第33話 彼女の部屋

たっぷりの汗を掻いて、各部屋の掃除を終えた。僕は心身ともに仕事の疲れを肌に感じた。今までやってきた仕事と違う労力に、僕の腹の虫が恥ずかしいくらい鳴いていた。頭の中で考えるのは、マンションに帰ってからの夕飯だった。教えに従って、僕は制服から私服に着替えて事務所へと向かった。



事務所の扉前に来た時、部屋の中から関田さんの声が聞こえた。初日以来、姿を見ていなかったけど、ドスのきいた声は扉越しからも十分迫力はあった。話の途中で、もしもしーーと声を挟んでいたので電話口だとわかる。



「お前もか!!何か理由があるんだろうな。……ああ、うん……、それで?そうか、わかった……」と関田さんは電話口の相手に言うと、少し興奮気味に電話を切った。



なんだか入りずらくなり、その場から足音をさせないように離れた。あんな話し声を聞いたら事務所なんかに入れない。中に居る美琴さんが心配になったが、僕が立ち入る話しではないと思った。知らなくてもいい世界がある。それは闇の世界で関わることがタブーとされていたから……とは言え、事務所の中にあるタイムカードを押さなくてならない。それに僕は美琴さんと一緒に帰ることを決められている。それは毎日の日課だし、破ることは日常生活を乱す意味でもあった。困った僕は、宛てもなく廊下をウロウロしては歩いた。そんな時、店の風俗嬢たちが使用している部屋の中から、入り口ののれんを通して小さな灯りが漏れているのに気付いた。



こんな時間に誰か残っているのか?初日の時もそうだったけど、彼女たちは仕事が終わると、すぐに帰宅することを知っていた。ヒロさんから聞いたのだけど、彼女たちは身体が仕事道具、大切な身体を休ませるためには、よっぽどの用がない限りは家路につくと決まっていた。それは店の決まりでもあったし、大切なお客様に満足してもらうために、美しい身体を提供するのも風俗嬢の大切な仕事だった。


もしかして電気を消し忘れたかもしれない。そう思って、僕は店のルールでは禁じられていた彼女たちの部屋へ足を向けた。それでも一様、部屋に居るかもしれない彼女たちに気付かれないよう、ゆっくりと部屋の前まで進んだ。


廊下の窓から見える街並みに、音ない雨が降ろうとしていた。

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