第158話 文化祭初日~出だしから大忙し~
光たち調査局の職員が月華学園に入場してきたことなど知る由もなく、護と月美は在校生とその保護者たちを相手にした接客に追われていた。
どうやら、準備段階の時点ですでに大きな話題になっていたようで、興味本位や執事服、女給服に扮した先輩や同級生見たさに遊びに来たらしい。
最初の来客があってからすでに三十分経過しているはずなのだが、なぜか裏方中心になるはずの護も表舞台に立たなければならないほどの来客数となっていた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「お待たせいたしました。何か御用がありましたらお呼びください」
「おかえりなさいませ、旦那様」
「いってらっしゃいませ」
メイド喫茶や執事喫茶などでよく聞くような言葉が教室中に飛び交っていた。
その中には、護と月美の口から出てきたものも混ざっていた。
「案外、土御門の奴、しっかりこなしてくれてるな」
「だな。無愛想な奴だから、まずいかなって思ったけど、間違いだったかもな」
「だといいけど……勘解由小路から渡された説明書に、『機嫌が悪くなるまでだいぶ時間差がある』ってあるから、休憩時間は短めにしといたほうがいいかもな」
バックヤードで護の様子を覗き見ていたクラスメイトたちは、その様子に一安心という様子でため息をついていたが、そのうちの一人が不穏なことを口にした。
クラスメイトの中で、月美を除き、唯一、付き合いが長い清から、『土御門護を取り扱う上での注意事項』という説明書を手渡されたのだが、その中に、護の機嫌について事細かな説明が書かれていた。
曰く、護の機嫌は最初こそいいように見えるが、腹の奥底では不機嫌になっていることを忘れてはいけない。
曰く、表面上は問題なくとも、口が悪くなっていた場合、限界寸前の状態となっている可能性が高い。
曰く、受け答えをしなくなったら大噴火の半歩手前である。
曰く、どうしてもだめな時は、風森か吉田に鎮めてもらう。風森の方が効果は絶大であるため、できることなら、近くに風森がいる場所で働かさせるのことが無難。
これ以外にも様々な説明が書かれていた。
それらの説明から照らし合わせていくことで、クラスメイトたちは護の現在の状態を把握することができていた。
「てことは、あいつ、いま不機嫌な状態ってことか」
「表にゃ出てないけどな」
「ま、まずいわね……けど、土御門くんだけ出さない、なんてことできないし」
「まさか、初日の客足がこれほどとは……」
「ここは……風森さんと吉田さんにフォローしてもらうしかないわね」
護の不機嫌さが限界を迎えた状態がどのようなものになるのかがまったくわからない上に、予想以上の人気が出ているため、バックヤード班にも接客をしてもらわなければならない。
ということは、どうあっても、護にはバックヤードに集中してもらうということはできない。
必然的に、護の不機嫌の度合いは高まっていくことになってしまうため、唯一、不機嫌な状態でも舵を取ることができる月美にいてもらう必要があるのだ。
なお、清がなぜ佳代を指名したのかはわからない。
体育祭の時期に、月美とともに佳代を気にかけていたことがあったからなのかもしれない。
だが、実際は、佳代がいじめられていた現場を目撃して、過去の自分と重なる部分があったため、放っておけなくなってしまっているだけであり、抑止力としては月美よりも弱い。
もっとも、傍から見れば月美以外で護が心を許しているクラスメイトの一人であり、清のようにあおるようなことはしないため、清よりはまし、という認識がクラスメイトたちに芽生えていた。
「てか、なんでこんなに人来るんだ?メイドだけとか、執事だけの喫茶店もあったと思うんだけど」
「お化け屋敷とか屋台とか、ほかにも楽しそうなとこあるのにね」
「まさか、変な宣伝があった、とか?」
「いや、まさか」
「まさか……ね?」
クラスメイトの一人の口から出てきたとんでもない推測に、周囲のクラスメイト達は苦笑を浮かべて否定した。
だが、その可能性も捨てきれないうえに、やりそうな人間に心当たりがあるのか、クラスメイト達の目は今も接客に応じている一人の男子に向かった。
そこには、執事らしからぬ雰囲気の明るい笑みを浮かべながら接客をしている清がいた。
「こちらでしょうか?奥様」
「えぇ、間違いないわ。ご苦労様」
「滅相もございません。それでは、御用の際はお呼びください」
言葉遣いや仕草こそ、護よりも接しやすい執事を演じているのだが、どうにもその表情が軽薄そうに見えてしまい、様子をうかがっていたバックヤード班は、胡散臭い、という感想を抱いていた。
「……なんか、あぁいう執事のキャラ、いたような気がするのは気のせいか?」
「さぁ?」
「まぁ、わたしだったら即時チェンジを要求したいけどね」
「いや、ここキャバクラとかホストじゃないから」
バックヤード班の一人のそんなつぶやきに返ってきた言葉に対し、しごく真っ当なツッコミが入ってきた。
そのツッコミと同時に、追加の来客が入ってきた。
だが、もう対応できるスタッフが残っておらず、バックヤード班から追加で接客対応のスタッフが派遣されることとなった。
そんな、嬉しさと忙しさで悲鳴が上がりそうな来客の波が収まりを見せるようになるまで、二時間ほど有した。
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