第3話 軌道
新品のジョーカーを僕に向かって投げ渡す。水を救うように受け取ると、僕は男の顔を見上げた。先ほど感じた鋭い眼光とは違って、秘密めいた瞳で近寄って来る。頭を下げて、会釈をしようとしたら、男は手を前に出して制した。
「たいしたことじゃねえ。それに男が簡単に頭を下げるなよ。その瞬間、相手は下と見てくる。それは俺があげたんだ、素直に受け取っとけよ。嗚呼、それと礼なんていらねえよ」
男の言葉を素直に受け取ると、男は僕の顔を数秒ほど見つめた。そして一言、ついて来いーーと言うのだった。煙草を貰ったこともあり、断ることもできなかった。だけど新聞配達の途中だったので、内心頭の中ではそれが気になった。すると男は背中を向けたまま……
「ボウズ、仕事の途中なんだろう。そっちが気になるなら行けよ。それが世の為人の為になると思ったらな。たいしたことないなら俺について来いよ」
僕はその場から一歩踏み出した。名も知らぬ男の背中から何かを感じたからだ。この後、何が待っているかはわからない。それでも僕は世の為人の為に、新聞配達がなるなんて思わなかった。だから男の言葉を借りて……
「たいしたことありません」と男の背中に向かって言うのだった。
男は振り向かなかったけど、僕には男が笑っているように見えた。19歳の少年と男の差は果てしないかもしれないが、僕は今をもって、新たな道を歩もうと決心するのだった。冬の訪れが示すように冷たい風は夕焼けを暗くした。路地裏を黙々と歩く男の背中を見失わないように、僕は胸の鼓動と歩幅を合わせながら追いかけた。
もしも僕に兄が居たら、きっと背中を追いかけたに違いない。兄からはぐれないように、僕は冷たい風を引き連れて走った。人は経験がなくても、勘違いに似た感情が心に染みる。これは生きた時代を、日々流れる風景となっているからだろう。
僕のちっぽけだった人生が、軌道を変えるように宇宙へ飛び立った。
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