第43話 帰り道での襲撃
護が立ち寄った書店で新書サイズの研究書を、月美は最近お気に入りの小説の新刊を購入すると書店を出た。
今度は午前中に回った場所とは反対の方向へ足をむけるが、そちらのほうはビジネスビルや劇場、あるいは映画館のほうが多く並んでいる。
そちらのほうは特に用事がない上に、夕飯時も近くなるため、二人は駅の方へ引き返す。
特に何もなく駅に到着し、最寄り駅に到着するまでの間、二人は電車の中で次に遊びに行くときの計画を練っていた。
話は電車を降りてからも続き、二人は話をしながら神社へ向かっていたのだが。
「……護」
「……お前も感じたか?」
「うん……けど、まだ日暮れじゃないのになんで?」
不意に寒気を感じ、二人は立ち止まる。
夕暮れ時という時間は、人が生活する時間である昼と妖たちが活発になる夜が混ざり合う、昼でもあり夜でもあるこの時間帯。
その時間は魔のものに出会いやすくなるとされ、『
二人が感じた寒気は、十中八九、妖が放つ妖気なのだが、空はまだ茜色に染まってはいない。
「とりあえず、人通りの少ない場所へ行こう」
「うん」
狙われているのかどうかはわからないが、妖気に似た気配感じたため、襲撃されることを想定して、人通りが少ないルートを選ぶことにした。
しばらく歩き続けていたが、寒気はまだ続いている。
それは、妖かそれに類するものが二人をつけ狙っているということにほかならない。
――この間のこともあったから、まさかとは思っていたけど。まさか、月美と一緒にいるときを狙ってくるたぁね
心中で毒付きながら、護は隣を歩く月美の手をつかみ、少しだけ歩く速度を上げる。
だが、寒気はなおも続いており、自分たちを狙っていることを理解すると。
「……月美、いけるか?」
護は歩きながら月美に問いかけると、質問の意図を察したのか笑みを浮かべながら返した。
「お札はそんなに用意してないけど、大丈夫」
「ははっ、頼もしいな」
その答えに、護は微笑みを浮かべながら返す。
だが、その目と声色は決して笑ってはいない。
「護、言っておくけど、わたしだけ逃げろっていうのはなしだからね?」
「いや、けどな……」
「わたしだって、術者の端くれよ?たしかに実戦経験はないけど、護のサポートくらいはできるわ!」
そう言いながら、月美はじっと護の目を見つめてくる。
そこに込められている強い光から、護はこれ以上は何を言っても引くつもりがないことを悟り、そっとため息をついた。
「わかった。けど、危ないって判断し……」
「しても逃げない。護一人を置いていくなんてできない」
「……まだ全部言ってないだろ」
わかってはいたが、月美の口から出てきた答えに、護はため息をつく。
とはいえ、月美の意思が揺らぐことはないことは、最初からわかっている。
これ以上の問答は無意味であると判断した護は、笑みを浮かべた。
「頼りにしてる!」
月美も護に答えるように、満面の笑みを浮かべてうなずく。
だが、二人の顔からはすぐに笑顔が消えて、自分たちが歩いてきた方向へ視線を向ける。
その視線の先には、サラリーマンのような風体の男がいた。
男はゆっくりと二人に近づいていくと、突然、その目付きを親の仇でも見るようなものへと変える。
同時に、男の顔は犬のそれのように徐々につきだしていき、顔が黒い毛でおおわれ、鋭い牙が生え始めた。
男の突然の変貌に、月美は小さく悲鳴を上げ、護は身構えながら。
「確認、するまでもないな。敵だ」
そうつぶやきながら、護は呪符を引きぬき、今まさに狼男へ変身している最中の男へ向けて投げつけた。
記された言霊の力を受け、呪符は炎に包まれた鷹のような形へと変化し、男の顔面に向かって飛んでいく。
だが、男が一声吠えると、鷹はその声で霧散し、跡形もなく姿を消してしまった。
「うわぁ……ろうそくの火みたいだな、まったく」
似たような光景を思い浮かべ、愚痴をこぼすが、すぐに次の行動に移った。
だが、行動を起こす前に完全に狼男へと変化した男は、人間ではありえない跳躍力で護たちに接近したが、男の拳が護に命中することはなく、はじき飛ばされる。
吹き飛ばされた男は、敵意を込めた目を護の背後に向けた。
その視線の先には、手の平に収まりそうな大きさの鏡を男に向けている月美の姿がある。
どうやら、鏡の霊力を使って一瞬で障壁を築いたらしい。
「ぐぅぅぅぅぅっ……」
恨めしそうに月美をにらみながら、狼男はうなり声をあげる。
その隙に、護は合掌し、言葉を紡ぐ。
「
山の怪異を避けるために唱える
狼は本来、山を住まいとする動物。
狼が変じた妖である狼男ならば、この神言を忌避すると考えてその神言を唱えたようだ。
護の判断は正しかったのだが、この術とて一時しのぎでしかない。
「逃げるにしても、倒すにしても。こりゃ少してこずりそうだな」
「だね」
狼男の動きを何一つ見逃さないよう、まっすぐに狼男をにらみながら、護と月美は気を引き締めてかからなければならないと感じていた。
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