第42話 久しぶりに、二人だけで

 雪美にからかわれながらも、朝食を食べた二人は身支度を整えて土御門神社から出かけていった。

 二人の足はそのまま駅へ向かい、副都心行きの電車に乗り込む。

 どうにか電車に乗り込んだ護と月美だったが、護は唐突に月美の方へ視線を向けてこの日の目的地について改めて問いかける。


「けど、よかったのか? 神社のあたりじゃなくて」

「うん。あのあたりは明美に連れていってもらおうかなって思ってるから」


 花のような笑みを浮かべて返してきた月美の答えに護は、と納得したようにうなずいた。

 だが、今回、電車で移動しようとしている理由は近所は友達に案内してもらいたいと思っているからというだけではなく。


「それに、護も修行ばっかりであんまり遠出はしないんでしょ?」

「ん? まぁ、そうだな」

「だから、いっそ二人で遠出しようかなと思って……そのほうが、護の息抜きになるかなぁって」


 月美は護が毎日、それこそ日曜も祝日もなく日夜、修行に励んでいることをちゃんと知っている。

 陰陽師の術、特に屈指の陰陽師と謳われた安倍晴明の末裔たる土御門家には、彼が遺した秘術を後世に伝える義務があるというだけでなく、土御門家の後継者である以上、遺された秘術を身に着け、扱い、使いこなすために様々な修行を重ねなければならない。

 必然的に、休日もそのほとんどの時間が修行に充てることとなり、月美との時間よりも優先順位が高くなる。

 そのことを寂しく思っていないわけではないが、月美もまた術者の家系に生まれた人間であるためそのことは理解し、受け入れている。

 だが、修行ばかりでは息が詰まるし、精神的に追い詰められる原因ともなりかねない。

 そのため、こうして息抜きに誘ってくれたようだ。


「……ありがとな」

「どういたしまして」


 月美の気持ちを察し、護は穏やかな微笑みを浮かべ、お礼をいうと、月美はすぐに微笑みを浮かべてそう返した。

 しばらく列車に揺られながら、他愛ない話をしていると終点駅に到着し、二人は駅から出たのだが。


「……さて、どこ行こうかなぁ」

「わたしは護の知ってる場所だったら、どこでもいいよ?」

「と言われてもなぁ……この辺で行くところって、書店だけだし」


 北関東の入り口と称される町であるため、駅周辺には多くのオフィスビルや百貨店の類が並んでいるが、護は基本的に神社周辺から出ることがない。

 必要最低限の用事でしか立ち寄ったことがなく、このあたりのことにはあまり詳しくはないのだ。

 申し訳なさそうにしている護の様子に、月美はにっこりと笑っていた。


「そんなこと気にしなくても大丈夫。一緒に色々見て回ろうよ? そのほうが面白そうだし」

「それもそうだな」


 月美の提案に、護は納得したようにうなずく。

 護の不安が解消されたことを察した月美は、自分の手を差しだしてきた。

 そこまでされて、何がしたいのか察することができないほど、護は鈍感ではない。

 護は差しだされた手とは反対の手を月美の方に差しだし、その手をつないだ。

 どこか照れくさそうな笑みを互いに浮かべると、そのまま歩き始めた。


「……それにしてもすごい人だよねぇ」

「ここの駅は色んな路線が集中してるから、人が集まりやすいんだろうな」

「……出雲駅みたいな感じ?」

「そんな感じ……あそこよりちょっと小規模だけど」


 出雲出身である月美のイメージとしては、新幹線の停車駅がある周辺市街がすぐに思い浮かんだのだろう。

 とはいえ、首都圏と地方の差があるため、多少、規模に大小はあるがイメージとしては間違っていないはず。

 そう思ったから、護はそう返していた。


「って、いつまでもここにいたら邪魔になるな。早く行こう」

「あ、ちょっと待って!」


 二人は手をつないだまま、人ごみのなかを歩く。

 しばらくそんなことを続けていた二人だったが、昼時に差し掛かるとさすがに空腹を覚え、どこか食事ができる場所がないか、探し始める。

 だが、周囲を見回すがあるのはハンバーガーや丼もののチェーン店が多く、神社の周辺でもよく見かける月美は明美との学校帰りにいつも立ち寄っているため、あまり入る気になれない。

 せっかく、遊びに来たのだからどこか珍しいところに、と思っているために起きていることなのだから、仕方がないといえば仕方がないのだが。

 互いに空腹の苛立ちで喧嘩にならないうちに、と思いつつ、周囲を見ていると、一軒の喫茶店が目に入った。


「月美」

「護」

「「あそこなんて……え?」」


 二人はほぼ同時に同じく方へ目を向け、同じ喫茶店を指差していた。

 まさか互いに同じ店に惹かれるとは思わず、驚きに顔を見合わせた二人はなんだかおかしくなり、互いに微笑みを浮かべながら、店の中に入る。

 数十分後、二人は昼食を終えると、護がいつも立ち寄っているという書店へやってきた。

 大手企業の本店というだけあり、ジャンルもさることながら、扱っている本の数が近所の書店とは段違いである。

 出雲でもめったに見ることのない在庫数に、月美は圧倒されていると。


「先に行くよ?」

「あ、待ってよ!!」


 目的の本が置かれている場所に行こうとした護が、余計な心配をかけさせまいと、月美に声をかけた。

 月美はその声で我に返り、護を追いかけていく。

 護がむかった先は、意外にも民俗学のコーナーだった。

 てっきり、漫画やライトノベルか、文芸や新書のコーナーに行くと思っていた月美は、思わず護に声をかける。


「民俗学に興味あるんだ?」

「ん? あぁ、まぁな」

「民俗学者にとっては宝の山みたいな家なのに?」


 土御門神社はそれなりに歴史が古い。

 そもそも、土御門家は大陰陽師と称される安倍晴明の直系であり、彼が残したとされる書も大量にある。

 その気になれば、いくらでも研究し放題のはずだ。

 だが、護にはこのコーナーに立ち寄る理由があった。


「人によって解釈が違うってのはわかるんだけど、やっぱり手引書みたいな感じのものがあると楽だからさ」

「あ、そういう」


 要するに、資料を扱うにもまずは基礎となる知識が必要になるため、それを得るための教科書がほしい、ということのようだ。

 そのために、人によって解釈が違うということを承知の上で、研究書や論文を求めているようだ。

 とはいえ。


「……やっぱり高いなぁ、論文となると……」


 一万円近くする論文や叢書そうしょとなると、やはり高校生には遠いもののようだ。

 目当ての本を前に、買おうかどうしようか悩んでいる護の姿を見て。


――だったら、わざわざ買わないで図書館で借りればいいのに


 と思っていたのだが、そこはそれぞれのこだわりがあるのだろうと思い直し、月美はあえて口に出すことはしないでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る