自称勇者は冒険がしたい!

@enkid-writter

第1話

 よう、俺の名前はアレックス! イカしてるだろ? なんせアックスとレックスの合体系だぜ!? つまりフィーリングだよフィーリング!

 そんなイカした俺の将来の職業は勇者だ! そう、戦場を駆け、世界の危機を救い、魔王を倒して御姫様とハネムーンなナイスガイさ! 本で読んだぜ!

 野暮ったい山奥の村なんか俺には狭すぎる。本で読んだみたいにもっとイカした冒険がしたい。そう思って、つい先刻村を飛び出したのさ!

 目的地は山を降りた麓の街だ。そこで冒険者になって、俺の伝説を始めるんだぜ!


「そういうわけだ。オマエに構ってる暇はないんだぜ、ブヨブヨ緑野郎」

「ピギィ! ピギィィィ!」


 身体ごと感覚器を震わせ警告音を発するのは、緑色の不定形粘体だ。

 森スライムと呼ばれるこいつらは、普段あまり他の生物を襲うことは無い。遅いし、内臓剥き出しで弱点丸見えだからだ。

 粘液を纏った単細胞生物が、何故こんなにも威嚇して来るのかというと、不注意で俺が踏み付けたからだ。

 浮かれてスキップしてたら足元がねっちょり。冒険のスタートだって言うのにツイてないんだぜ!


「へっ! スライムのくせに大した度胸だ。狩りのときはガン無視してたが、冒険者になる俺の前に立ち塞がるなら容赦はしないぜ!」

「ピギィィィィィィィィィィィ!」

「えっ、ちょ、おまっ、何だその血管ビキビキィッ! って感じの変態は!? スライムだからか! この変態野郎!」


 変化は突然だった。森スライムがぶるり、と身体を震わせると、粘液が若干湿り気を失って硬質化し、腕のようなものが生えてきたのだ。

 恐らく普段は胃などの内臓にしまっている内容物を吐き出したのだろう。

 森スライムは一度縮むと、弾力性を利用した一撃が跳ねた。


「ピギ!」

「ぐふっ!?」

「ピギィ!」

「ガハッ!?」

「ピギィィィィィィィィィィィ!」

「ぐわあああ――!?」


 ば、馬鹿な……! スライムが変態してコンビネーションパンチを繰り出してくるなんて。こいつブヨブヨしてるくせになんて重いボディ持ってやがる……!

 こ、このままだと負けちまう。一体どうしたら……!?


「ファイヤーボール!」

「うぎゃあ! 熱っちぃ――!?」

「ピギィィィィィィィィィィィ!?」


 突然背後から火の玉が飛んできた。スライムに直撃した火球によって、近距離でボコられていた俺にもダメージが入る。肌が焼かれる痛みに悲鳴を上げた。


「うぐぅ……! あ、があっ……!」

「ピギィ……」


 火傷の痛みで倒れ込んだ。視線の先にはぶすぶすと煙を上げるスライムの姿。先ほどのアグレッシブなファイトを見せた面影はない。

 何故だろう。痛い目に合わされた憎むべきモンスターだっていうのに、俺は奴に対して淡い友情を感――


「大丈夫? ごめんね、当てるつもりはなかったんだけど」

「スラァァァァァァァァイムッッッ!」


 スライムは無慈悲にも何者かに踏まれて粉々に飛び散った。緑の液が気持ち悪い。


「火傷してるわね。……うーん、まあ、自己責任よね。勿体ないけどしょうがないわ」

「一体何のうおごぉ!?」


 俺はスライムを踏み付けた何者かが目の前に座り込む。そのまま鼻を摘まんで息を止められ、無理矢理瓶の中の液体を口に注ぎ込まれた。


「お、オマエ、俺に何おぎゃあああ――!?」

「うわ、近くでみると結構えぐいわね」


 火傷で火照っていた身体が、さらに爆発したような熱を得た。その余りの激痛に耐え切れず、俺の目の前が真っ暗になっていく。

 これが俺の冒険の終わりか。だが、せめて一言……!


