第232話 差し迫った事態を前に、会議をする時間はない

 調査局に到着した護たちは、まっすぐに局長室へと向かう。

 道中、スーツ姿の職員たちが数名、慌ただしく廊下を駆け巡る光景を目にした。

 どうやら、護と翼が準備のために土御門神社へ戻っている間も、あまり状況は好転していなかったようだ。

 もっとも、好転するも何もない。


「まだ出動すらしていないから、当然か」

「時間との勝負なのに、大丈夫なのそれ?」

「まぁ、大丈夫だろう。それに、何も準備をしないで向かったほうがむしろ被害が大きい」


 護の問いかけに、翼は淡々と返す。

 前身である陰陽寮の時代ならば、妖が引き起こした事件や災害はあっただろうが、神秘が薄れた現代では、そのような事件や災害は報告されていない。

 そのため、今回の事件は調査局設立以来、初めての事件となる。


「確かに未曾有の事態であることに変わりはない。だが、事前調査を忘れるほど、調査局は混乱してはいないだろうさ」

「今はまだ情報を集める段階、ということでしょうか?」

「あぁ。おそらく、使鬼や式紙を使って周辺の状況を探っているのだろう」


 初めての事態であるとはいえ、情報収集を欠かすほど混乱はしていないようだ。

 不測の事態であるからこそ、何が起きているのか正確に把握する材料を集める。

 何事においても基本的なことだ。


「そろそろある程度の情報が集まっている頃合いだ。その方法を元に対策を練る会議が」

「もう間もなく始まる。来たんだったら急いでくれ」


 翼の言葉をつなぐように、背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 振り向くと、そこにはしかめっ面を浮かべている局長が立っていた。

 いつもならばからかい半分で言葉を交わす翼だが、その表情にその気力も失せたようだ。


「そうだな。すまない」

「やけに素直だな……まぁいい。ついてきてくれ」


 やけに素直に会議が行われる場所へ移動しようとする態度に、保通は不気味なものを感じた。

 だが、時間がないことは本当のことであるため、その不気味さを振り払い、三人を会議室へと案内する。

 保通に連れられること数分。

 護たちは会議室へと到着し、案内された席に座っていた。


「な、なんだかすごく緊張する」

「まぁ、いままでこういう場面に遭遇することがなかったからなぁ」


 会議室を支配している重苦しい緊張感に、月美も護もあてられてしまっていた。

 今まで、翼を経由してではあるが、調査局から依頼されて仕事をしてきたことは何度かある。

 だが、会議らしい会議に参加したことがない。

 おまけに、今回はこれまでに遭遇したことがないほどの大規模な事態に対応するための会議だ。

 緊張するなというのは無理な話である。


「さて、それではあまり時間もない。始めるとしよう」


 だが、二人が緊張している様子など無視するように会議は始まった。

 雑談や世間話の一つも何もなく、保通はさっそく、本題に入る。


「さて、まずはこれまでに集められた情報についてだが……」


 保通の話では、やはりというべきか、魔法陣の周辺には悪魔と思しき異形や、召喚術で使用された霊力や魔力に惹きつけられた特殊生物たちが集まっていたそうだ。

 それだけであれば何も問題はなかったのだが、悪いことに避難することができなかったらしい一般人の姿を確認した使鬼がいたらしい。

 異形はわからないが、特殊生物は基本的に人間の方から手を出さない限り、危害を加えてくることはない。

 だが、その希望的観測はジョンの言葉によって打ち消されることとなった。


「バフォメットの目的を考えれば、避難できなかった人々を生贄にすることは大いにありえます」


 日本に侵入し、今回の事態を引き起こした元凶である悪魔バフォメット。

 彼の目的は、『明けの明星』と呼ばれる堕天使、ルシファーを現世に顕現させることだ。

 人間の欲望を刺激する方法で、人知れず準備を行い、魔法陣の起動には成功したようだが、ルシファーを完全に顕現させるには至っていないらしい。

 時間をかければ、顕現は叶うだろうが日本の霊的守護の役目も担っている調査局が邪魔することを考慮すれば、バフォメットはより短い時間で顕現させたいと考えるはず。

 そうなれば、魔法陣の光で照らされているあたり一帯に残っている一般人を生贄として捧げ、その霊力と魂、肉体に至るまで利用することで、その目的を果たそうとするだろう。


「ジョン氏の言う通り、事態は一刻を争う。すまないが、班分けについて、質問も文句も受け付けないのでそのつもりでいてくれ」


 と、一言だけ添えて、班編成が記された資料を手渡される。

 保通が独断で職員と協力者たちの班編成を決定したことについて、普段なら文句の一つも出るだろう。

 だが、今の自分たちに時間的猶予がないことを理解したためか、部屋にいる誰一人として文句を言おうとする者はいなかった。


――えっと、俺と月美は……って、これ手書きか

――読めなくはないけど、手書きで作ったんだろうなぁ……字が雑だよ


 急いで作られたのだろう、読めなくはないが資料として作ったにしては雑に書かれた文字に、護と月美は手渡された資料にそんな感想を抱き、苦笑を浮かべる。

 だが、同行するメンバーの名前を見ると、その顔は真剣なものへと変わった。


――メンバーは俺と月美、それに

――光さんと満さん。見事に組んだことのある人たちで固めてきたわね


 そこに記されていた名前は、昨年、何度か一緒に仕事をした職員のものだった。

 編成されたメンバーの確認が終わると、保通の声が部屋に響く。


「細かな打ち合わせは、現場への移動、、班員同士で行ってほしい。会議らしい会議にはならなかったが、以上で解散。すぐに現場へ向かう」


 あまり時間がないということもそうだが、基本的に班ごとの行動になるためだろう。

 保通は細かな打ち合わせは割愛し、すぐに現場へ向かうよう、指示を出した。

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