第126話 珍しくはしゃぐ二人

 突然のエキストラ依頼に応じた護たちは、スタッフに導かれて更衣室で着替えていた。

 あらかた時代設定を聞いてみたところ、時期は幕末。尊王派と佐幕派が己の信念のもとに互いの正義をぶつけあっていた時代のようだ。

 その中で行われた、新撰組と維新志士の対決を撮影するらしい。


 「で、俺は新撰組でお前が素浪人、と」

 「みたいだな……な、なんだよ?今にも人を殺しそうなその目は」


 護のつぶやきに清が着替えながら答えると、護は腰に差した模造刀の鍔に親指をかけ、いつでも抜けるように構えた。

 その目は、清が言っている通り今にも人を殺そうとしている、人斬りの目だった。


 「……日頃の恨みを込めて?」

 「普段俺が何したってんだよ??!!」


 無自覚であるがゆえに、清は普段の行動が護に精神的負担を少なからず与えていたことをまったく知らない。

 その負担を話すことをしなかった護も悪いといえばそれまでなのだが、日本人特有の「空気を読む」とか「気を遣う」というスキルを、清は護に対して一切使うことがない。

 本人からすればもっと距離を縮めるために、あえてそうしているのだろうが、護にとってすれば放っておいてほしいときに構ってくる馴れ馴れしさが苛立たしくて仕方がない。


 そして、今回、真似事とはいえ、そのうっぷんを刀や拳に乗せて清にぶつけることができる機会を得て、ほんの少し、抑圧してきた感情が開放され始めているようだ。

 放っておけば、そのまま芝居じみたセリフを加えながら腰に差した模造刀を引き抜いて清を襲撃しているところだ。

 もっとも、それをしないあたり、まだ理性が残っているようだが。

 とはいえ、いつ襲われるかわからない清は背中に冷や汗が伝う感触を覚えながら、月美か、そうでなければとにかく誰か来てくれないだろうかと思っていた。

 その思いが通じたのか男性更衣室に、おそらく今回のメンバーの中で唯一、護を抑制できるであろう存在である月美が顔をのぞかせてきた。


 「二人とも、準備できた?」

 「あぁ、俺は大丈夫だ」

 「同じく。早くいこうぜ」


 地獄に仏とばかりに清は月美に返事をしてそそくさと更衣室を後にした。

 その背中を見送りながら、月美は護に視線を向けた。


 「ねぇ、何かあったの?けっこう慌ててたみたいだけど」

 「ん?あぁ、日頃のストレスをまとめてぶつけてみただけだ」

 「あぁ……怯えるわけだね、それは」


 護から返ってきた言葉に、月美は苦笑を浮かべた。

 清のしつこさは護からよく聞かされているし、自分でもしつこいと感じている。

 明美が近くにいるから被害は少ないものの、もし、明美がいなければ護の感じているストレスの半分が月美にむかっていたことだろう。

 そうなっていたら、清が抱いた恐怖は今の比ではないはずだ。

 そういう面から見れば、清は明美に救われていると言えなくもないのだが。


 「そろそろ時間だから、行こう?」

 「あぁ、そうだな」


 スタッフたちやすでに着替えを終えているのであろう佳代達との合流を促す月美に、護はうなずいて返し、差し出された手を取った。

 その手を取った瞬間、護は目を見開き、呆然としてしまった。


 「どうしたの?」

 「あ、あぁ、いや……武家娘の恰好なんだなと思ってさ」

 「うん。どう?」

 「あぁ、正直見惚れた」


 これから行われる寸劇の時代設定が江戸時代中期のあたりであれば、どこかの城の姫君、ということもできたのだろうが、今回は幕末。

 活躍した姫と言えば島津藩の姫、和姫が有名だが、脚本のシナリオには登場しないため、武家娘の役になったのだろう。

 ちなみに髪は結わえておらず、ポニーテールにまとめられている。

 おそらく、設定上の問題なのだろう。


 「ふふふ……お兄さん、ちょいと遊んで行っておくんなまし」

 「おいおい、そりゃ花魁のセリフだぞ……てか、早くいくんじゃなかったのか?」

 「うふふ、そうだった。それじゃ行こう」


 珍しくはしゃいでいるらしく、月美は悪戯っ子のような笑みを浮かべて、護の手を引き、歩き始めた。

 その様子に優しそうな笑みを浮かべつつ、護は月美に引っ張られながら集合場所へと向かった。


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 清に遅れること数十秒後。

 月美に連れられた護が集合場所に姿を見せた。

 誠の一文字が彫られた鉢金にだんだら模様の浅葱色の羽織。

 どう見ても新撰組の隊士である。


 「おぉ……土御門は新撰組かぁ」

 「そういう桜沢もか。で、吉田は茶屋娘か」

 「ふっふふん!御用改めである!なぁんてね?」

 「ふ~ん?まぁ、くのいちよりはいいんじゃね?忍者なんて柄じゃなさそうだし」

 「あんか言った?勘解由小路?」

 「いえ、何も」


 くのいちよりも新撰組のほうが明美の性格には合っているのだろう。

 その感想を素直に口にした清だったのだが侍、こと新撰組に対して、粗野とか猛々しいというイメージしか抱いていなかった明美は、自分が普段から女らしくないと言われていると感じて清にかみついてきた。


 「あぁ、たしかに忍者より向いてるかもな」

 「ちょっ?!土御門、あんたね!!」

 「忍者ってのは自分を殺して任務を遂行することを最も大切なこととしてるからな。そういう意味じゃ、桜沢は侍のほうが似合ってるんじゃないか?」


 忍者とは現代社会でいうところの諜報員であり、様々な情報を集めることを生業としていたものたちだ。

 そのため、逃げるための術や情報を引き出すための技術に長けており、時には情報をあるために敵地に数年かけて馴染み、その土地に根付くものもいるのだとか。

 ともすれば、一つの任務に何年もの時間を費やすことをいとわず、時として情報を敵に捕らえられることもある。


 真っ正直で嘘が苦手な明美には不向きであることは明らかだった。

 それを知っていたから、護もまた、忍者は向かない、と話していたようだ。

 清とは違い、説得力のある説明に納得したのか、明美は怒ることはなく、神妙な顔つきでうなずいていた。

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