「いちごのパンツ……!」

「死ね」


 衝撃と共に、俺の意識は落ちた。


「ハッ! ……ここは何処だ」

「目覚めたわね。傷も治ったみたいだし、私は行くわ」

「オマエは俺とスライムを焼いて前屈みで液体飲ませていちごパンツ見せてきた少女!」

「もう一度焼かれたい?」


 まあまあ、と仰向けで制しつつ、俺は問うべきことを問うた。


「色々言いたいことはあるけど、まずはお礼を言っとく。――ありがとう、助かった」

「ん、まあ、受け取っとく」

「俺はアレックス。いずれ勇者になる男だ」

「……何か急に放置したくなったけど、一応名乗り返すわ。イリアステル、冒険者よ」


 そうか、と頷きながら立ち上がる。焼け焦げた服と壊れた装備を脱ぎ払い、俺は半裸になって言った。


「どうだ? 俺はその内伝説になるつもりなんだけど、オマエもその一員になるというのは」

「何がどうだなのかさっぱりだけど、お断りするわ。アンタに関わるのもこれで最後だと思うし」

「そっか、ならまた会おうぜイリアステル!」


 そう言って、互いに歩き始めた俺達。


「…………なんで、ついてくるわけ?」

「イリアステルは冒険者なんだろ? ということは、麓の街のギルドに帰る途中。俺も目的地は同じだしな。――やあ! また会ったな! 偶然だね!」

「よしわかった。燃やされたいのねアンタ」

「まあ待て、ときに落ち着け」


 待たれなかった。


    ●


「えっと、イリアステルちゃん、その上半身裸で黒焦げな彼は誰なのかしら?」

「さあ、知り合いでも何でもないから知らないわ」

「おいおい、俺をあんなにも熱く(物理)させたのにそりゃないぜ。おかげで村から持ってきたもの全部焼けちまったしよ。あ、俺冒険者志望な?」

「これ、クエストにあった薬草ね。規定以上集まったから余りは貰っていくわ」


 遮りつつ、イリアステルは薬草を詰めた袋をカウンターに置く。それに合わせ渡された報告書に、薬草の数と差分を記入し、実際の経過を簡単に説明した。

 そうしていると、焦げ臭い野蛮人があからさまに顔を覗き込んでくる。罵倒しようかと思っていると、野蛮人が興味深げに報告書を見つめながら言う。


「おお、冒険者の依頼ってこんな感じで処理すんのか。紙に一々書き込んだりするんだな、面倒じゃないの?」

「ええっと、自己申告ではあるんだけど、本人の記憶として残すよりも紙に残しておいた方が証言として価値があるの。手違いがあっても書類があるから嘘はつけないわ」

「へー、都会は進んでるなあ。村じゃ"獲物は狩った! って言った者勝ち!"ってよく殴り合いになってたからなあ」

「いいから邪魔しないでどっか行きなさいよ野蛮人」


 受付のミーアと話し込み始めたところをイリアステルが睨み付けると、焦げた野蛮人がサムズアップして笑った。

 鬱陶しいので尻に膝を叩き込む。あひん、と悲鳴を上げる野蛮人を無視して報告書を提出する。

 ミーアは報告書を受け取り、苦笑しつつ言った。


