第2話 ピリオ・ド・シュリア


魔術王国『ワイン・インパレス』の国境付近の小さな村『ノンビーリ村』の宿屋『魔法少女のウィンク』の一室。


その小さな部屋は天井を見れば蜘蛛の巣が張り巡らされ、床に耳を当てれば鼠の声が聞こえる、薄汚れた部屋だった。

その部屋の床にはチョークで魔法陣が書かれており、周囲には等間隔で蝋燭が置かれている。


時刻は午前2時。真夜中の室内を照らすのはその蝋燭の灯りだけだ。

その灯りの前に現れたのはローブを着た少年だ。

短い茶髪に黄緑色の瞳で少年らしいまるっこい顔をしている。

少年は呪文を唱えながらローブから本を取り出す。

タイトルは『おばかなまほうつかいダンクのおはなし』と書いてあった。

小さな魔術師は呪文を唱えながら本を魔法陣の中心に置き、そして少し離れたかと思うと机の上に置いてあるサルスベリの木で作られた0・5メール(この世界では1メールが100センチであり、0・5メールは50センチ程)を手に取り、呪文を少しずつ大声で詠唱し続ける。

少年の呪文に合わせて蝋燭の火が大きく揺らめく。そのタイミングを逃さず少年は杖を魔法陣に向けた。

その瞬間、全ての蝋燭の火が大きく燃え上がり一瞬で部屋の天井まで燃え上がった。この火を少年は思わず見とれてしまい、火の粉が少年の杖を持つ手の甲に当たる。


「アチッ!」


その一言で唱え続けた呪文が途切れてしまい、蝋燭の火が一瞬で消えてしまう。

そして部屋は暗闇と静寂に包まれてしまった。

その中で少年は溜め息をつきながら呟く。


「あーあ、また失敗しちゃった。

やっぱり家の中で魔術を使うのは危険だな。

早くいい実験場所を探さないと」


少年は入り口付近に置いてあった水入りバケツと雑巾を取りだし、部屋の掃除にかかった。

この少年の名はピリオ・ド・シュリア。

この宿屋の主人の息子であり、まほうつかいダンクに憧れている魔術師見習いである。


~~~~~~~~~~~~~


宿屋『魔法少女のウィンク』の朝は早い。

日が出ずる前に主人は目を覚まし、宿泊客の為に朝食を作り上げる為、そして放送魔石から流れる放送を聞くためだからだ。


「ふわ…さて、今日も頑張るか」


主人の名前はオタク・ド・シュリア。常連客からは『我等の希望』と呼ばれている。ピリオと同じ茶髪であり髪は腰まで届く程長く、とても端正な顔つきをしているがそれを隠すように分厚いメガネをかけている。

ひょろ長い体で2メール位(2メールはこの世界では2メートルである)。

その長い体で食堂の天井近くに飾られている放送魔石に触り、呪文を唱える。


「我は訊ねる。

其の石の輝きの向こう側に潜む世界の真実を。

其の世界の虚構を。

我はどこまでも訊ねよう」


放送魔石は筒のような形をした緑色の石である。

その魔石が輝き、やがて若い女性の声が聞こえてくる。


『ヤッホーー!

皆、今日も元気かなー?』

「元気でございます!

ロリブレイン様アアア!!」


この奇声が誰の声かは語るに及ばず。

筒の方から聞こえてきたのは放送魔石で大人気の番組『魔法少女ロリブレイン』のメインキャスター、ロリブレインだ。

彼女の声はとても個性的で、『魅了』の魔術がかかってないにも関わらず成人男性もしくは魔物から大人気である。


『ロリブレインは今日も元気イッパ〜イ!

皆に元気、分け与えたいくらいだよー』

「もう貰っちゃってますよ!

ムハー!みなぎってきたあああ!」


オタクが無茶苦茶な大声で叫ぶ。

その声で宿泊客達は目を覚まし、食堂に降りてくる。


「マスター、おはよ…」

「おはようございます、皆さん!

朝食は既に出来てますよおお!」

「ありがとねー」


客達は眠そうな声で応答し、だるそうに朝食が並んでいる机に向かう。

彼等にとってこの奇声は、もはや日の出に鳴く鶏と同じなのだ。

そして魔石からはロリブレインの声が聞こえてくる。


『今日1日の天気を占うと、どうやら首都は雨みたい!

これからがんばる皆は、雨はじきの魔術忘れちゃダメだぞ〜』

「ロリブレイン様の声を忘れる奴なんていないよアハハハ〜」

『あ、それから今日はノンビーリ村の方で何か凄い事が起きるみたい!

もしあったら魔石で教えてね、明日伝えるからねー』

「ハーイ、今日のノンビーリ村の1日、全部伝えるからね〜アハハ〜アハハ〜アハハハ〜」


能天気な声で魔石に話しかけるオタク・ド・シュリア。

客達は誰も気にしていない。

そして階段からピリオが降りてきた。


「おはよー、お父さん」

「おお、おはっよー我が息子よ!

今日も1日頑張ろうな!な!」

「うん。

あ、朝食先に食べちゃうね」

「イェア!イェア!イェア!」


ピリオはのんびりと朝食を食べて、オタクは夢中で放送を聞いている。

ピリオは一瞬、昨日の魔術に使用した本の最後の一文を思い出したが、それを口に出さずに朝食を食べ続けていた。


これが宿屋『魔法少女のウィンク』のいつも通りの朝食である。

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