第190話 年の瀬が近くなると忙しくなる

 護と月美がそれぞれの自室に戻り、期末試験の準備を始めた頃。

 調査局の本部は職員たちが慌ただしく動き回っていた。

 その中には光と満の姿もあり、その表情は非常に険しいものだった。


「まったく、いつも思うがこの時期は本当に忙しいな!」

「まったくだ……いくら師も走るとはいえ、毎年毎年、気が滅入る」

「おかげで、友達と遊びにも行けない」


 年末が近づいているこの時期というのは、年末決算やら年内に片付けなければならない仕事などで、どこもかしこも慌ただしくなるもの。

 それは調査局も同じことだし、個人も個人で忙しい。

 仕事を除けば、個人同士の付き合いで会食をしたり、毎年のルーティーンでおこなっていることがあるなど、それぞれの予定がある。

 光の言葉も、おそらくその類なのだろうが。


「君に一緒に食事をする間柄の友人がいたことにびっくりしているぞ、私は」

「なっ!し、失礼な!!私にだって、一緒に食事をする友人くらいいる!」

「まさか、土御門護か、風森月美のどちらかではないだろうな?」

「うぐっ……」


 満の問いかけに、光は言葉を詰まらせてしまった。

 その反応に、満は呆れたとばかりにため息をつく。

 中学を卒業してから、光は調査局に就職。そのまま術者として、実戦経験を積みながら技を磨いてきた。

 それこそ、同年代の職員や中学校時代の友人と交流する時間を削って、研鑽に励んできたほどだ。

 そのため、光には同年代の友人がいない。

 おそらく同年代で一番付き合いが長い人間は、護と月美の二人くらいだろう。

 もっとも、月美はともかく、護は友好的といえるかどうかは怪しいところだが。


「一緒に仕事をしたことが多いからと言って、それを友人関係と呼ぶのはどうかと思うぞ?」

「い、いいじゃないか別に!」

「君が一方的に友人だと思っているだけで、あちらもそう思っているとは限らないぞ?」


 満の言葉に、光は再び言葉を詰まらせた。

 だが、今度はそれに加えて肩を落とし、黒い靄が出ているような雰囲気もセットになっている。

 どうやら、ノックアウトされたようだ。

 さすがにかわいそうに思えてきた満は、今日で何度目になるのかわからないため息をつきながら。


「まぁ、時間ができれば、私が代わりに付き合うよ」


 と、時間ができたら食事に付き合うことを口にした。

 その言葉に、光は涙目のまま、満の方へ顔を向けた。


「……本当か?本当の本当か?」

「時間ができれば、な?そこは忘れないでくれよ?」

「わかった!ありがとう!!」


 光は先ほどの暗い雰囲気から一転、年相応の無邪気な笑みを浮かべて満にお礼を言った。

 そのまま、仕事に対するやる気が盛り上がってきたのか。


「そうと決まれば、さっさと仕事を片付けて有休を勝ち取る!!」


 と堂々と叫んで次の仕事へとむかっていった。

 その背中を見送りながら、満は不安そうな表情を浮かべ。


「本当にわかっているのか?」


 と、誰となしに問いかけていた。

 いくら光が有休を勝ち取ることができたからといって、満も同じ日に有休をもらえるとは限らない。

 おまけに、当日になって呼び出しを受ける可能性もあるのだ。

 むろん、非番を理由にその呼び出しを突っぱねることもできる。

 だが、現代を生きる術者たちを騒がせている怨霊の蘆屋道満を不本意ながら、本当に不本意ながら先祖に持つ満の評価は、調査局内でも微妙なものだ。


 現在でこそ、満の評価は高いものではあるが、その評価は道満が怨霊となって出現して以降、芦屋家の名誉を守るため、ずっと以前から調査局に勤務している満の血縁者たちの、何より満本人の努力と調査局への貢献があってこそのもの。

 一度でもその期待と評価が覆るようなことがあれば、これまでの縁者たちの努力が泡となってしまう。

 急な呼び出しを突っぱねるなど、できようはずがない。


――だからといってもなぁ……


 まるで幼い子どものようにキラキラとしたまなざしを向けてくる光の姿を思い出す。

 仕事の関係で一緒に組んで行動することが何度かあったが、その時に見る彼女の姿は、いかにも『できる女』というものだった。

 常に凛としているその姿は、北欧神話の戦乙女ヴァルキリーのようだ、と部下の男性数名が言っていたことを思い出す。


 そんな彼女が、まさに女子高生のような態度を見せたのだ。

 戦乙女と言われる姿は、普段から気を張っているからこそ出てくるもので、先ほど見せた、楽しいことが大好きな女子高生のような姿が、本来の光なのだろう。

 逆を言えば、ついうっかり素を出てしまうほど、クリスマスに誰かとの外出を楽しみにしているということでもあるのだろう。


「はぁ……しかたがない。呼び出されても大丈夫なように、しっかり片付けるか」


 満は光よりもやや年上だが、女子高生としての気持ちがわからないわけではない。

 かといって、日本の霊的守護を担う組織の一員であることを自覚しているため、放り出すわけにはいかない。

 仕事をしっかりとこなすことも大切だが、あそこまでキラキラした目を向けられては、期待を裏切るわけにはいかない。

 満はため息をついて、自分がやるべきことに集中しようと、意識を切り替えることにした。

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