「駄目よイリアちゃん。冒険者ギルドは基本、どんな人でも来る者拒まず去る者選定の組織なんだから。――問題のある人でも一応受け付けないと」

「おいおい御姉さん! 色々アバウトじゃね!?」

「うーんと、まずは名前から教えてもらえるかな?」

「よくぞ聞いてくれました。いいか、俺の名は――」

「いいから早く言いなさいよ」


 無駄なポーズと溜めがイラついたので膝を叩き込んだ。


「あひぃん、お、オメエ今普通に名乗ろうとしてただろうが、嫌がらせか!? あ、俺アレックスっていいまーッス」

「年齢と性別は?」

「年は一五。……性別って見た目で解るんじゃね?」


 ミーアが苦笑しながら向けた視線の先、騒々しい声が聞こえてくる。冒険者ギルド内部に併設されている酒場の喧騒だ。その一部、筋肉質な男達がビキニアーマーを纏いながら、


「貴方達、よくやったわね! 今日はヌメリダケが大量に手に入ったわ!」

「御姉さま! 私、一番頑張ったのはわ・た・く・しなのよぉ」

「御姉さま! 私が一番活躍したわ!」

「いやん、御姉さま! 私が一番お傍に居ましたわ!」

「フフフ、そんなに争わなくてもヌメリダケは無くならないわ。皆で仲良くヌメヌメになりましょう!」


 おお、と野太い歓声が聞こえ、若干現実を拒否したくなるが我慢する。ヌメリは可燃性なので今火を叩き込めば不快は消えるが、流石にそれは八つ当たりだ。イライラの原因は、目の前でしきりに頷く野蛮人なのだ。


    ●

    

 アレックスは、冒険者登録の手続きを進めながら思う。

 ……冒険者って、聞いてた通り色んな奴がいるんだなあ。村に時折獲物のなめし革を買い付けに来る業者の話によると、その風貌から実力まで様々だと聞いていた。

 実際詰め所である酒場を覗けば、さっきの景観破壊してるビキニアーマー集団の他にも、駄弁ったり賭け事してたり殴り合ってたりと好き勝手に過ごしている。

 酒が入ると乱闘になるのは何処も変わらないんだなあ、とか思いつつ、受付の御姉さんがこちらに声を掛けてくる。


「はい、登録完了しました。下位三等ランクの冒険者として貴方は当冒険者ギルド"虎の摘め"に所属します。今後規約違反などの問題行為を起こした場合、罰則を受ける可能性があるので注意してくださいね?」

「オーケーオーケー大丈夫だって! すぐに誰とでも仲良くなるから! なあ!」

「報奨金は口座に預けるわ、それじゃ」


 イリアステルに振ってみたが見事にスルーされた。……ほほーん、あれだな? 俺への振りだなコレは。いいだろう、勇者を目指して常に目立つ方法を考えてきた俺の技を見よ……!


「イリアステルちゃんのパンツ柄知りたい人手ぇ上げて――!」

「ちょ……!」

『なにぃ――!?』


 酒場の男勢が一斉に立ち上がる。ふっ、どうやらこの技は都会でも有効なようだな。男の性に田舎も都会も無い。だって、皆気になるあの子のパンツが見たいからな……!

