第200話 わずかと言えど影響はあるらしく……
周囲に感じる瘴気は気にかかりながらも、護は直衣に着替え、初めての歳旦祭に参加。
無事に歳旦祭を終えると、すでに空は初日の出の光で白み始めていた。
その時間帯から、参拝客の数は目に見えて増えだし、社殿でお守りや破魔矢を販売や、おみくじの対応をしている巫女たちはてんてこ舞いになっていた。
その巫女たちの中には、月美の姿もある。
月華学園に通うほとんどの男子生徒を魅了するほどの美貌を持つと噂される彼女だけでなく、ほかの巫女たちもそれなりに整った顔立ちをしているためか、社殿から少し離れた場所では。
「なぁ、お前は誰が好み?」
「俺、真ん中の娘」
「俺はおみくじのとこにいた子だなぁ……いかにも『巫女』って感じがして、なんというか、そそる」
「おいおい、巫女さんにその感情はダメだろ」
と、社殿で対応してくれた巫女のうち、誰が自分の好みだったか、などという不埒な感想を言い合う男性参拝客たちがいた。
彼らの名誉のために弁明するが、決して、彼らは巫女たちにやましい感情を抱いているわけではない。
そもそも、年に一度、初詣の時期にしか来ないし、彼女たちがアルバイトであるため、これが一期一会の出会いであることも重々承知している。
それを承知しているため、別に、彼女たちと深い関係になりたいという願望はない。
ただ単に、自分の好みにあった異性についての感想を口にしたり、親しい間柄の人と共有したいと思っているからこその言い合いなのだ。
「あ、でも一番奥にいた巫女さんはダメだな」
「え?なんでよ?確かにほかの娘たちと比べたら背も低いし、若いってより『幼い』って感じはしたけど、せいぜい高校生だろ?」
「そういうんじゃなくてさ。なんというか、もう決まった相手がいるから話しかけるな、って感じで男を寄せ付けない雰囲気がさ」
男のその言葉に、同席していた友人たちは。
「あぁ……」
「たしかに……」
と同意していた。
その巫女とは、言わずもがな月美のことだ。
初めての手伝いであるということもあり、緊張しているというわけではない。
自分には護がいる上に、護以外の男と深い関係になるつもりが全くないため、こういった、どうしても異性にも対応しなければならない場合や護、あるいは明美や佳代がいない場合に備えて、こうして軽くではあるが男除けのまじないを常にかけている。
そのまじないのおかげで、この男たちは月美に対し近寄りがたい雰囲気を感じ取っているようだ。
「けど美人ってのに変わりはないな」
「それな」
「まぁ、ダメなんだろうけど」
「何度も言うなよ。それよか、早く帰ろうぜ?」
三人連れの一人がそう提案すると、ほかの二人はそれに同意し、神社の鳥居を抜けていった。
その瞬間。
「なんか、寒くねぇか?」
帰ることを提案してきた男がそう問いかけた。
だが、友人二人は。
「そうか?」
「そんな感じはしないけどなぁ?」
と返していた。
気温の感じ方というのは個人差がある。
気になるほど寒い、寒いことは寒いが口に出すほどでもないというもの、あまり寒いと感じない、と意見が分かれても仕方のないことだ。
だが、この男が感じ取った寒気は少し異常だった。
「いや、なんつうかこう、体の芯から冷えるというかさぁ……」
それは、体調が芳しくないときに出てくる症状でもあった。
だが、自分の体調が悪いというわけではないことを、男は一番理解している。
それもそのはず。
この男が感じた寒気は、周囲に蔓延している瘴気が、男の生命力を蝕むことで生じたものだ。
神社の境内にいた間は神域を守護するための結界と歳旦祭が執り行われていたことで、多少、瘴気が抑えられていたのだが、より瘴気が濃い結界の外へ出てしまった。
その変化に体が反応しているのだ。
だが。
「は?お前、大丈夫かよ?」
「風邪でも引いたか?それともインフルか?」
「やめてくれよ?移すのだけは」
術者や特殊な訓練を積んだわけでもなければ、霊力を保持しているわけでもない一般人は、ただの体調不良としかとらえていなかった。
医者にかかったわけでもないし、医学的な知識があるわけでもない。
正確なことはわからないが、今まで生きてきた中で、男が話しているような寒気を覚える場面は、総じて、インフルエンザや質の悪い風邪を引いてしまった時だ。
今回もタイミング悪く、それらを引き当ててしまっただけにすぎない。
そのように、軽く考えてしまっていた。
「いや、そんなじゃねぇはずだけど……」
外気による冷えであれば、まず感じることのない感覚に首をかしげる男たちだったが、気のせい、ということにして、さっさと帰宅することにした。
なお、この数日後。
寒気を覚えたこの男は、本当にインフルエンザに感染してしまったらしく、しばらくの間、自宅での療養を余儀なくされたのだとか。
もっとも、処置が早かったことと男の年齢がまだ若かったということに加えて、昨今の医療技術の目まぐるしい発達のため、大事に至ることこそなかったが、それはあくまで、この男の運がよかった、というだけ。
ほかの地域では、似たような寒気を覚え、やがて病に伏し、三途の川を渡ってしまう人間も存在していたのだが、その数は例年とほぼ変わりがなかったため、あまり大きく取りざたされることはなく、まるで何事もなかったかのように、三が日は終わりを迎えることとなった。
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