第119話 夏休みであっても修行は休まず~夕方、使役との一時~
座禅用の密室から出た護と月美は、その後、若干、悶々としながらも自分の部屋に戻り、学校の課題に取り組んでいた。
取り組んでいたのだが、日が暮れ始めているとはいえ、かなりの暑さが残っているためか、それともさきほどの座禅で心が乱されたままなのか。
何が原因であるにせよ、午前中よりも進みが悪いことは確かだった。
「……暑い、肩痛い、集中できん……あぁっ、イライラするっ!!」
耐えきれず、護は苛立ちを爆発させ、叫び声をあげ、机に突っ伏した。
もっとも、護の部屋は人除けの結界を応用し、防音の結界を張り巡らせているため、ある程度の音量ならば、音が部屋の外に漏れることはない。
だが、完全な防音、というわけではないため、少なからず外にもれてしまっていた。
「おいおい、どうしたってんだ?いきなり叫びだしてよ」
「暑さで頭がイかれたか?」
「それともさっきのでむずついてんのか?どこがとは聞かないが」
「白桜、お前、肩じゃなくて頭に警策を授けたんじゃないだろうな?」
「するか、んなこと」
紅葉、青風、黄蓮、黒月、白桜の順に主人であるはずの護に問いかけ、あるいは貶すような言葉を投げかけてきた。
主従関係にある、といっても護が彼らに対してある程度の自由を許しているため、このような軽口をたたくこともできるのだろう。
もっとも、言われている側が何も感じていないということはないわけで。
「お前ら、ちといい加減にしろよ?」
机に突っ伏したまま、護は背後で好き勝手言っている使鬼たちにむかって警告した。
その背中からは瘴気と見間違えるのではないかと思うほど、黒く、重々しい怒気が立ち上っていた。
いくらある程度の自由を認めているとはいえ、あることないこと色々言われてからかわれるのは、面白いわけがない。
普段ならば受け流す程度のこと、造作もないことなのだが、暑さと座禅の時から引きずっている欲求不満と、ついでに白桜から授けられた警策の痛みでそんな余裕はなくなっていた。
「やべっ」
「怒った怒った!」
「逃げるぞ!」
「三十六計」
「すたこらさっさだ!」
「オン、シバリ、ソワカ」
逃げようとする使鬼たちに不動金縛りの術をかけ、その場に縛り付けた。
かなりの霊力が込められているらしく、地面から伸びてきた白銀の鎖の束縛から逃れようともがいていたが、抜け出せそうになかった。
そうこうしているうちにも、じりじりと護は迫ってきていた。
「さぁて、どうしてくれようかなぁ……」
いかにも悪人のような笑みを浮かべて、手の指を移動するムカデのようにワキワキと動かしながら、近づいてくる主に、五色狐たちはぷるぷると震えながら、どうにか許してもらおうと思考を巡らせていた。
「え、え~と……」
「あ、主?」
「そ、その……も、申し訳ない」
「ちょ、ちょっと図に乗っただけなんだ……」
「だから……」
『その手をやめてくれ!何をするつもりだ!!』
五体が同時に声をあげるが、それを聞き入れる護ではなかった。
指を止めることなく、五色狐たちに近づいていき、距離をつめた。
「ふ、ふふふふ……大丈夫、大丈夫……ちょっとだけ、先っちょ、指の先っちょだけだから」
『や、やめぃ!!そういうのは姫相手にやってくれぇ!!』
「問答無用!」
『アーーーーーーッ!!!』
護の部屋に、五色狐たちの悲鳴が響き渡った。
だが、何が起こったのかを知るものは、土御門家には一人も、いや、十二柱の式神以外、知る由もなかった。
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それから数十分後。
護の傍らには魂のような何かが抜け出たかのようにぐったりとしている五色狐たちがいた。
「く、くそう……」
「油断した……」
「ふ、普段なら絶対しないからな、失念していた」
「あぁ……」
「くっ……ひ、姫以上にもふもふしやがって……」
どうやら、彼らがぐったりしている理由は、護に必要以上になで繰り回され、その立派な毛並みを強制的に堪能させたからのようだ。
が、その傍らには、護がぐったりしている姿もあった。
どうやら、いくら霊的存在であっても、物体として存在している以上、「熱量」を帯びていることを失念していたらしい。
つまり、五色狐たちに触れるということは、熱を出しているカイロに触れることと同じというでもあり、必然的に護の体温がさらに上昇し、熱中症になってもおかしくないところまで到達することになる。
その結果が、護の現在の状態、ということである。
本来なら、主人の健康状態にも気を使うべきなのだろうが、五色狐たちからすれば、望んでいたわけでもないのに、毛皮を堪能されたのだ。
ある意味で言えば、自業自得、ということになる。
結果的に。
「なんというか……これは止めなかった俺らが悪いのか?」
「止まらなかった護が悪いんじゃないか?」
「そういうことにしておこう」
「そうだな」
「うむ、俺たちは被害者だ、よって」
『俺たちは悪くない!』
という結論へ至った。
なお、その結論は五色狐たちの間にだけ成立したものであり、当然、主人である護や姫と呼ばれ慕われている月美はあずかり知らぬことであったため、のちに文句を言われ、その毛皮を堪能させることになったのだが、それはまた未来の話である。
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