第30話 最悪な初対面
「動くなっ!」
凛とした少女の声が護に命じてきた。
護はその言葉に従い、動きを止めて両手を上げる。
ホールドアップの姿勢を取ったことで、少女は護に抵抗する気がないことを理解したのか、凛とした口調で質問してきた。
「質問に答えてもらおう。貴様はここで何をしている?」
「キャッチボールしてたらボールがこっちに飛んでっちゃって、って言ったら信じます?」
下手に詮索されることを避けるため、無愛想な声でとっさにでっち上げた嘘の用件を伝えてみたが、そんな嘘に騙されるような単純な人ではなかったらしい。
顔は見えないが、怪訝な顔をしていることを察することができる、不機嫌な声で返してくる。
「そんな見え透いた嘘でごまかせると思っているのか?」
「何を根拠に嘘と?」
「この廃屋の周囲に君くらいの年齢の人も、まして子どももいなかったからな。まさか、一人でキャッチボールなんてことはないだろ?」
護の言葉に、少女はまるで見ていたかのように返答する。
どうやら、この周囲は見張られているようだ。
そのことを少女の言葉から察した護は、手を上げたままそっとため息をついた。
「なるほど。もう少しましな嘘の方がよかったな、つくとしても」
「嘘だということは認めるわけだ。なら、目的を聞こうか?」
「その前にその物騒なものを下ろしてくれないか? それと、そろそろ腕が疲れてきたんで下げても?」
「許すと思うか? それとも、貴様、この周辺を徘徊しているという特殊生物か?」
少女は護の頼みを一刀両断してきた。
そのうえ、外見だけでなく、気配を探れば人間だということがわかるだろうに人外扱いだ。
――自分の常識が通用しない存在イコール特殊生物とか、暴論はかないだろうな、この女……
人外扱いされたことに慣れてはいるが、正面から言われるとさすがに腹が立ったらしい。
湧き上がってくる怒りを抑えながら、護は少女の正体について考えを巡らせる。
――こいつ、『特殊生物』って言ったよな? たしか、父さんの話じゃ、妖をそう呼ぶ同業の組織があるって言っていたけど……
特殊生物という呼称から、護は翼から聞いていた話を思い出す。
翼の話では、妖のことを『特殊生物』と呼称する人間は、術者が職員を務める『特殊状況調査局』という公的組織が存在しているとのことだ。
今の状況と、それらの知識から、護はこの少女が調査局から派遣された職員であることを簡単に推測できる。
――声の感じからして、俺や月美と同い年ぐらいか?……だとしたら、いいようにされるのは面白くねぇな
声の若さからして、自分と同年代であることも理解できたが、護としては自分と年齢の近い同業者にいいようにされていることを不愉快に感じていた。
ただでさえ、正面から人外扱いされて腹が立っていることもあって、護は徐々に不機嫌になっていき、最終的には。
――もう、大人しくするのはやめて、お灸をすえてやろうかな?
と、物騒なことを考え始めていた。
だが、考えるだけで実行しようとするほど、護は短絡的ではない。
この状況からどうやって抜け出そうか考えていたのだが、先に少女の方が行動に出る。
「答えない、ということは答えたくない事情があると思っていい。そういうことだな?」
「おいおい、『答えろ』なんて一言も言ってないのに答える義理があると思うのか?」
「問答無用だ! 貴様を連行する!!」
「いくらなんでも強引すぎるんじゃないかな?!」
捜査員のその言葉を皮切りに、護は振り向きながら、裏拳をその顔に叩きつけようとした。
だが、捜査員はその動きに気づき、わずかに顔をそらし、紙一重でその攻撃を回避する。
護が敵対行動を起こしたと認識した捜査員は、ジャケットの内側に手を入れ、何かを取りだそうとしたが、それよりも早く護の拳が、捜査員のみぞおちにむけて飛ぶ。
「くっ?!」
「縛っ!!」
捜査員はその拳を受け止めて距離を取ろうとしたが、それよりも早く、護はもう片方の手で刀印を結び、短く呪文を紡ぐ。
その瞬間、捜査員の体はまるで何かに拘束されているかのように動きを止めた。
その現象の正体は引き起こした護はもとより、捜査員も知っている。
いや、知っていて当然だ。
「これは縛魔の術?! 貴様、やはり今回の一件に関わっているというのか?!」
「これを知ってるってことは、やっぱり術者か……で、今回の一件ってのは何のことだよ?」
「……あくまでとぼけるというのか」
「いや、だからとぼけるもなにも」
術を使ったことに驚愕したかと思えば、なんのことだか本当にわからない。
だというのに、まるでこちらが関与しているかのような問いかけに、護は辟易しながら返そうとした瞬間。
「ならば……解っ!!」
捜査員は縛られた状態のまま、護がやったのと同じように短く言葉を紡いだ。
その瞬間、捜査員を拘束していた術が解除された。
だが、護は特に驚いている様子はない。
むしろ、これくらいはできて当然だろう、という余裕さえ感じられる。
その証拠に。
「……で? そこからどうする?」
と、不敵な笑みを浮かべながら護は捜査員に問いかけてていた。
その態度が気に入らなかったのか、捜査員は護を鋭く睨みつけながら。
「なめるな!! 特殊状況調査局捜査員、
光と名乗った捜査員は右手で刀印を結び、その切っ先を護にむけ、そう宣言した。
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