第32話 噂話とロケット

噂話ほど真実に近くて、修正のできないロケットの起動なんだよ。それは僕たちが大気圏で生きられないように、噂話も真実に近い軌道をギリギリで飛んでいる。どんなにあがいても、一度や二度の噂話は軌道を変えずに突き進む。僕たちみたいに大気圏で消滅してくれたら何てことないのに。噂話ってのはそんな簡単な問題じゃないってこそさ……



「それが僕の選択した事と関係してるんですか?」と店の裏で初日と同じように二人して煙草を吸っていた。



「関係があるかって言えば、そうでもないけどよ。ただお前の選んだ客は間違っていた。酔っ払ったおっさんが果たして本当に風俗店に行くと思うか?確かに酔っ払って気分が大きくなったおっさんなら行くと思うよな。普通ならそうかもしれないけどよ。でもな、ああいうおっさんは金なんて持っていない」とヒロさんはそう言うと、優雅に煙草の煙を空に吐いた。



「だったら挙動不審の人なんですか?」


「馬鹿ちげーよ。あれは単なる危ねえ奴だ。あそこは頭のかたそうなサラリーマンなんだよ。どうしてわかるか?」ヒロさんの質問に僕は首を振った。



「ああいう頭のかたそうなおっさんは、普段真面目に働いているんだぜ。きっと会社でも真面目で役職クラスだろう。でもな、そんな人間な奴ほど、会社での噂話に嫌気が指してんだ。真面目で家庭を大事にして、ギャンブルもやらない真面目人間と、陰で言われんだよ。それが噂話となり当たり前になっていく。そして頭のかたそうなおっさんは、噂話で現実に近くなって形成されるんだよ。本人にしたら辛いだろうな。だから安らぎを求めて、金を使って風俗なんかに行くんだよ。でもよ、風俗なんかじゃなくても良くないかって思うよな」ヒロさんはそう言うと、煙草を足元に落として踏み潰した。



「違うんだよな。勝手な都合で創られたイメージを保つのは疲れるんだよ。だからまったく真逆のロケットに乗り込んで飛び立ちたいんだよな。それがたまたま風俗店という場所ってことさ。お前はまだ若いからわかんねぇかもしれねぇけどさ、いつかそんな噂話に疲れた親父の気持ちがわかってくるさ」



ロケットは大気圏を耐えて、現実社会という疲れる場所に着陸しては探索している。僕たちの仕事は、いろんな人たちの人生を見つけては、そんな大人たちに安らぎの場所を提供しているかもしれない。風俗という偏見は別にして、僕はこの頃からこの仕事に対して誇りに思うようになったかも。そんな風に思っては、空を見上げて考えた。



僕たちを見下ろす灰色の雲は、ゆっくりと黒く濃い塊へと変わっていった。

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