WIND. ~World is never die.~

@moon-light

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 空の青と海の蒼の違いに気が付いたのは、一体いつ頃だっただろうか。海色に染まった蒼穹を仰ぎながら、少年はその事について朧気に考えを浮かべていた。

 かつてスカイブルーと呼ばれた、澄み渡るように淡い青色はもうそこには無い。視界に広がる今の空は、まるで深海から空を眺めたように深く、揺らめく蒼に染まりきっていた。美しい色合いではあるが、それでも息苦しさが拭えない、結局は奇妙な空である。

「……久遠くん、もう戦闘領域ですよ? そんなにぼーっとしてどうするんです、魚の餌にでもなるんですか?」

 突然、少年の後ろにいた白長髪の少女が大声を出して叱咤する。その声と同時にぺちっと背中を叩かれた黒髪の少年――久遠はばつが悪そうに頭を掻いて、

「あぁ、ごめんよ。うん、ちょっと目の前の光景が余りにも酷くってね」

 しかし、彼が言い訳のように呟いたその声は、周囲に満ちる怒号に押しつぶされてしまった。

 彼の目の前に広がる光景、それを端的に表すならば『戦争』という言葉が一番しっくりくる。無数の敵がこちらに牙を剥き、それを無数の人間が剣を持って撃退する。それだけの光景だ。ただ敵の姿が完全な人外であるだけで、それがコンクリートビルの建ち並ぶ市街地で行われているだけ。

 これは戦争。人と人ならざるモノのぶつかり合い。海色に染まった空の下、随分と大規模な争い合いの光景を、少年と少女は後方からゆっくりと観察する。……二人は左翼あたりに人員の不足を感じた。他の所も自分の相手を捌くのに精一杯らしく、そちらへの援護を行おうとしない。

 となれば、自分たちが行うべきは。やるべき事を確信したと同時に、久遠は右耳から男性の声が聞こえるのを感じた。決して若いとは言えない、少しダミのかかった低い声。

『聞こえるか? 戦況はこちらが不利だ。特にお前達から見て、戦線の左翼部分が重点的に攻められている。お前達はその左翼に合流して、上手く敵を削ってくれ』

「了解。エネミーはどんな種類が居る?」

 久遠は、会話の相手がまるでそこに居るかのように声を出す。そして、一瞬経ってから再び、向こう側の男性の声が久遠の耳に響いた。所々ノイズのかかったそれは、右耳に付けたカナル型の無線受信機による通信で届けられたもの。

『ははは、多すぎて訳が分からねぇな。白兵も居れば、遠距離支援もわんさか居る。白兵に至っては、索敵をざっとやっただけでウン百体ほど確認出来たぜ』

「結局はこっちのアドリブに任せるって事か。役に立たないオペレーティングだなぁ」

『悪かったなクソッタレ。選り取り見取りの戦場だ、死なない程度に暴れればそれで十分だろうよ。天下のナイトバーズ副隊長様』

 愉快そうに笑った男の声に、久遠は小さく舌打ちをした。笑い事では無いこの事態、傍観者としての余裕なのか、それともこちらの実力を余程信頼しているのだろうか。もし後者なのだとしたら、その信頼、有り難い事この上ない。涙が出そうだった。

『ま、俺達の立ち位置はあくまで遊撃隊だ。どうせ二十分程しか戦えないのだろうし、さっさと終わらせて帰ろうぜ』

 再び小気味良い笑い声を上げた男に対して、何と反応すれば良いのか分からなかった。このオペレーター、手を組み始めてから結構時が経つのだが、今になってもどう扱えば良いのかてんで見当が付かない。

 そんな悩みに呻く中、隣に居る永久にぽん、と優しく背中を叩かれた。どうやら彼女、身長が足りなくて、肩まで手が届かないのである。

「確かにオペレーター……いえ、レオさんはいい加減な言動が見受けられますが、それでも私達の事を信頼しているのは確かです。彼の信頼に応えましょう?」

 小柄の彼女の言葉は雄弁で、その体躯の幼げな雰囲気を吹き飛ばすに十分なものだった。彼女の言葉を聞いた久遠は小さく笑みを浮かべ、永久の言葉に頷く。

「この場では、俺は闘う事しか出来ない。だったら、その出来る事を最大限まで引き出せばいいんだ」

 そうすれば、この敵の軍勢だって怖くはない。そう、久遠は自己暗示するように声を出した。そして彼は目を瞑り、虚空に向かっておもむろに手を伸ばす。

 まるで、そこに置かれている自分の武器を手に取るかのように。

そして、その武器に呼びかけるように彼は言葉を紡ぎ始めたのだ。

Leavateinnレーヴァテイン起動……実体化」

 それは起動コードにしてロック解除コード。久遠の呼びかけに応えた彼の武器は、空間から0と1のカタチを持って現れ、次第にその姿を実体化していく。電子の集合体が久遠の手に集まり、光の粒子が収束するように変形して、そして形取られた一本の黒色の諸刃剣。Leavateinnと呼ばれたそれを久遠は右手でしかと握り、一度、鋭く宙で振りぬく。

 風斬り音が周囲に満ち、次の瞬間には儚く霧散していった。

「準備は万端そうですね、久遠君。そろそろ行きましょうか」

 隣に居た相方も、既に自分の得物を小さな両手に収めていた。その小さな体躯には余りにも不釣合いな、身の丈程の刀身を持った無骨な片刃の大剣。永久はそれを軽々しく肩に担ぎ、戦場の方を指し示す。

「うん、準備は万端だ。レオン、周囲の状況は?」

『半径五十メートル内に敵影は無し。狙撃兵にも感付かれていない。前方への強襲は十分に可能だ』

 オペレーターの情報を受け取り、久遠は小さく了解、と呟く。どうやら今の情報は永久にも伝わっているようで、彼女は小さくこちらを見て頷いた。

 それは、もう見慣れた戦闘開始可能の合図。

『もう一度状況を確認するぜ。

 戦場はそこから百五十メートル先の混戦区域。「アルドレア」の連中とエネミーがドンパチやっている所に乱入し、やっこさん達と協力しながらエネミーを殲滅する。

 敵戦力は白兵型から狙撃型まで、数は先程報告した通り膨大だ。一瞬の油断が命取りになる。遠距離からの攻撃と背後からの急襲に注意するのは当然、敵を撹乱させながら戦闘を行うのが好ましいだろうな。

 戦闘継続時間はいつも通り二十分。それ以上を少しでも越すのは許されない。時間制限が近づいたら事前に通達を回す。そうしたらすぐに帰投準備を行え。

 ……まぁ、こんなところだな。口酸っぱく言うが、命あっての物種、という言葉を理解した上で作戦に臨め。以上だ』

 レオンの状況確認に、二人は声を合わせて了解を返す。そして二人はそれぞれの武器を構え――

「ナイトバーズ、遠野久遠。戦闘行動を開始する!」

「ナイトバーズ、永久。戦闘行動を開始します!」

 二羽の鴉が、強く、強く大地を蹴る。


 この世界は電子の海に沈んだ。そのように現在の世界を形容したのは誰だっただろうか。空がまだ正常だった頃は『飛び交う電波に地表は埋もれた』とかそういう表現だったような気がするが、結局は両方とも大差ないのかもしれない。

そ の考えを裏付けるのは、とある二つの技術を取り入れたMIDGALミッドガルという名のデバイス。拡張現実と仮想現実の技術を最大限に取り入れたデバイスであるそれは、使用者の感覚を現実から乖離させるに十分足りえるものであった。

 とある事件により空の色が変容してから、もう既に一年が経つ。それから・・・・の激動の時代は人々の脳裏に強く焼き付き、それまで・・・・の常識は一年間の内に、海の藻屑となって消え去ってしまった。


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