第111話 体育祭、本番~4.ランチタイムという名の戦い~

 月美の嫉妬からひと騒動巻き起こりそうになったが、護がテントに帰ってきたことでどうにか収まった。

 それからしばらく、出場しない競技が続き、護たちはテントで見学したり、委員会の助っ人に駆り出されたりしていたが、そうしているうちに。


『以上をもちまして、体育祭午前の部を終了といたします』

「やっと前半戦終了か……」

「けど、後半……あるんだよね~……」

「……まぁ、逆に考えれば、あとの山場はそれだけなんだけどな」


 午前の部終了を告げるアナウンスが流れてきたが、終わったのはあくまで前半戦。

 これから控えている午後の部には、もう一つの山場。

 いや、むしろメインといっても過言ではない、女子の舞踊と男子のよさこいが残っている。

 とはいえ、今は。


「ま、まずは腹ごしらえか」

「そうだね。ちなみに、今回、かなりの自信作」

「お? なら期待させてもらうかな」


 月美が作った弁当に、護は上機嫌になる。

 すると。


『全校生徒に連絡します。これより、昼休みとなります。生徒は各クラスのテントに戻り……』


 教員から注意事項と午後の部開始時刻がアナウンスされ、昼休みに突入した。


「……ほんと、相変わらずおいしそうよね、土御門と月美のお弁当」

「まったくだな……俺にも一口」

「やるわけないだろ」

「あははは……」


 四人のいつもの光景を眺めながら、佳代は呆然としていた。

 それに気づいた明美は、佳代の弁当に視線を向け。


「隙あり!」

「あっ?! ちょ、桜沢さん!!」

「むっふふ~……あ、この卵焼きおいしい」

「明美ったら。吉田さん、お詫びにこれあげる」

「え? いいの??」

「うん」

「あ、ありがとう」


 明美におかずを取られ、少しばかりしょんぼりしている佳代を見かねて、月美が自分のおかずを佳代に渡す。

 佳代は若干、戸惑いながらも月美の厚意を受け取ることにして、それなら、と佳代も自分のおかずを月美に渡した。


「隙……」

「ねぇよ」


 一方、護は友達同士でお弁当のおかずを渡し合っているその光景を見ながら、しつこく自分の弁当のおかずを狙ってくる清との激しい攻防戦を繰り広げていた。

 清が護の弁当箱へ箸を伸ばしてきた瞬間、びしりっ、と鋭い音が響く。

 どうやら、伸ばした箸を持つ手の甲を思い切りひっぱたかれたらしい。


 「くっ! 腕を上げたな……」

 「知らん。いいから自分のを……食え……自分のを」

 「……いや、食いながら言われてもな」


 清からのツッコミを無視して、護は黙々と自分の弁当を食べていた。

 梅の果肉を混ぜ込んだごはんに、ほうれん草と梅酢の和え物。わさびのようなツンとする独特の辛みが癖になるマカロニサラダ。

 そして老若男女問わず、大人気のおかずである鶏の唐揚げというのが、今回、月美が作った弁当のラインナップだった。

 その中で清が狙っているのは、やはり唐揚げだが、そうやすやすと取らせるほど、護は甘くはない。


「くっ……風森の作った料理、うまいんだけどなぁ……」

「……やらんと言ってるだろうが」

「そこをなんとか!」

「やなこった、何度も言わせんな」


 比較的心を許している清が相手であっても、月美が作ってくれた弁当を他人に渡すつもりは一切ない。

 まるで漫画のワンシーンのようなやり取りに辟易しながら、護は残るおかずを口の中に放り込んでいった。

 そしてついに、唐揚げに箸を伸ばそうとした時。


「いただ……」

「かせねぇっての」


 性懲りもなく清が伸ばしてきた手に、今度は箸の先を思い切り突き刺した・・・・・


「いってーーーーーーーーーーっ!!」

「当たり前だろ、痛くしたんだから」


 出血こそしなかったが、手で叩かれるよりも痛かったらしく、今までで一番の悲鳴が響く。

 だが、そんなことはおかまいなしの様子で、護は水筒に残っていた水出し緑茶を口にしていた。


「ふぅ。今日もお茶がうまい」

「くっ……なんか縁側で日向ぼっこしながら茶すすってる老人みたいなセリフになってるぞ」

「いやに具体的だな、おい」


 自覚がないわけではないが、護はクラスメイトと比べても非常に落ち着いているし、物静かだ。

 そんな護を老人と重ねることはある意味で必然なのだが、言われている本人はあまり面白くないらしく、じとっとした目を清に向けている。

 その視線を向けられている当の本人はまったく気にしていないらしく、ため息をついてうなだれていた。

 よほど月美の作ったおかずを食べたかったのだろう。


「くそぅ……結局、食べれなかった……」

「ふっ、まだまだ修行が足りんな、若造」


 ことごとくを防がれたうえに、護に目の前で平らげられてしまったことがよほどショックだったらしく、うなだれていた。

 そんな様子の清に、護はニヤリと笑みを浮かべながらそんな言葉をかけたのだが。


「いや、お前、俺と同い年……って、なんで俺がツッコミをやってんだよ?」


 なぜか、ツッコミを入れている自分に清は首をかしげた。

 普段とは役割が逆であることに疑問を感じたようだが、護はその疑問に対する答えを持ってはいない。

 仮に持っていたとしても返すつもりもないので、ただただ静かに水筒のお茶を飲んでいる。

 ちなみに、ほかの男子たちは昼休みの間に行なわれているチアリーディング部の発表に鼻の下を伸ばしていた。

 そのため、清以外の男子を防ぐ必要はなかったのだが、そんなことは知る由もなく。


――早く終わんないかなぁ


 さっさと体育祭が終わらないか、そんなことを考えながら、残りの昼休みを過ごしていた。

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