第110話 体育祭、本番~3.出場しない競技中の語らい~

 男女の騎馬戦が終了し、次の種目が棒倒しとなったが、護はこの種目には参加していなかったため、テントで待機していた。

 種目が男子の種目であったが任意参加であったため、テントには護を含めた参加しない少数の男子生徒のほかは女子しかいない。

 そのため、当然、月美も残っているわけで。


「護。騎馬戦、お疲れ様」

「月美も、お疲れ様」


 必然的に、護と月美がセットになる。

 表立っていちゃつくことのない二人であるため、手をつないだり、ボディタッチをしたりということはしないのだが、なぜか周囲には桃色の空気が流れていた。


「む? 甘い匂いがするな」

「マスター、コーヒー。いや、エスプレッソをくれ。とびっきり濃いやつを」

「あぁ、もう! なんでこう胸やけしそうになるのよ!!」

「……けど正直、少しうらやましい」


 護と月美を遠巻きにしている生徒たちから、そんな声が聞こえてきていた。

 が、そんなものはまったく気にする様子もなく、護と月美は他愛ない会話を続けている。

 その二人の間に割って入るように、二人の女子が声をかけてきた。


「やっほ~月美~。あと土御門」

「こんにちは、風森さん、土御門くん」

「明美、吉田さん。お疲れ」

「よっす。て俺はついでかよ! 桜沢」


 月美の親友である明美と、ここ最近になって縁が出来た佳代の二人が声をかけながら月美の近くに腰かける。


――女子だけで話したいこともあるだろうし、少し外すか


 護がその場を立ち去ろうとすると、その気配を察したのか、明美が突然、護に頼みごとをしてきた。


「あ、ねぇねぇ。どっか行くならジュース買ってきて?自販機のでいいから」

「俺は使い走りか?」

「だってあたしこれから月美と佳代にあれこれ聞きたいんだもん」


 何の悪気もなく、明美がそう返してきた。

 こうなってはもう人の話を聞かないらしい。

 そのことを月美から聞いていた護は、ため息をつく。


「あとで金払えよ?」

「もちのろん。あ、あたしいちごオレでお願いね」

「あ、わたし緑茶」

「あ、あの、えっと……いいの?」

「二人分も三人分も大して変わらんさ……請求するものはするけど、月美以外」


 恋人は特別扱いであることに、明美は納得いかないと言いたそうな表情を浮かべる。

 だがここで護に文句を言えば、ただでさえ気の弱い佳代が注文できなくなってしまうことは予想できた。

 だからこそ、口には出さずに顔だけで文句を言っているのだが。


「なら、アップルティー」

「ん、了解」


 佳代の注文を聞くなり、護はそそくさと立ち去ってしまった。

 文句を言うこともできず、明美が不完全燃焼で頬を膨らませていると、月美が笑みを浮かべながらなだめる。


「まぁまぁ、明美。抑えて抑えて」

「納得いかない!! なんで恋人の親友にはおごらないのよ!!」

「恋人の親友は自分の親友じゃなくて他人だからじゃない?」

「むが~~~~~っ!!」


 なぜか納得できてしまう理論に、明美は意味のわからない悲鳴を上げ、頭を抱える。

 その様子を佳代は呆然と眺めていることに気付いた月美は、苦笑しながら謝罪した。


「ごめんね、吉田さん。騒がしいよね?」

「え? あ、あぁ……元気があっていいと思うけど?」

「……なにその微妙なフォロー」


 佳代からのフォローに、明美はうなだれながらそう返した。

 もっとも、悪い気はしていないらしい。

 まぁ、いいんだけどさ、と気楽な声で呟きながら笑みを浮かべ、顔を上げていた。


「そういえばさ、聞いてなかったことあったんだけど、聞いていい?」

「え?」

「……まぁ、答えられることなら」


 明美の問いかけに、佳代はどこか困惑気味に、月美は何を聞いてくるのかあらかた予想できているのか、すました表情で返した。

 二人の承諾を得て、明美はニマニマと笑みを浮かべながら問いかけてきた。


 「二人が友達になったきっかけ、教えて? あと、なんで土御門は吉田さんに優しいのかも」

「え?!」

「あぁ、やっぱり……わたしは構わないけど、吉田さんは?」

「わ、わたしも大丈夫……」


 予想通り、と言いたそうに脱力しながら、月美は佳代に問いかけた。

 佳代も別に聞かれて困ることではないため、二つ返事でうなずくと、さっそく明美が食いついてくる。

 次々と出てくる明美の質問に佳代はしどろもどろになりながら、時折、月美がフォローしてもらいながら、明美の質問に一つ一つ丁寧に返していった。

 だが、途中で明美がとんでもない爆弾を投げつけてきた。


「で、ぶっちゃけ、土御門に恋してる?」

「え……えぇぇぇぇぇぇぇぇっ??!!」

「ほぉほぉ、その反応はまさかのまさかですなぁ~……もしかして、月美から横取りしようなん……」


 にやにやと、いやらしい笑みを浮かべながら明美はさらに問い詰めようとした瞬間、ざわり、と背筋に冷たいものを感じ取った。

 それは佳代も同じらしく、まるで蛇に睨まれた蛙のように固まっていた。

 元々、気の弱い佳代はともかく、ともすると自分も固まってしまうのではないかと思うほどの威圧感を覚えた明美は、その発生源がどこにあるのか、なんとなくわかっていた。


「……あ、あの……月美?」

「……………」

「も、もしも~し……」

「……………何かしら?」

「や、やめよう? 一回落ち着こう??」

「わたしはいたって冷静よ? えぇ、冷静ですとも……少なくとも、いますぐあなたたちをどうこうしようと思っていない程度には」

「いや、どうこうって何するのよ?! 逆に怖いよ!!」


 原因が自分であることは重々承知しているが、さすがに何をされるのかわからないことから、強い恐怖心を覚え、そんなツッコミを入れる。

 そのツッコミに対して、月美は口を三日月の形にして。


「うふふふ……うふふふふふふ……」


 不気味な笑みを浮かべていた。


「や、やばい……」

「な、何か月美……いつになく怖い」


 今の月美から感じ取れる恐怖に、二人が一秒でも早く解放されたいと願った瞬間。


「何やってんだよ、月美?」

「ぴゃっ?! ま、護?!」

「まったく、何やってんだよ……ほれ、緑茶」


 頼んでいたものを渡された月美は、変な悲鳴を上げてしまったからか。

 それとも柄にもなく嫉妬心をむき出しにしているところを見られたことを恥ずかしく思っているのか。

 顔を真っ赤にして俯きながら、差し出された緑茶を受け取った。

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