第198話 年明け間もないころ、違和感に気づく

 夕食として年越しそばを食べ終えた護は、残り数時間にせまっていた年越しに向け、最後の追い込みを始めていた。

 境内はすでに、気の早い参拝客たちで徐々に混み合い始めており、年明けまでもう間もなくという気配がひしひしと伝わってきていた。

 そんな状態の中、護たちは一足先にお守りや破魔矢を購入する参拝客の対応や、甘酒のふるまい、祭神へ新年のあいさつと旧年の感謝、そして今年一年の加護を祈願する儀式などを行っている。

 だが、今年は二つの意味で違和感を覚えていた。


「……なぁんか、今年はいつもと違う気がするんだけどなぁ……」

「え?……あぁ、それはたぶん、今年は例年よりも人が多いから、じゃないですか?」

「そういや、今年は例年より参拝客が多い気が……なんででしょう?」


 護のつぶやきに、同席していた翼の弟子二人がそんな反応を返した。

 土御門神社は術者を除くと、地元住民にこそ有名だが、それ以外にはあまり知られていない。

 そのため、新年に参拝客で賑わいだすのは、早くとも元日の明け方ごろというのが通例だ。

 だが、今年に限って、見覚えのない顔がちらほらと見え隠れしている。


「地元以外からも来てるんでしょうか?」

「かもしれないな。まぁ、それはそれでいいことなのかもしれないがな」

「祭神である晴明様や葛の葉様のことが広まれば、お二人への信仰につながるから。ですね?」

「そういうことだ。さすが、師匠のご子息」


 弟子二人の、自分をからかうように笑みを浮かべるその姿に、護は苦笑を浮かべた。

 信仰という行為は、人間にとっては祈りを捧げるだけの気休めに過ぎないものだが、祈られる側である神にとっては、自身の存在を人間という生物の中に落とし込み、確かな権能を獲得し、この世に存在し続けるための楔として必要なものだ。

 現に、『八百万やおよろず』と称されるほどの神がこの国に存在するが、その中で名を知られている神はごく一握り。

 名もなき神々は、ただ漠然と『神』として存在するだけで、確かな権能は存在せず、せいぜいが『奇跡』と呼ばれるほどの偶然を引き起こす程度の力しか持つことができない。

 本来の力を発揮できなくなってしまう、という側面において、神々にとって信仰とは重要な要素となる。


――まぁ、晴明様も葛の葉様も、最近は伝承に注目が集まったおかげで、知名度はかなり高くなったんだけど


 もっとも、知名度という意味においては、晴明も葛の葉も心配はいらない。

 一時期、没後千年を迎えたことで、晴明や陰陽師という存在に注目が集まり、ひそかなブームとなったことがあった。

 そのブームを皮切りに、主に晴明にスポットを当てた時代小説やファンタジー小説が執筆されるようになった。

 さらには晴明の母ということで葛の葉の名が登場する作品も存在し、晴明と葛の葉の名は一時期よりも多くの人間に広がっている。

 信仰を集める、ということについて、護は。いや、おそらく翼もあまり心配はしていない。


――むしろ、心配しないといけないことは別にある。それに、俺が感じた違和感はそこじゃない。もっと別の何かだ


 そう、護が感じ取っていたものは、それとはまた別の何かだった。

 具体的に何がどうというわけではない。ただ漠然と、『何かが起ころうとしている』という予感めいたものが頭をよぎっているのだ。

 言ってしまえば、根拠のない直感だ。

 だが、両親と月美、それに翼の弟子の中でもそれなりの実力がある術者たちも、口にこそ出さないが、護と同じ感覚を覚えているようだ。


――なんなんだ?この肌にまとわりつくような感覚は……


 神社とは、本来は神の住まう聖域。

 通常ならば生命力と清浄な気にあふれているはずの場所だ。

 だというのに、護が感じ取っているこの感覚はまるで霊園や病院のような場所がまとう空気と同じものだった。

 神道において、ケガや死というものは、気、すなわち生命力の枯渇と考えられている。

 そして。


――気の枯れは穢れに通じる。そして、穢れは瘴気の呼び水になる、か。厄介なことにならないといいけど


 気の枯れは、『気枯けがれ』。そして穢れでもある。

 そして、穢れは物の怪などの闇の存在が好む瘴気を呼び込む呼び水ともなりえる。

 仮に、今現在、護が感じ取っているこの気配が瘴気を呼び込む穢れだった場合。今後、どのような規模の物の怪たちの大群が現れるか。あるいは、黄泉の世界の存在が引き寄せられるか。

 いずれにしても、かすかにとはいえ、神域の中であっても感じ取ることができるほどの瘴気だ。

 昨年に遭遇した出雲での事件と同等、あるいはそれ以上に厄介な事件を呼び寄せる可能性が高い。


――どうやら、年明け早々、騒がしくなりそうだな

 

 いまだに夜の帳に包まれている空を見上げ、護は心中でそうつぶやいた。

 いつもならば、今年こそ平穏であってほしいと願うところなのだが、それは願ったところで無駄であると直感が告げている。

 できることなら、この直感が杞憂であってほしいと願いながら、夜が明けるまでの時間をせわしなく動く護であった。

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