第235話 決意を胸に

 満が残っている職員たちに声をかけ、救護を担当してくれることとなった班に要救助者を発見した場合は結界で一時的に保護することと、すぐに連絡することを伝えに向かった。

 当然、その際の連絡先を聞くことも忘れてはいない。

 手早くその作業を終えた満は、護たちと合流し、瘴気の中へと入っていった。

 突入した瞬間、妖や悪魔たちが津波のように襲ってくると予測し、身構えていたのだが。


「なんというか、拍子抜けな気がする」

「おそらく、最初に突入した班が交戦したんだろう」

「ひるんで手を出せなくなったってこと?」

「そんなところだろう。先行した班の中にはかなりのベテランもいたし」


 どうやら、図らずも先行した術者たちが血気盛んな妖や悪魔たちを退治したため、後続する術者たちの露払いをする形になったようだ。

 その光景を目の当たりにしていた妖たちが、術者たちの実力を理解し、下手に手を出すことを避けることにしたのだろう。


「だが、俺たちからすれば好都合だ」

「できる限り戦闘を避けつつ、魔法陣を破壊する。それが私たちの目的だからな」


 そもそも、護と翼が調査局から依頼されたことは、ジョンと協力し、海外から渡ってきた悪魔バフォメットの企みを、『明けの明星』の召喚を阻止することだ。

 魔法陣を破壊すれば、その企ても阻止できると予想しているが、そのためにどれだけの霊力と体力を消費することととなるかわからない以上、消耗を抑えることができるのなら、それに越したことはない。

 先行した術者たちが露払いをしてくれたことは、幸いと言えるが。


「先行した術者たちの安否が少し気になるな」


 周囲に血液の痕跡や肉片のようなものは見えないが、明らかに人間の力ではない何かによってできた傷や焦げ跡がいくつもある。

 このあたりで激しい戦闘があったことは確かだ。

 護と月美は、自分たちと縁のある術者たちの安否を気にかけていたが。


「先行した術者の中には、局長と土御門さん、芦屋さんもいた。ほかにも、名家の術者たちがそろっているんだ。そう簡単に退場することはないだろう」

「心配な気持ちはわかるが、それよりも私たちは私たちのやるべきことに注力しよう」


 規模こそ違うだろうが、特殊生物があふれる現場を何度も経験したことがある光と満は、調査局の術者の実力をよく知っているためか、滅多なことが起きると思っていないようだ。


「……そうだな」

「なら、早くこの異変を解決しないとね」

「そういうことだ。警戒しつつ、先に進もう」


 結局のところ、心配したところでどうしようもない。

 心配するだけ無駄であるのなら、今は自分たちができることに集中する。

 四人の意見が一致した瞬間であった。

 その後、護たちは避難しそびれた人々に応急処置と簡易的な結界での保護を施しながら、奥へと進んでいく。

 当然。


「ナウマクサンマンダ、バザラダン、カン!」

「まかれやまかれ、この矢にまかれ!」

万魔降伏ばんまごうぶく、急々如律令!」

「禁っ!」


 虎視眈々と一行の隙を狙い、襲撃を仕掛けてきた妖たちとの戦闘もあったが、一撃で力を見せつけることで妖たちを傷つけることなく、その場を切り抜け、目的地へまっすぐに向かった。

 やがて一行は、この騒動を巻き起こす引き金を引いた『幻想召喚物語』を開発した企業が入っているオフィスビルにたどり着く。

 ビルの上空には、空に浮かんでいる魔法陣が放つ光と、同じ色の光が輝いている。


「やっぱここが中心か」

「バフォメットが潜入していた場所がここだからな」

「中心点になるのは当然ってこと?」

「むしろ、ここ以外が中心点となる場所があるとしたら、破滅願望を持っている協力者がいるということになりかねん」


 破滅願望を持っている人間など、この世界にどれほどいるのか。

 特に現代は、バブル崩壊や米国の金融危機などの影響を受けて、多くの企業が労力と成果に見合った報酬を労働者に支払うことができない状態だ。

 それだけならまだしも、不当に解雇されたり、上司からの圧力や果ての見えない仕事量で精神的に病んでしまう労働者も出てきている。

 ふとした拍子に、世界の滅亡を願ってしまってもおかしくはない。


「今回、あいつがそこに目をつけなかったことが幸いだったな」

「目を付けたことはあったんだろうが、ほかの悪魔たちが失敗したために手だしすることをやめた、とも考えられるな」

「世界の滅亡なんて本気で考えてる奴なんて、そうそういないからな」

「ほう?君は人間は滅びても仕方がないと考えていると思ったが?」


 護の言葉に、満は驚いた表情を浮かべて問いかけた。

 確かに、護は自分を含めた人類は地球に不要な存在と考えており、滅んでも仕方がないと思っているが、それは神が人間を見限った結果であるべきだとも思っている。


「滅んでも仕方ないってのはその通り。だけど、人類が滅亡するのは神や地球に俺たちが見限られた時であるべきだ。今回みたいに、人間や妖が作為的に引き起こしていい事態じゃないと思ってるからな」


 滅亡への道を知らず知らずのうちにたどってしまい、無自覚に取り返しのつかないところまで来てしまうことはあるが、気づくことさえできれば、その先にある結果を回避するために努力する。

 それでも対処できないときは、そうなる宿命さだめだったと、諦めるのだろう。

 だが、そうなるよう、作為的に行動することは間違っている。

 そう判断できる程度には、護は人間に対して認識を改めているようだ。


「ならば、その過ちをただすため、向かうとしようか」

「あぁ」

「はいっ!」


 光の言葉に護と月美が返し、一同はオフィスビルの中へと入っていった。

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