第47話 糸口と稚拙な仮説

「狼男の正体が人の業と因果応報……? どういうこった」


 式占で出てきた結果に、護は首をかしげていた。

 人の業、という部分はともかく、因果応報ということは何かしらの愚行によって返ってきた結果、狼男になったということなのだろうか。

 仮にそうだとしても、因果がめぐってくるまでの過程がわからなければ、追いかけたくてもこれ以上、追いかけようがない。


――こりゃ、月美の結果が出るのを待つしかないな


 ひとまず、自分が出した占の結果を書き残し、護は月美の部屋がある方へ視線を向けた。

 本来は客人であり、依頼とは関係のない月美を頼るなど、情けないといえば情けない話ではあるが、自分が使うことのできる手段はすべて使って事に当たらなければならない。

 そう判断し、今回ばかりはしかたがないと割り切ることにしたのだ。

 割り切ることにしたのだが。


「はぁ……情けない」


 そうすることしかできなかったことに、護はうなだれていた。

 できるだけ月美を自分の仕事に巻きこんだり、協力させたりしないようにと心がけていたのに、最後には彼女の手を借りるしかない。

 それだけでなく、彼女の占いの結果に頼ろうとしている考えが嫌になっている。


「何が情けないの?」

「ん?……いや、月美に頼り切りになっちゃってるところが情けないなぁと」


 いつの間にか入ってきていた月美に動揺することなく、護がそう返す。

 すると、月美は飽きれたようにため息をつき、護を背後から抱きしめてきた。


「もうちょっと頼っていいんだよ?」

「いや、そうは言うけど……」

「というか、頼って」


 少しだけ、護を抱きしめる腕に力を入れて、月美がそう話す。

 そんな彼女に護はそれ以上は何も反論できなかった。

 人間は誰かに必要とされることで、自分が生きていていいという実感を得ることができる生き物。

 それが大切な人であるならなおのこと必要だと思われたいし、頼ってほしいとも思う。

 だが、こと仕事に関して護は月美を頼ろうとはしない。

 もちろん、自分から手伝いを申し出ることもしてなかったが、声すらかけてもらえないというのは、まったく必要とされていないとも取れてしまう。

 それは月美にとっては悔しいし寂しいものだ。


「これは土御門家に、俺に寄せられた仕事だ。客人扱いの月美を頼ることはできない」

「なら、客人としてじゃなくて、同じ術者として頼って」

「いや、けど」

「む~っ!」


 反論しようとする護だったが、最終的に月美がむくれて、腕に力をいれてくる。

 さきほどよりも強く、ともすると締めおとされるのではないかと思ってしまうほどだ。


「い、いや。あの、つ、月美、さん?」

「……」

「ちょ、ちょっと待って……気絶し落ちちゃうから、それ以上は……」

「……」


 どうにか助けを乞う護だったが、月美はそれを無言で受け流し、護を容赦なく締め落とそうとしていた。


「わ、わかった! 頼る! 頼ります!! 頼らせていただきますから!!」

「……よし」


 さすがに命の危険を察知し、護がギブアップを宣言すると、月美はにっこりと笑いながら腕の力を緩める。

 本当に締めおとされるのではないか、という恐怖と息苦しさから、護は肩で息をしていた。


――こ、今度から、頼るときは頼ろう……うん、でないと俺が殺される……


 むろん、月美が護を手にかけることはないし、その逆もありえないのだが、月美の機嫌を損ねて殺されそうになるというのは、あまり気持ちのいいことではない。

 護は心のうちでそう宣言し、以降、本当に月美の力が必要なときは、月美に声をかけるよう、心がけることにした。

 呼吸が落ち着くと、護はいまだ抱きしめている月美の腕に手を添え。


「で、どうだった? そっちは」


 話題を占いの結果に無理矢理、変更した。


「見えたのはどこかの研究施設みたいな感じの建物だった」

「それだけ?」

「うん……他にもあったにはあったんだけど、途中からなんだか何かに邪魔されているような感じになって、あんまりよくわからなかったの」


 ごめん、と小さく謝る月美を慰めるように、護は月美の頭をなでる。

 水鏡占いは、その名の通り、見たいものを水鏡に映す、水晶占いのようなものだが、術者の干渉があった場合や霊力や妖力が極端に強い場所ではその映像が乱れることがある。

 おそらく、途中から術者の干渉を受けてしまい、映像が乱れたのだろう。

 だが、月美が出した占いの結果は、護にとって大きな情報となった。


「ところで……護の占いにはなんて??」

「あぁ、『人の業』『因果応報』の二つしか出てこなかったけど、月美の結果でなんとなくわかってきた」

「そうなの?」


 月美の問いかけに、護はうなずいて返す。


「確証はないし、仮説にすらなってないけど……今回の事件は、ある意味、狼男たちも被害者だ」


 日本国内のどこかに、秘密裏に存在している研究施設があり、そこで人体実験が行われた結果、その実験体が狼男へと変貌するようになった。

 あるいは、海外から拉致されてきた狼男が日本国内の研究施設でなにかの実験体とさせられていたのか。


「どっちにしても、国内のどっかにある施設が関係している可能性が高い」


 そして、狼男たちはその施設から逃げてきたのではないか。

 いずれにしても、狼男たちとその研究施設が何らかの関係があることは確かだ。

 となれば、次に打つべき手は研究施設の発見なのだが。


「けど、そんな場所、見つけられるの?」

「水鏡に映った施設の他に、何か気づいたこととかあるか?」

「え?……山の中ってことと、施設がレンガ造りになってたってことくらいだけれど」

「それだけわかれば十分だ」


 月美からさらに情報を引き出した護は、にやり、と頬を緩める。

 その様子に、何か企んでいることを察した月美は、苦笑を浮かべながら、どうするのかを問いかけた。


「さすがに俺たちだけじゃ無理だけど、あいつらならわかるだろうさ」


 その問いかけに、護は微笑みを浮かべて携帯電話を取り出すと、電話帳のデータを呼び出し、ある番号に通話を始めた。

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