第223話 明星の正体
電話を切った護は、先ほどのジョンとの電話で出てきた名前について考えていた。
――『明けの明星』、だったか。確かジョンさんはミカエルと戦ったとも言っていたな……
ミカエルという存在が天使であることは、西洋の伝説や伝承に疎い護も知っていた。
それだけ有名な存在なのだから、そのあたりからあたりをつけて調べれば、『明けの明星』と呼ばれる存在についてもすぐに知ることができる。
――とにもかくにも、まずは調べないことには始まらないな
改めてそう思い、護はその場を後にして、月美たちのいる場所へと向かっていった。
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一方、通話を切られた光は。
「ジョンさん。いくつか、先ほどの話について聞いても?」
「構いませんよ。どのようなことでしょう?」
隣にいたジョンに、先ほどの話に出てきたことについて、質問をしていた。
その内容は。
「『明けの明星』というのは、いったいどんな存在なのですか?」
今まさに、護が調べようとしていたものとまったく同じものだった。
しつこいようだが、護にしても光にしても、術者としての知識はそれなりに身に着けている。
だが、その知識は東洋の妖、特に日本で猛威を振るったことのある存在が主であり、西洋の妖については、ある程度の知名度がある存在を除き、名前とその姿かたち以外、知らないことが多い。
『明けの明星』という存在についてもそうだ。
護との会話でも出てきていた『ミカエル』という存在が天使であることはわかるのだが、その天使と戦った『明けの明星』がどのような存在なのかまでは知らない。
「かの存在についてはご存じありませんか?」
「西洋の妖や伝承については、ある程度、知名度が高いものは知っているのですが」
自身の浅学に苦笑を浮かべながら、光はジョンに返す。
自分の無知を素直に認めていることを好意的にとらえたらしく。
「いえいえ。世界の東と西では様々なものが大きく変わります。知らないことがあることは決して恥ずかしいものではありません」
微笑みながらそう返し、ジョンは『明けの明星』について話を始めた。
「まず、あくまでも聖書に基づいた話をさせていただくことをご了承ください」
「えぇ、構いません」
ジョンの言葉に光がうなずいて返すと、ジョンは話を始めた。
「キリスト教において、この世界は『父なる神』に創造されたとされています」
「たしか『エホバ』でしたか?」
「えぇ。『ヤーウェ』『ヤハウェ』とも言われていますが、正確なところは我々もわかりません」
日本は神に名をつけることでその存在を信仰の対象として認識するのだが、キリスト教は神の名を呼ぶこと自体が禁忌に触れると考えている部分があり、明確な名を記していない。
そのため、エホバやヤハウェ、ヤコブなど様々な呼び名が存在している。
「そして、神は世界のみならず、自身の意思を代弁する存在もお創りになりました。それが『天使』と呼ばれる存在です」
ジョンはそこまで説明すると、ここまでのことで質問がないか光に問いかける。
光はひとまず話について来れているようで、大丈夫であることを伝えると、話を続けた。
「天使にはそれぞれが得意とするものや象徴が与えられ、それに応じた役目を背負うことになりました」
また、天使には階級が存在するとされており、その最上位に『大天使』と呼ばれる階級がある。
先ほどの会話の中に出てきた『ミカエル』は、その大天使に属する天使だ。
「様々な違いはありますが、基本的にこちらの国で祀られている神々の使い、神使と呼ばれるものと変わらず、神に忠実な上位存在とされます」
そこまで説明された光は、ふと一つの疑問を覚える。
「神に忠実、と言いますがならば『堕天使』というのは……」
「堕天使とは文字通り、堕落し、悪魔となった天使です」
天使にとっての堕落とは、キリスト教における七つの大罪、『傲慢』『怠惰』『強欲』『色欲』『暴食』『嫉妬』の欲望に支配されることを指すという。
キリスト教をはじめとする宗教は、禁欲を美徳とする節があり、これら七つの欲望は、人間を堕落させるとして、キリスト教では最も忌むべきものとされている。
神の使いたる天使が、何らかの理由でそれらの欲望におぼれ、堕落した存在。
それが堕天使なのだという。
「その中でも、特に力が強く、神と悪魔の戦いにおいて旗頭を務めた堕天使がいるのです」
「もしや、その堕天使というのが」
「えぇ。『明けの明星』と呼ばれ、神に次ぐ力を持つと言われた大天使、ルシファーです」
ジョンが重々しく、その名を口にする。
ミカエルの双子の兄弟とされ、神に次ぐと言われる力を有した最強の天使。
だが、自らの意思で神に背き、謀反を起こしたとされ、地獄で最も深く極寒の地とされる場所、コキュートスに落とされたというもの。
それが、堕天使ルシファーだ。
「真偽のほどは定かではありませんが、私が追いかけているバフォメットはかの存在に仕える悪魔とされています。もし、彼らが神との戦に備えているのだとすれば」
「かつて旗頭を務めた『明けの明星』を復活させようと目論んでいると考えるべき、ということでしょうか?」
光の言葉に、ジョンは沈黙で返す。
その沈黙が肯定であることを、光は察した。
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