第231話 借り物の扱いは慎重に?

 蔵を出た護と翼は、まっすぐに家に向かっていった。

 玄関前に到着すると、緋袴に着替えた月美が出迎えてくる。


「護、翼さん。準備できました」

「なら、すぐに調査局へ向かうぞ」


 準備が整っていることを月美の口から聞いた翼は、早速、調査局へ向かおうとしていた。

 護と月美はそれに従い、翼についていく。

 ふと、何かを思い出したように護は布に包まれた板のようなものを手渡してきた。


「え?これって」

「蔵から拝借した。父さんから許可ももらってるし、むしろ今回は使った方がいい」


 受け取るべきか否か、少しためらった月美だったが、護からそう説得される。

 蔵の中に保管されているものは、普段なら使用されることがない。

 だが、今回はその封を当主自ら解いていたと言っているのだ。

 それがどういうことなのか、月美はすぐに理解できた。


「それだけ、厳しい状況になってるの?」

「あぁ。『明けの明星』もそうだけど、召喚に使われた霊力や魔法陣から漏れ出ている魔力を求めて、周囲から妖たちを含めたよくないものが集まっているらしい」


 護のその言葉に、あまり楽観的になることができない現状にあることを悟る。

 となれば、土御門家の蔵に保管されていた呪具であるからと受け取ることを遠慮してしまっては、自分の身を守るどころか、一緒に行動する護やほかの術者たちの負担になってしまう。

 一緒に戦う選択をした以上、足手まといになることだけは避けたい。


「わかった。そういうことなら、ちょっと借りるね」


 月美はそう言いながら、包みごとその呪具を受け取った。

 その瞬間。


 ――あれ?この感触……


 腕に伝わってくる重さと指に伝わってくる冷たさと硬さに、月美は覚えがあるらしく、首をかしげた。

 ここ最近は触れることがなかったが、土御門家に身を寄せる以前、風森の家業の手伝いをする中で、何度となく、この感触を味わったことがある。

 それが何であったか記憶を探り、その答えを見つけた。


「護、もしかしてこれって」

「ん?あぁ、蔵の中にあった鏡だよ。月美と相性がいい呪具って考えたら、やっぱり鏡しか浮かばなかった」


 月美の問いかけにそう返しながら、護は苦笑を浮かべた。

 神道における儀式には、神に捧げる神饌の他に、『御幣』と呼ばれる、二本の紙垂を竹や木で作られた串に挟んだものや、榊などの常緑樹の枝が使用されることが多い。

 その他にも、梓弓や神楽鈴なども使用されるのだが、その中に鏡も含まれている。

 古来、姿を映し、光を反射する鏡には呪力が込められていると考えられており、神への捧げものとしても重宝されたという。

 蔵の中には、神事に使う呪具も保管されているということだから、鏡があることは何ら不思議ではない。

 不思議はないのだが。


「受け取っておいてこんなことを言うのはあれだけど、本当に使って大丈夫?」

「父さんが許可してるからな」

「でも、国宝級のものだってあるんじゃ……?」


 護が手にした霊剣は、試作品であるとはいえ、本来ならば大内裏に収められるはずのものであり、国宝級の扱いを受けていてもおかしくはないものだ。

 そのほかにも、現代では失われた技術や手法で製造されたものや、護の曽祖父の代にはすでに存在していたものがあってもおかしくはない。

 そんなものを手にして、もし壊れでもしたら、と月美は心配しているようだ。


「道具は使ってなんぼだし、大丈夫じゃないか?」

「で、でもさすがに……」

「そんなこと言ったら、そもそも蔵に収められているものはほとんど晴明様存命時に内裏に収められているはずのものもあったはずだ。けど、今はうちの蔵の中に眠っている」

「う、うん……」

「うちの蔵にあるものを、現当主の父さんが持ち出して使用することを許可してんだから、別に気にしなくてもいいんじゃないか?」


 乱暴と言えば乱暴な理論ではあるが、確かにその通りだ。

 納得しきれない部分がないわけではないが、月美はひとまずその言い分を理解し、渡された鏡を両腕で抱えた。


 ――で、できるだけ無傷で返せるように努力しよう……というか、傷つけたり壊れたりしたら、わたしがショックで気絶しちゃいそう……


 手渡された鏡がどれだけの価値を持っているのかはわからないが、かなりの年代物がそろっている蔵の中から出てきたものであるため、それなりの値打ちがある可能性は否定できない。

 もしそんなものを傷つけたり、最悪の場合、壊してしまったりしたら。

 それを考えると、月美は別の意味で緊張してしまった。

 その様子を見ていた護だったが。


 ――なんとなくで選んじまったけど、あの鏡、割と最近見た気がするんだよなぁ……


 と、渡した鏡に関することで首をかしげていた。

 少しの間、記憶を掘り返していると、鏡をどこで見かけたか、その場所を思い出し、思わず手を叩いて小声で呟く。


「あぁ、そうか。年明けの祈祷だ」


 護が最近になって渡した鏡を見た場所。

 それはほかならぬ土御門神社であるのだが、その場所は蔵ではなく、本殿の中。

 そして、それを見かけた時、護は翼が祭神に新年最初の祈祷を捧げていた。

 早い話が、月美に渡した鏡はごくごく最近、蔵から取り出して、新年最初の儀式に使用したものであり、特に曰くがあるわけでも、護が手にしている霊剣よりも価値が高いわけでもない。

 歴史的価値や資料としての価値はともかく、蔵に収められている他の道具と比べたら、別に損傷してもなんら問題のないものであるわけだ。

 だが、月美は審美眼を持ち合わせているわけでもなければ、鏡などの品に造詣が深いわけでもない。

 歴史あるものと一緒に収められていたため、同じく価値のあるものであるという誤解が月美の中で生じていることに気づきはしたが。


 ――まぁ、今は明かさなくてもいいか


 途中で落として割られても困るため、せめて調査局に到着し、作戦行動に移るまでは黙っていることにした。

 なお、種明かしをしたらしたで、ほんの少しの間、月美がへそを曲げることになってしまうのだが、それは別の話。

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