 納得の出来に満足していると、いちご柄の少女が震えながらこちらを睨んでいる。その顔はパンツ柄と同じく赤く色づいていた。


「ア、アンタ一体何のつもりで……!」

「ふっ、解らねえのか?」

「なんなのよ! 半裸で伝説の勇者になるとか訳の分からない言う野蛮人のことなんて解るわけないでしょ!?」

「ただイリアステルの嫌がる顔を見ながらパンツの柄を皆にばらしたいだけだ……!」

「本当に何なのよもお――――!!」

『パンツ! パンツ!』


 パンツコールがギルド内に木霊する。その状況にアレックスは満足すると、自分を睨むイリアステルに言った。


「俺の仲間になるか、パンツ柄をばらされるか。そのどちらかだイリアステル。さあ選べ……!」

「さ、最悪! 最悪最悪最悪! 信じられないくらい最悪な野蛮人!」

「それは仲間になるってことでいいのか? ん?」

「も、燃やしてやる……!」

「早まるな! 俺のパンツが晒されるだろうが! そんな悲劇が起きてもいいのか!?」


 ついでに酒場からの野次が飛び、ギルドがさらに騒がしくなっていく。その瞬間、


「うっるさいわねえ……。静かにしなさいよこっちは二日酔いなんだから……」


 酒場中央に存在する階段。そこから足音と共に声が聞こえてきた。アレックスは、目の前の少女よりも不機嫌そうな顔をした美女が降りてきたのを見た。

 燃える赤毛の美女は、青いしかめ面のままギルド内を見回して言う。


「もー酒入ると楽しいのは解るけど、得てして暴走しやすいんだから自重してよねー」

「あ、ギルドマスター、起きて大丈夫なんですか? 昨日随分飲んでたみたいですけど」

「ミーアは優しいなあ。大丈夫よ、酒飲んで楽しく運動して目が覚めたら上位一等ランクのパーティー伸してただけだから」

『自重しろよ!!』


 周囲のツッコミを無視して、ギルドマスターはカウンターにいるアレックス達に視線を向けた。


「あらー? イリアちゃん、貴女遂にパーティー組むの? 上半身裸とか若いと体裁が大変だろうけど恥ずかしがることないわよ!」

「違うわよ! 誰がこんな野蛮人と組みたいと思うのよ! だって変態なのよ!?」

「上半身裸なのはイリアステルに服燃やされたからなんだけどな」

「その辺よく解らないけど、ちょうどいいじゃない。イリアちゃんそろそろ下位ランク卒業したいって言ってたでしょ? そこの彼と組めば昇格条件満たせるわよ」


 ギルドマスターの言葉に冗談じゃない、とイリアステルは顔を歪めた。しかし、即座に言い返さないことから、何やら葛藤があるらしい。

 ここはナイスフォローで仲間をゲットする場面じゃないだろうか? アレックスは、散々読み返した勇者の物語からいい感じの台詞をチョイスしていく。

 うーむ、『君がその力を良いことに使うなら、僕は君を支持しよう』は何か違うな。『暁の空を共に目指そう』とかはどうだろう。くっ、意外と思いつかないもんだな……。

 だが、言うべきことは確かだ。自分はイリアステルを仲間にしたい。命の恩人で、何と言っても攻撃力がいい。あの炎の威力があれば、モンスター狩りも一段と楽になるだろう。

 勇者も言っていた。『頼りにすべきは仲間の力。――信頼できる火力である』と。ならば言おう。


「イリアステル、俺からも改めて頼むわ」

「アンタあんなことやらかしておいて人にもの頼める立場だと思ってるの?」

「まあまあ、実際俺実力不足否めねえしさ。頼りに出来る仲間って正直有り難いんだわ。オメエ魔法得意じゃん?」

「別に、一人でも冒険者するには困らないわ」

「そこはほら、俺丈夫だから、多少雑に扱ったくらいじゃびくともしないぜ! あと男だし、女の子が一人ってのもなあ」

「心配だとでも言いたいの? なめてるわけ、アンタ」

「違うさ」


 一息入れて、こちらを睨む彼女の顔を見ながら言った。


「イリアステルは可愛いし、強いから、一緒に冒険してみたいのさ」

「…………」


 眉を潜めたまま目を逸らし、イリアステルが呻く。そのまま黙り込んだ彼女に、ギルドマスターが笑みを浮かべながら言った。


「いいんじゃない? ちょっことだけでもさ、合わないなら合わないで自然と別れるだろうしね」

「そうですよ、イリアちゃん。私もギルドマスターも最近こういう機会が不足気味で焦ってるんですから」

「余計なことは言わなくていいのよミーア?」


 ともかく、とギルドマスターは言いつつ、


「冒険者なんだし、たまには持ちつ持たれつしないとねー」

「……はあ、解りましたよ。マスターが言うなら仕方ありません」


 ただし、と指を突きつけてイリアステルが言う。


「少しでも役に立たないって思ったら即パーティー解散だからね」

「おう、任せとけって! そこは俺の甲斐性次第だかんな! 期待しててくれよ!」

「ふん、せめてまともに服着てから言いなさいよね」


 そんな二人のぎゃーぎゃー言い合う姿を眺めながら、ギルドマスターとミーアが顔を見合わせた。


「若いっていいわねー」

「そうですねえ、私のときもギルドマスターあんな感じでしたもんね」

「私、あそこまで公衆猥褻に挑戦したつもりないんだけど」

「あはは……、ま、まあ、今後に期待ってことで?」

「私等はそろそろ後が無くなってきたけどねえ。年齢的に……」

「や、やめましょう! その話題は! 互いに傷を負いますよ!」


 そんなこんなで、後の伝説となる冒険の物語が始まったり始まらなかったりした。

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