閑話、月美のお願い
「ねぇ、白桜。いる?」
「おぅ、どうした? 姫よ」
護が光と同様、占いの結果から狼男たちの拠点を割りだそうとしていた頃。
白桜は月美に呼びだされ、彼女の部屋にやってきていた。
ちなみに、土御門家においてもらうようになってから、なぜか五色狐たちから「姫」と呼ばれている。
最初のうちは赤面したり、呼ばないでほしいと嘆願していたのだが、まったく聞き入れてもらえなかった。
そのため、姫と呼ばれ続けてしまい、彼らが自分を姫呼びしないときは、何かあるのではないかと勘ぐってしまう。
「護がいまどうしてるとか、式神のあなたならわかるかしら?」
「わからんでもないが、どうしてまたそんなことを??」
白桜は、月美がわざわざそんなことを聞く理由を察しかねていた。
扱いは土御門家の客人であるとはいえ、二人の仲はすでに周囲に知られている。
当主である翼や、大御所たちがそのことについて何も言ってこないということは、土御門家全体が二人の中を公認しているということ。
当の本人たちが知っているかどうかはともかくとして、普段は自分から護に近づいているのだから、自分で確認すればいいことだ。
そんな白桜の疑問を察したわけではないのだろうが、月美は理由を答えてくれた。
「だって、護ったら、わたしが部屋覗こうとすると慌てて片付けるのよ? おかしいと思わない??」
「……言っとくが、あいつの部屋にいかがわしいものはなにもないぞ?」
どうやら、月美は護が何かいかがわしいものを隠しているのではないかと疑っているらしい。
たしかに、陰陽師の見習いといえども、護は健全な男子。
そういった類のことに興味がないわけではないだろうが、白桜の言うとおり護はそういった類のものには縁がない。
いや、というよりも縁を作らないようにしているため、存在するはずがないのだ。
「それでも、念のため確認してほしいの!」
「へいへい……しかし、直接本人に聞きゃいいじゃないか」
「そうなんだけど、ついでがあるから白桜に頼むの」
「ついで?……俺は護の式神であって、姫の式神になった覚えはないぞ?」
ついでの頼みと聞いて、白桜の疑念はいよいよ強くなった。
護も護で何かを隠しているようだが、目の前のこの少女も何かを隠している。
「……何を隠している?」
直接的にそう問いかけると、月美はどう返したものか思案し始めたが。
「……あのね、護、ここ最近、お仕事のことで色々忙しそうじゃない? だから、無理して体を壊さないか、すっごく心配なのよ」
正直に答えることにしたようだ。
白桜の疑問に答える月美のその顔は、少しばかり沈んでいた。
「でも、わたしが言っても、『大丈夫』って言って、聞いてくれないもの……だから、あなたにお願いするしかないの」
と、両手を合わせてお願いされてしまった。
白桜はその話に納得したようにうなずく。
たしかに、護はここ最近、オーバーワーク気味だ。
慣れてきたとはいえ、普段の生活も倒れるか倒れないかのギリギリだというのに、ここに来て、長期間の仕事が入ってきた。
護自身が守らなければいけない、普通の高校生としての日常がある。
陰陽師とは、陰と陽の間に身を置く存在だ。
昼間と夜間、日常と非日常のバランスを保ち、日々を過ごすこともまた陰陽師として重要なことである。
どちらかに天秤が傾けば、その瞬間から、陰陽師は陰陽師たりえなくなってしまう。
それは陰陽道の名家である土御門家の次期当主候補としてゆゆしき事態だ。
白桜たちもその事態に気づいたのか、仕方がないとばかりにため息をつき。
「……わかった。拝み倒されちゃ引き受けるしかないな」
「それじゃあ!」
「引き受けてやる。ただし、俺は忠告するだけだからな?その忠告を受け入れるか受け入れないかは、護の判断だ」
式神である以上、主である護の判断と命令に反することはできない。
そういうことのようだが、月美はそれだけで十分だった。
自分が言っても聞かないし、翼や雪美に相談しても。
「そうなったらそうなったとき」
と言ってまったく取り合ってくれない状態だ。
まして、友人とはいえ、一般人の清や明美に相談するわけにはいかない。
もはや、忠告をしてくれるうえに、護に対して親身になってくれる存在は、護の使鬼である五色狐たちだけなのだ。
「ありがとう、白桜」
「どういたしまして……ったく、護もだが、なかなかどうして、お前も使鬼使いが荒いよな」
文句を言いながら、白桜は不機嫌そうに尻尾を振っていた。
その態度に、月美は何かを思いついたらしく。
「他人の使鬼にお礼をしちゃいけないってこと、ないわよね?」
「うん? どうしたよ、突然……まぁ、普通はなしだが、お前は土御門家の姫と同じようなもんだから、どうかはわからんが」
「なら、今度、きつねそば作ってみようと思ってるの。油揚げ、うまくできるかどうかわからないから、味見してもらっていい?」
突然の提案に、白桜は目を丸くする。
たしかにお礼としてではなく、手伝いという意味であれば、お礼とは言わないだろう。
それならば、別段、問題はないはずと判断し、白桜はその提案を受け入れた。
それと同時に。
――なかなかどうして……人間にしては可愛い顔して、抜け道を探すことのうまい狐みたいなやつだな
と感心してしまっていた。
その後、月美は安心したような表情を浮かべ。
「それじゃ、よろしくね」
と白桜に頼み、自分の部屋へ戻っていく。
その背中を見送りながら。
――さてと、一応、お願いされちまったからには、しっかり護に忠告してやらんとなぁ……
心中で呟きながら、白桜は護の部屋へとむかうのだった。
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