第118話 夏休みであっても修行は休まず~お昼頃~

 意図せず、いつもの五人が集まり、約一名がぐーたらする中で課題に取り組んでいた護たちだったが、数時間もすれば集中力が切れ始めてきた。

 もっとも、涼みに来ることを主目的にしていた清とは違い、他の四人はすでに持ってきた課題の半分以上を終わらせていたのだが。


 「……疲れた……」

 「何もしていないのに疲れるとか、どういう肉体してんだ?お前は」

 「いや、あるだろ?なんもしてなくても、なんか疲れたって感じること」

 「あるけど、あんたがその発言する権利、あると思ってんの?」

 「うぐっ……」


 明美の指摘に、清は言葉を詰まらせてしまった。

 一応、彼の名誉のために弁護するが、清もただただだらけているだけではなかった。

 護たちと比べて、割く時間は圧倒的に少なかったものの、一応は課題にも取り組んでいたし、それなりに終わりに近づかせることもできた。

 だが、それでも明美からみれば何もしていないに等しい状態であったし、清自身もその自覚があるため、それ以上反論することができなかったのだ。


 「……そろそろ昼飯時だな」

 「そうだねぇ……一旦、帰る?」

 「だな」

 「それじゃ、わたしも帰ろうかな」


 だが、そんな清の状態なんぞ知ったことではない、といいたそうな態度で、護と月美は帰宅の準備をはじめ、それに便乗するように、佳代も帰宅の準備をし始めた。

 そんな三人の様子に気づくことなく、明美は清に説教を行っていた。


 「黙って出てくのもあれだし、書置きしておくか」

 「そうだね」


 他人に対して興味はないし、無関心な態度を取りがちな護だが、さすがに黙ってその場を離れるほど無礼ではない。

 護と月美はそれぞれ書置きを残し、佳代と別れ、家路についた。


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 護と月美が帰宅すると、すでに昼食の準備が終わっていた。

 この日の献立はそうめんと冷やしたトマト、それに冷ややっこと、夏の定番といえば定番のメニューだった。

 薬味にネギと冥加、生姜、のり、わさび、さらには青紫蘇とすりつぶされた梅が用意されており、自分の好みに合わせられるよう、工夫がされているように思える。


 「今日もそうめん……出しつゆが母さん特性のじゃなかったら飽きてたな」

 「あはは……そうめんチャンプルーとかもいつか挑戦しみようかな?」


 別に手を抜いている、というわけではない。

 土御門家の台所の守護者である雪美は、料理が趣味といっても過言ではないが、夏になると火をほとんど使わない。


 電子レンジやオーブンで代用できる場合はそれらを使うが、どうしても火を使わなければならないもの、カレーやそうめん、そばといったものを作るときは、式に火を扱わせている。

 ただでさえ暑いのに、火を使うことでさらに暑さを味わうことになるのはごめんこうむりたい、ということなのだろう。


 だが、さすがにそうめんばかり、というのも確かに味気ない。

 同じそうめんでも、いっそのこと、炒め物にしてしまおうか、という月美の提案に、雪美はくすくすと微笑みを浮かべた。


 「あら、それならゴーヤを買っておかないとかしらね?」

 「……ん?庭に植わってなかったっけ??」

 「今年はキュウリもナスも少しばかり遅いからな。ゴーヤもまだ先じゃないか?」


 護の問いかけに、翼がそうめんをすすりながら返した。

 翼が返したように、土御門家はゴーヤやキュウリ、ナスだけでなく、ハーブや薬草の類、桜や金木犀、椿といった季節の花が植えられている。

 妖や異形の存在を相手にしていて怪我を負った場合、クマのような猛獣に襲われたと勘違いされたり、現代の医学では治療できない毒に蝕まれてしまっているために治療不可能と判断されてしまったりすることがある。


 そのために治療が遅れてしまい、最悪の結果を生み出すことになりかねない。

 そんな事態になることを防ぐため、ある程度の治療ができるように備えているのだ。

 その一環として、キュウリやゴーヤといった家庭菜園の定番野菜も一緒に育てているのだが、今年はどうやら少しばかり生育が遅いようだ。


 「やっぱり、暑いから?」

 「かもしれんな。梅雨が明けてすぐにこの暑さだ。さすがに植物も参っているのだろう」

 「あぁ……あるかも?」


 どこからどう聞いても、家庭菜園にいそしむ親子の会話に、月美と雪美は思わず笑みを浮かべていた。


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 昼食を終え、一休みした護と月美は、今度は図書館ではなく、板張りの部屋にいた。

 かすかに風が流れているとはいえ、戸を閉めてしまえば完全に暗闇になってしまうその空間で、二人は火がともっている一本のろうそくをはさんで互いに向き合い、座禅を組み、瞑想していた。

 ただひたすらに自我を鎮め、周囲の音に、温度に、空気の中に溶けていくかのように。


 聞こえてきているのは、互いの息遣いと、ろうそくの芯が燃える音のみ。

 鼻をくすぐるのは、煤の匂いと炊いている香の匂い。そして、目の前にいる相手の匂い。

 いつもならば気になることはないというのに、なぜかそれらが嫌になるほど心をかき乱してきていた。


 無理もないといえば無理もない。

 そこそこの広さがあるとはいえ、狭い部屋に異性が二人だけ。しかも恋人同士であり、思春期真っ盛りの二人だ。

 多感な年ごろの二人にとっては、拷問と呼ぶに等しい環境だ。

 そんななかでも、姿勢を崩すことなく、背筋を伸ばしたまま保っていることができるのは、さすがの集中力と断言できる。


 しかし、それもいつまで保つことができるかわからない。

 二人の心中は、ただただ早くろうそくの灯が燃え尽きてほしい、という想いでいっぱいだった。

 やがて、ろうそくの灯はあと五分ほどで燃え尽きるというところまできて、二人同時にやらかしてしまった。


 「「……はっくしゅっ!!」」


 二人同時にくしゃみが出てきた。

 座禅の最中に姿勢を崩したり、あくびをしたりすることは、集中力の乱れとして、注意を促すため、警策で肩を叩かれる、というのはお決まりである。

 警策で肩を叩く役割を担う者を、直日じきじつあるいは直堂じきどうと呼ぶのだが、今回、その役を担うことになっているのは、護の使役である狐のうち、白桜と黒月の二匹であった。


 二人同時にくしゃみをしたことで、虚空から二匹の子狐が姿を現し、器用にその尾を肩に打ち付けてきた。

 普段の主に対する憂さ晴らしなのか、それとも主に対する愛のつもりなのか。護の背後に現れた白桜は、べしり、と音が聞こえるほど強く、その白い尾を打ち付けてきた。

 一方の月美の背後に出現した黒月は、将来の主の連れ合いとなる可能性があるとはいえ、客人の扱いである少女に気を使ったのか、あきらかに護が受けたそれよりも弱い力で、それこそ、肩についた埃を払う程度の力で叩いていた。

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