第236話 頼りになるのは自分たちの使鬼

 作為的に引き起こされようとしている滅亡を止める。

 その決意を胸にオフィスビルへと入った護たちの顔は、緊張でこわばっていた。

 彼らのいる場所は魔法陣の中心。

 言ってみれば、敵勢力のど真ん中ということになる。


――まぁ、リラックスしる人間がいるとしたら、そいつは地雷原でタップダンスしててもおかしくないな


 だがあいにくと、この場にいる全員の神経はそんな芸当ができるほど太くはない。

 護と月美はもとより、こういった場面に慣れているはずの光と満すら、表情に余裕はなく、緊張でこわばっている。

 当然、会話を交わしている余裕もないため、一行の間には沈黙が流れていた。

 だが、その沈黙は突然、破られる。


「人間だっ!」

「バフォメットが言っていた連中だ!始末しろ!!」

「しまったっ!」

「迎撃態勢!」


 光の号令と同時に、満は襲撃してきた妖や悪魔に銃口を向け、発砲する。

 それを皮切りに。


のぞめるつわものたたかものみなじんやぶれてまえり!」

「祓いたまひ、清めたまふ!」


 護と月美が霊力を込めた呪文を襲撃してきた妖たちにぶつけ、一気に突入する。

 だが、自分たちの最終目標を忘れているわけではない。


「「「オン、マリシエイソワカ!」」」


 妖たちの攻撃を回避しながら、護たちは互いの背中を預けるような位置取りになった。

 すると突然、護と満、光がまるで示し合わせたかのように、一秒のずれもなく、摩利支天の真言を口にする。


「どこいった?!」

「消えただと?!」

「探せ、探せ!!」


 妖たちの目には、護たちの姿が突然、消えたように感じたのだろう。

 急に周囲を見回しはじめ、あたふたとその場から離れ、護たちを追いかけ始めた。

 妖たちの姿が見えなくなると護たちは隠形術を解除し、階段を上がり、上へと向かう。


「危なかったな」

「あぁ。危うく、無駄に戦うところだった」

「さすがに、魔法陣の中心が近づくにつれて特殊生物たちの数が増えてくるか」

「とはいっても、いつまでも隠形術を使っていても霊力を消費し続けるけど?どうするの?」


 術を使って隠れ続ければ、確実に逃げることはできる。

 だが、桶に貯められた水を流し続ければいつか空になるように、術を使い続けていれば霊力も体力も完全になくなってしまう。

 魔法陣までの距離によっては、戦闘を続けるよりも隠形術で隠れ続けている方が、消耗は少ないかもしれない。

 だが、ここはまだ二階。

 目的の場所まではまだ距離があるため、どれだけの消耗することになるかわからない。


「結局、どちらがましか、ということになるんだろうが……」

「正直、ゴールが見えないのに使いたくないぞ」

「それはそうだな」

「結界の中で休みながら進むっていうのは?」

「いや、それも現実的ではないな。どこかで霊力の補給ができればいいんだが」


 さすがに、ゲームのように薬で霊力や魔力を補給するということはできない。

 水晶や翡翠のような、霊的な力をまといやすい希少石ならば話は別なのだろうが、あいにくと、護たちは現在、そういったものの持ち合わせていなかった。


「かといって、このまま遭遇しないように行動するのは無理があるな」

「たしかにそうだ。時間がかかりすぎる」

「でも、さっきの数から考えても、戦いながら進むなんて無理なことじゃないかな?」

「霊力的にも体力的にも、確かに難しいことだな」

「とはいえ、いつまでもここでじっとしているわけにもいかないしな」


 体力的にも精神的にも、人間は妖に劣っている。

 数も不利であるため、持久戦に持ち込まなければ太刀打ちできないのだが、その戦術を選択することはできない。

 どうしたものか、四人が考えていると。


「なぁなぁ、お前さんら。誰かを忘れちゃいませんかい?」

「正確には自分たちの勢力を自分たちで見誤っちゃいませんか?」

「うにゃん!」

「え?」


 突然、四人のいずれのものでもない声が聞こえてきた。

 振り返ると、こちらにジトっとした視線を向けながら座っている狐が五匹。

 ほかにも、美しいながらもぞっとする何かを感じさせる日本人形や、尾の先が二つに分かれた黒猫、修験者のような衣装をまとい、鴉の面をかぶっている人間がいる。

 言わずもがな、護たちに仕える使鬼たちだ。


「あ……」

「あ……じゃねぇよ! なんで俺らのことを忘れんだよ!!」

「にゃ~!! ぐるな~っ!!」

「いや、正直すまん」

「すまない。忘れていたというわけではないんだが」

「いや、俺たちを使うっていう選択肢が出てこない時点で忘れてるだろ!」

「断固として抗議させてもらうぞ!!」


 普段から自分たちに助力を頼んでくるため、今回も自分たちに助力を乞うだろうと準備していたというのに、自分たちの存在を忘れたかのような戦略を立てている始末。

 その姿に、自分たちが用無しであると言外に告げられたような気がして、腹が立って仕方がないらしい。

 むろん、主人である護たちは謝罪したのだが、やはり納得できない様子だ。

 とはいえ。


「見えたな、道筋」

「あぁ。少しばかり、こいつらの負担が大きいけど」

「だが、我々の負担を減らす方法もこれ以上有効な手段もない」


 何より、時間も残されていない。

 自分たちの目の前にいる使鬼たちに活躍してもらう。

 護たちはそれ以外に、ほかの戦略を練る時間はなかった。

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