第164話 文化祭初日~初日終了、そして任務も終了~

 クレープ屋を催している教室でクレープを購入した護と月美だったが、あまりゆっくりしている時間もないため、素早く腹に収め、教室に戻っていった。

 教室に戻るや否や、二人は制服からそれぞれの仕事服に着替え、次に休憩に入るクラスメイトと交代し、再び業務についた。

 そんなことを繰り返しながら、時間は午後の四時となり。


 『午後四時になりました。本日の文化祭は終了といたします。全校生徒の皆さんは、教室に戻ってください。繰り返し連絡します……』


 校内放送で初日の終了が告げられた。

 その放送を合図に、生徒たちは教室に戻っていった。

 このあと、簡単なホームルームを受けて、ある程度、明日の準備を整えてから各自帰宅、という流れになるだろう。

 それと同時に、午後二時を過ぎた頃から少しずつ減ってきていたものの、まだ残っていた来校者たちも一斉に校門の外へと向かっていった。

 その群衆の中に、光と彼女の部下二人の姿もあった。

 どうやら、人形は無事に回収できたようだ。

 だがその顔は、どこか疲れているように見える。


 「……とりあえず、確保はできたな……」

 「えぇ……しかし、疲れました……」

 「事情を説明して、譲ってもらったいいものの……子どもの方が納得してくれなかったからなぁ……」


 護と予期せぬ合流を果たしたのち、調査局が回収することになっていた呪物を購入してしまった子供を発見し、どうにか交渉することができた。

 そこまではよかったのだが、一目ぼれして買ってもらった人形をどこの誰とも知れない大人に突然、譲ってくれ、などと言われて簡単に、はいそうですか、と渡してもらえるわけがない。


 当然、保護者である両親も説明を求めてくる。

 まさか見鬼の力を持っていない一般人に呪物の存在を話すわけにはいかないし、話したところで信じてもらえるとは思えない。

 仕方なく、事前に話し合っていた設定で話を進め、どうにか納得してもらい、回収することができたのだ。

 慣れない交渉と、納得できずに駄々をこねる子供を相手にしたせいで、精神的に疲弊してしまったようだ。

 だが、疲弊した理由はそれだけではない。まだいくつかの理由があった。


 「にしても、さすがにあの設定はどうなんですかね?」

 「……妥当だと思うが?」

 「いやいや、博物館で管理されていた人形が売りに出されていた。調べた結果、この地域の学園祭で行われるバザーで売られることがわかった」

 「……無理矢理過ぎません?今さらですが」


 いくら事前に打ち合わせた台本とはいえ、いくらなんでも少しばかり設定に無理があるように感じた部下の一人が、光に問いかけた。

 確かに今さらではあるが、少しばかり無理のある設定だ。


 「言うな……私だって無理矢理過ぎると思っているんだから……ほんと、今頃の小説でもこんな無理矢理な設定はないと思うが……」

 「光さんもですか……」

 「というか、そう思ったんだったら止めてくださいよ……」


 どうやら、この設定は、光たちの上司が考えたもののようだ。

 当たり前だが、無理矢理な感じが否めず、この設定を聞いた部下たちから抗議の声が出たが、押し通されてしまったようだ。

 決まってしまったものは仕方がないため、その無理のある台本でどうにか押し通せるよう、光は設定に説得力を持たせるためにあれやこれやと脳みそを回転させ続けていたのだ。


 「だが、それももう終わりだ。あとはこいつを本部で封印すれば任務完了だ」

 「えぇ……やっと解放されます……」


 光の言葉に、部下の一人が疲れたような表情でため息をついていた。

 彼の言う通り、実際、光たちはここ数日の間、ずっと母校でもないまるっきり知らない学校の文化祭に顔を出し、バザーを覗いては帰っていくという行動を続けていた。


 隠形術をかけていたため、見つかることはないのだが、それでも気まずさのようなものはある。

 おまけに隠形術を保ちながら目的のものを探すということは、かなりの集中力と精神力を要求するものだ。

 当然、精神的な疲れも半端なものではない。

 台本に説得力を持たせるためにあれこれと思案を巡らせていた光は当然のことだが、部下二人も当然、かなりの疲労が蓄積されていた。


 「……終わったら、一杯やるか。奢るぞ」

 「……ははは、賀茂さんの奢りですか。ありがたい」


 部下をねぎらう、という意味なのだろう、光がこの事件が終わったあとのことを話すと、部下の一人が笑みを浮かべながら返した。

 なお、光は先日、成人を迎え、大手を振って酒とたばこを楽しむことができるようになっていた。

 その嬉しさがあるのだろうか、自分たちを誘って、酒を楽しみたいと思っているようだ。

 もっとも、年下、しかも女性に奢られるということに、男性である部下の一人はやはり少しばかり思うところがあるようで。


 「上司に奢ってもらえるのはうれしいですが、女性に奢られるというのはなんというか……」


 と、苦笑を浮かべていた。

 その態度に、ジトっとした視線を向けながら、光は文句を口にした。


 「男の沽券云々とかつまらないことをいうなよ?」

 「ははは、それこそまさか。世は男女平等、素晴らしいことじゃありませんか」

 「ごちになります!」

 「まったく……調子がいいな、君たちは……」


 部下たちの調子のよさに、今度は光がため息をつきながら苦笑を浮かべた。

 そんなやりとりをしながら、三人は回収した人形を抱え、調査局の本部へと戻っていった。


 だが、この時の彼女たちは、ここから本当に大変な事態になることなど、予想することはできなかった。

 そして、その事態に、本来ならば二日目の文化祭に参加する予定だった護も巻き込まれることになるのだった。

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