第222話 追いかける存在の名は

 翌日の放課後。

 学校から出た護は清の誘いと追跡を振り切り、人気のない場所に来た。


――さてと、早いとこ連絡しないとな


 護は携帯を取り出し、光の連絡先を呼び出す。

 昨晩、月美と話していた通り、ジョンに連絡を取り、追いかけている悪魔の存在について問い合わせるという用事を片付けるためだ。

 電話をかけてから数秒。


『もしもし』

「どうも、賀茂さん」

『土御門か。君からかけてくるとは珍しいな』

「あぁ、ちょっと聞きたいことがあってね。悪魔祓いのジョンさんはいるか?」

『何を聞きたいんだ?それによっては……』


 その問いかけに、光は何かを疑っているのか、少しばかり威圧的な声色で護に問い返してくる。

 だが、護は臆する様子をまったく見せず。


「少し、確認したいことがあってな」

『確認したいこと?』

「彼が探しているものについて」


 探しているもの、という言葉に光は何かに気づいたらしく。


「少し、待っていてくれ」


 そう答えた瞬間、電話を保留モードにしたのだろう。

 電子音のクラシック音楽が受話器から響いてきた。

 しばらくの間、その音を聞いていると、唐突に音楽が止まる。


『もしもし?お電話代わりました』

「昨晩はどうも。調査局の協力要請を受けた土御門のものです」

『あぁ、昨晩はどうも。それで、私に御用があるようですが?』

「えぇ。あなたが探しているものについて、少し伺いたいことがありまして」


 護ははっきりとジョンに自分の目的を伝えた。

 そのことが意外だったのか、ジョンは少し答えに窮しているようだ。


「別にあなたの仕事を横取りしようとかそういうことではないですよ」

『ほう?』

「ご存知の通り、東と西とでは様々なものが異なります。こちらで通用する常識があなた方の故郷では通じないことなんて、よくあることです」


 どこで誰が、というよりもどんな妖が聞いているかわからないと考えているためか、護は会話の所々を誤魔化して話している。

 だが、ジョンはその意図を理解しているのか、護が言わんとしている言葉に的確に答えていく。


『なるほど。講じることのできる対策は講じておきたい、ということですか』

「えぇ。できれば、教えていただきたいのですが」


 護の言葉に、ジョンは少しばかり考え込む。

 普通ならば、おいそれと他者に情報を渡すようなことはしない。

 それは術者ではない人間の間でも同じことだ。

 だが、ジョンは現在、協力をお願いしている立場にある。

 そのことを考えても、自分が情報を出さなかったために再び取り逃したなどという事態は引き起こしたくはない。


『いいでしょう。こちらから協力をお願いしている以上、提供できる情報は提供いたします』

「ありがとうございます」


 ジョンは護の頼みを聞き入れ、自分の知りうる情報を伝えることにした。

 むろん、近くにいる光にもその情報を伝えるため、そして時間もあまりないと考えていたため、その場で話を始める。


『まず、私の追いかけている悪魔は『バフォメット』と呼ばれるものです』

『黒山羊の頭と角を持つ悪魔、でしたか?』

『えぇ。フィリップ四世がテンプル騎士団の偶像崇拝を糾弾した際に発見したと言われています』


 悪魔と一口に言っても、様々な存在がいる。

 有名どころで言えば、人間の持つ大罪につながる七つの大罪を象徴する悪魔たち。そして、かつては天界に席を置いていたが、神とたもとを分かち、地へ落ちたとされる堕天使だろう。

 だが、彼らの下にはさらに多くの悪魔たちが存在している。

 バフォメットもそのうちの一体であり、魔女崇拝の象徴ともされ、キリスト教からの迫害もあり『悪魔の象徴』として根付いた存在だ。


「ですがなぜ?」

『さて、理由までは。ですが、彼は『明けの明星』の直接のしもべとも言われています。父なる神との戦に決着をつけるため、かの存在を現世に呼び出そうと考えていても不思議はない』

『あ、明けの明星?』


 電話口で光がわけがわからないと言いたそうな声色になっている様子が、護には手に取るようにわかった。

 かく言う護も、ジョンが何を言っている存在がどんなものなのか、まったくわからない。

 東洋の伝説や伝承の類ならば、ある程度の予測を付けることはできる。

 それに対して、西洋の伝説や伝承は、有名どころの表面的な部分しか知らないため、二つ名や別名を言われてもその存在の正体は知らない。

 知らないのだが、最終目的を推測することはできる。


「明けの明星を意味する存在の復活。それが最終目的と?」

『えぇ。おそらく、聖書に記されたミカエルとの戦いと同等、あるいはそれ以上に激しい戦いとなるでしょう』

『どれほどの規模か、いまいち想像できないが……現世への影響も計り知れない、ということですか?』


 ジョンは重々しい口調で光の言葉に答えた。

 神との戦いという、突拍子もない話が飛び出してきたが、仮にそんなものが実際に起きた場合、どうなってしまうのかは不明だ。

 だが、その戦争が勃発した場合、現世に計り知れない影響があることは想像に難くない。


『えぇ。ですので、我々は一刻も早く、彼を止めなければならないのです』

「なるほど」

『ならば、一刻も早く取り押さえなければいけませんね』


 ジョンの言葉に、光は意気込んでいるが。


――それはそっちの仕事なんだから、意気込むのは当たり前だろうに……


 自分たちが協力できる仕事は、あくまでも突入時に証拠となる呪物の押収や戦闘だ。

 調査や公的機関と連携しての突入は含まれていない。

 そのため、護は光と違い、意気込んでいる様子はなく、むしろ光が今になって意気込んでいる様子に呆れているようだ。

 だが、それを口に出すことはなく、護はジョンにお礼を言って電話を切るのだった。

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