第109話 体育祭、本番~2.男女の騎馬戦~

 最初の種目である背中渡りレースが終わると、男女別の百メートル走が始まった。

 背中渡りレースで上位入賞したクラスは、このままの勢いでクラス優勝を目指したいらしく。


「あいつら、応援に身が入ってんなぁ」

「このままの勢いで優勝目指してんだろ。たぶん」


 ほかクラスのがそんな感想を抱くほど、応援に身が入っていた。

 そんな中、護は。


――誰が優勝しようが別にどうでもいいんだが


 ただただ静観することに徹しており、別にどうでもいいというような態度をとっていた。

 もっとも、そんな無関心で無気力な護にも、強制参加させられる種目というものも存在している。

 その一つが、体育祭の目玉とも言うべき種目である、騎馬戦だ。

 よほどの身体的な理由がない限り、男女ともに強制参加であったため、生徒たちに拒否権はなく、護も参加することになっていた。

 参加することになっていたとはいえ、別段、やる気があるわけではなく、文句が漏れ出る。


「さっさと終わってくれないだろうか……」

「それは俺も思った」

「おいおい、せっかくの体育祭なんだぜ?楽し」

「めたらいいよな、ほんと」

「この炎天下で楽しめるのは体育大好き野郎か、かなりの被虐趣味くらいだろ」

「……いや、被虐趣味はひでぇな、おい」


 返ってきた二人の言葉に、クラスメイトは顔をゆがめる。

 彼も体育会系で、体育祭の開催を心待ちにしてしていた生徒の一人なのだろう。

 体育大好き野郎、という言葉はまだしも、被虐趣味という言葉が気に入らなかったらしい。

 もっとも、悪気がないことはわかっているので、それ以上の文句はなかったのだが。


――ドンッ!


 突然、グラウンド中に太鼓の音が響く。

 それが騎馬組みの合図であることは事前の説明で聞かされており、護たちは手早く騎馬を組み始める。

 組み終わると二回目の太鼓の音が響く。

 それに合わせて、騎手となるクラスメイトが護たちにまたがる。

 さらに、三回目の太鼓の音が響き、護たちは騎手を乗せたまま立ち上がり、それと同時にほかの面々も立ち上がった。

 立ち上がると、いくらか分散されているとはいえ、片一方の腕に人ひとり分の体重がのしかかってくる。

 炎天下の暑さで手にもじんわりと汗がにじみ、滑りそうになるが、落馬して怪我をさせるのは本望ではない。


「……頼むから、わざと手を離すようなこと、しないでくれよ?」

「おいおい」


 護としては怪我させるつもりは微塵もないもない。

 だが、どうやらこのクラスメイトは、護のことをさっさとテントの下に戻りたいあまりに、平気でそういうことをするような人間であると考えているようだ。

 失礼といえば失礼ではあるが。


――怪我させなけりゃ、わざと手を離すってのも……


 そんなことを考えてしまっていたため、反論することができなかった。

 そうこうしているうちに。


――ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!


 太鼓が激しく鳴り出し、騎馬軍はいっせいに動き始めた。

 当然、護たちの騎馬も動きだし、相手の騎馬と激突する。

 数秒の間、こちらの騎手が相手の騎手とはちまきを取り合っている間、護たちは騎手を落とさないよう、バランスを保つことに必死だったのだが。


「ちょっ?! ま、まて……待てって?!」

「お、おいおい?!」

「ちょ、が、頑張れ!!」


 一分としないうちに護たちが乗せていた騎手がはちまきを取られてしまい、敗北してしまった。


「……おい」

「なんか、ごめん」

「俺らに落とすなよとか言っといて、自分が負けてどうするよ」

「面目ない……」


 当然、騎馬役になっていた護たちから文句を言われることとなった。

 そうこうしているうちに、男子の騎馬戦が終了し、女子の騎馬戦と移る。

 ルール自体は男子騎馬戦と同じなのだが、安全配慮のために再度、審判団による細かなルールの説明が始まった。


「うぅ……暑いなぁ……」

「全面的に同意……」

「早く終わってほしい……」


 その説明が終わるまでの間、同じチームとなった明美の口から漏れ出た文句に、月美は苦笑しながら返す。


「そもそも、なんで女子も騎馬戦やならいといけないのよ?」

「さぁ? 女子の血沸き肉躍る戦いを観たいって人もいるから?」

「どこのプロレスとか格闘技大会よ……てか、男子どもの目的は一つでしょうが」


 明美はそういいながら、月美のある部分に視線を向けた。


「あぁ……うん、なんとなくわかったわ」


 明美が言う男子の目的とは、すなわち、女子の胸元に実っている二つの果実のことだ。

 月美も明美もなのだが、二年生はなぜか豊かに実っているものが多く在籍しており、普段通りでも男子の視線を集めやすい。

 まして、騎馬戦ともなれば、特に激しい取り合いになる騎手のものは揺れるわけで、健全な男子高校生たちにとってその光景は、まさに桃源郷や楽園パラダイスのようなものだろう。


「ほんと、男子ってどうしてこうもエロ河童なのやら……」

「……………ちょっと、明美? その中にわたしの恋人も含まれてるのかしら?」

「なわけないでしょ! あいつは良くも悪くも月美しか見てないんだから!! てか、その目はやめて、怖いから!!」


 もっとも、見られたくはない女子たちからすれば、おもしろくもなんともないのだが。


「ほんと、不愉快よねぇ……護の以外、もごうかしら?」

「いや、やめなさいって! てか、土御門はいいの?!」

「護はわたしの彼氏だし、ちゃんとわきまえてくれてるからいいのよ」

「彼氏だったら許すんだ……」


 さらりと返されてきた月美の返答に、明美はうすら寒いものを感じていた。

 なお、冗談で言っていることはわかっているのだが、月美だったら本当にやりかねない、とも感じていたことは秘密である。

 そうこうしているうちに、グラウンド中に太鼓が鳴り響き、月美たちは騎馬を組みはじめた。

 男子騎馬戦と同じように、競技開始の合図が鳴り響いたと同時に、月美たちは立ち上がり、相手の組のほうへと駆けだす。

 奮闘はしたものの五分とせずに騎手がはちまきを奪取されてしまい、敗退した。


「負けたぁ……」

「けどまぁ、これで動かなくてすむからいいじゃない」

「まぁ、そうだけど……負けたことはすごく悔しい」

「あははは……」


 暑いと文句を言ってはいたが、負けてしまったこと自体は悔しいらしい。

 不貞腐れたように頬を膨らませている明美に、月美は苦笑を浮かべる。

 負けはしたが、護たちよりも穏やかな雰囲気で待機していると、決着がついたらしく、試合終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。

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