師に渡すと、占い師は書かれた文字を追いかけ。
「そう……あなた、「綾瀬桃花」というのね。よろしくね、綾瀬さん」
「あ、はい」
にっこりと笑いながら、占い師は手にしたメモを脇に置き、脇に置いていた商売道具の一つである風水羅盤を自分と桃花の前に引っ張ってきた。
「それでは始めましょうか」
「あの、その前にあなたのことはなんて呼べば……」
占いを始めようとしていた占い師に、桃花は名前を尋ねた。
名前を聞かれた占い師は、そうね、とつぶやき。
「
そう名乗り、鳴海は妖艶な笑みを浮かべた。
桃花は鳴海のその微笑みに不気味な何かを感じながらも、椅子から離れない。
「それでは、いくつか質問していくわね」
そう言い数分の間、鳴海は桃花にいくつか質問をする。
その質問に桃花が答えるたびに、机の上にある風水羅盤を動かしていく。
不意に、鳴海がその動きを止めた。
「……あら? その子、好きな人がいるみたいね。それも、その人はあなたに一番近い人らしいわね」
「やっぱり……」
鳴海の言葉に、桃花は胸に小さな痛みを覚える。
――そんなこと、わかってるのに。なんで胸が痛いの?
自分が想いを寄せるあの人が、自分の親友の想い人であることはわかっていた。
その人もまた、親友に想いを寄せていたということもわかっている。
桃花にとって彼女は親友だ。
上手くいってほしいし、何より親友の幸せは喜ぶべきものなのだが、なぜだか心の奥底にとげのようなものがささっている感覚がしていた。
「あなた、その人と結ばれたいの?」
「あ、いや。そういうわけじゃないんです」
「あら? だったら、どうして気にかけるのかしら?」
鳴海は、怪しげな瞳で桃花を見つめ、問いかける。
その問いかけに、桃花はどう答えたらいいのかわからなかった。
――できることなら、月美には幸せになってほしい。けど、もしそうなったらあたしたちはこれからばらばらになるってことなんじゃないかな?
桃花にとって、月美と麻衣は中学の頃からの親友だ。
たくさんの時間を三人で過ごしてきたし、これからもその時間が続くと思っていた。
いつかはその時間が終わることになるとわかってはいる。だが、護という第三者の登場でその時間が早まったように感じた。
その感覚に、言いようもない強い不安を覚えているのだ。
その不安をどうにかしたい。
声には出さず、頭の中でそう思っていたのだが、鳴海はその考えを見透かしているかのように。
「できるわよ。その人の心をあなたの親友からあなたへ移すことが」
と口にした。
見透かされていることに驚きを隠せず、桃花は目を見開く。
その表情を慈しむように、鳴海は微笑みながら続けた。
「あなたが思っている人とあなたを結ぶこと。私ならできるわ」
聞き間違いかとも思った。
しかし、彼女の妖艶な瞳は、艶やかな声は、それが嘘ではないという確信を持たせてくれる。
本当にできるというのならば、縋れるものには縋りたい。
桃花の口から出てくる言葉は、すでに決まっていた。
「どうすれば……どうすればいいんですか?」
「確認したいのだけれど、あなたの頭には今、二人の人が浮かんだわね?」
「あ、はい」
「一人は女性で、もう一人は男性。どっちもあなたと同い年くらいかしら?」
「その通りです」
「そう、わかったわ」
その桃花の言葉にそう返し、鳴海は自身の傍らに置いている荷物の中身を漁り、中から二枚の紙を取り出した。
「まず、この符をあなたの頭に浮かんだ子に渡しなさい。そして、もう一枚のこちらをその人が想っている人に渡しなさい」
そう言いながら、鳴海は札を桃花の前に差し出す。
一枚は、神社や寺でお守りを飼うときに見かける、ごく一般的な呪符のようなもの。
もう一枚は、先ほど渡されたものとは逆に、黒い紙に白で文字と線が描かれた呪符だった。
最初の一枚はともかく、後から出されたもう一枚は、どう見ても危ないものにしか見えない。
危険を回避する理性があれば、呪符を受け取ることを断ることもできただろう。
だが、桃花はこれを使えば自分の望みが、三人で過ごす時間が少しでも長引かせることが出来るという思いに負け、二枚の呪符を受け取った。
その瞬間、ふと一つの疑問が浮かび上がる。
「……これを渡したら、あの子はどうなるんですか?」
「それはあの子のこと。あなたは知らなくていいわ。それに……いえ、何でもないわ」
桃花の質問に、鳴海はそう答えた。
その後、何かを言いかけてて、口を閉ざす。
――黒の呪符を渡した相手がどうなるか。それを知ったところで、力のないあなたにはどうしようもできないわ
鳴海は桃花に笑みを向けながら、そうつぶやく。
同時に。
――あなたにはあの子をこちらに引き込むために、あなたに一役買ってもらうには、知らせない方が都合がいいのよ
と、心中でつぶやき、怪しげな微笑みを浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます