椿温泉にて

北風 嵐

第1話

 

 私は今、テレビを見ている。小林薫の美術のナレーション番組を見た後で、コマーシャル。役所広司が出ている。自販機の前でガッツポーズだ。最近コマーシャルが多い。彼は映画に恵まれた役者であるが、最近もっぱら見るのはコマーシャルである。

 この二人は私の好きな俳優である。この二人で思い出すことがあった。

 

 私は婦人服の小売経営が長かったのであるが、マンションの一階を事務所、二階を住まいに借りていた時代があった。上から子供がちょくちょく事務所に顔を出しては遊びに来ていた。上の長男が小学一、二年の頃だったろう、鉄道に凝っていた時期があった。出入りの営業マンがご機嫌取りの積りで、鉄道について質問した。

「天王寺から出ている鉄道を知ってるかい?」

「和歌山まで行く阪和線やろぅ」

「和歌山からまだ先に行ってるでぇ?」と、営業マン。

「紀勢本線て言うんや」

「駅名に詳しいんやてなぁー、全部言えるか?」

「うん言えるでぇ、天王寺の次は美章園やろぅ、次が南田辺、鶴ヶ丘・・・」

次に営業に行かなければならない営業マンは焦って来た。

「和歌山過ぎてな、何駅に、何駅・・そして白浜や、おっちゃん、温泉で有名なとこや」

「僕な、分かった。白浜から先は急行の停車駅だけでええわ」

「おっちゃん、悪いなぁー、白浜から先は各停やねん」

 白浜の次は椿という駅だそうだ。営業マンは終点名古屋まで付き合わされたのである。


 椿駅は椿温泉の入口駅である。ここの湯が肩や、膝や腰にいいと聞いたのである。私はここに十日ほど湯治に行くことにした。若い時に痛めた腰が、悲鳴を上げたのである。

重いものなら、それなりの用意をして担ぐが、軽いものなら無造作に扱う。セーターを入れたパッキンケースを肩に担いた時、三分の二しか入っていなかったセーターが後ろに流れたのである。

熱いものが頭の方に流れ、立っていられず、そのまま後ろにゆっくりと倒れた。激痛が走った。慌てて近くにある外科医院に行った。レントゲンを撮ったが、骨には異常なしの診断、一応安心したが、半年ほどはベルト状に痺れていた。若かったのだろう、それもやがて消えたが、35歳を過ぎた頃、朝、洗面時に中腰になった時、ピクッと来た。依頼、腰痛に悩まされることになった。

ひどい時は寝返りも打てず、恥ずかしい話、オシッコを妻に取って貰ったこともあった。歳を取ったら足か膝にまで来て、あまりいい老後は送れないだろうと思えば悲しくなった。


人間の身体は骨だけでない、どうして、靭帯とか、筋肉を痛めたかもしれないからと、マッサージ、鍼灸等で手入れをしなかったのだろう?悔やまれた。その辺をアドバイスしてくれていたらと・・外科医を恨んでも、もうー遅い。自分の身体だ、自分で守るしかない。

手術も考え、母が人工関節を入れる時、そこの有名な外科医に手術の相談もした。「背骨にメスは良くないね。した僕が言うのだから…」と言われれば、その道は諦めねばならない。鍼灸、温泉いろいろ試した。一つのことに気がついた。疲れが出た時がやばいようである。ひどい痛みが出る前に休養、手入れをすることに気付いたのである。

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