Anniversary 1st Season
『桃の花に寄せて…。』
「―――みっきーセーンパーイッッ!!」
視線の先に見えた人影に向かい両手をぶんぶん振りながら駆け寄っていくと私は、振り返ったその“人影”にそのままの勢いで思いっきり抱きついた。
「おっ待たせぇーっ!!」
抱き付かれたその人――『みっきー先輩』こと
「早かったやんか、桃花。もう
「うん! 終わってすぐ、いのイチバンで教室飛び出してきちゃったっ!」
すっごくHR終わるのが待ち遠しかったよー! と笑う私のおデコを、コツッっと軽く指でつついて「こら」と、やんわりした苦笑を浮かべる先輩。
「最初っくらい、担任の話キチンと聞いてやれー? 高校生にもなって、ホンマに落ち着きの無いヤツやなぁ」
「だってーっ……」
つつかれたおデコに手を当てて先輩を見上げると、ぶーたれたような表情を作り、私は軽く唇を尖らせる。
「早く先輩に会いたかったんだもーん……!」
今日は私の〈入学式〉。――やっとやっと、先輩と同じ高校に通うことができるようになった、記念すべき日。
それが嬉しくて……今朝は、まるで天にも昇るような気持ちで、真新しい制服に袖を通した。
紺のブレザーとプリーツスカート。
中学時代のセーラー服よりは可愛さ度合いが多少落ちるけど……でも、それが却って、“高校生”に相応しい、大人びたカンジに思える。
(私の制服姿……先輩、『似合う』って言ってくれるかなあっ……?)
名実ともに“高校生”になった自分を、真っ先に先輩に見てもらいたかった。
私はもう中学生じゃないんだよ、って……もう“オコチャマ”じゃない、先輩と同じトコロに居るんだからね、って……それをちゃんと見せたいって、そう、思ったのだ。
『明日、式が終わってから会えへんか?』
都合よろしく、昨夜のうちに先輩からそんな電話を貰った私は、その場で一も二も無くOKの返事を喜んで返し。
『ほな、正門の前で待ってるから』
その約束に従って、式のあとのHRが終わるや否や、新しいクラスメイトとの交流もそこそこに、正門へ…先輩へと向かって飛び出してきたのだった。
「せっかく新しい制服着たんだから、早く先輩に見てもらいたかったんだもん……!」
そのことに比べれば……ハッキリ言って、新しいクラス担任の話なんて、どうでもいい。クラスメイトとの交流だって同じだ。出遅れたトコロで何てことない。この先一年もあるのだから、交流しようと思えばいつでも出来る。
今日だけは……! ――先輩に会えること以上に大事なことなんて、他に無い。
「これでやっと、私も先輩と同じ高校生になったんだよ? 私はすっごく嬉しいのに……先輩は、『嬉しい』って思ってくれないの?」
その言葉で先輩は、優しいけど少し困ったような笑みを浮かべて私を見下ろすと、ぽふっと、私の頭に軽く手を載せた。
「――嬉しくないワケなんて無いやろ?」
そして言う。
「桃花が高校生になってくれるのを、オレかて一年も待ってたんやで?」
「…………!!」
その言葉で、もっと嬉しくなったと同時、何だか優しく見つめられていることが急に恥ずかしくなって……だから私は、照れ隠しのように「えへっ!」と笑いながらぎゅーっと抱きついて、そのまま先輩の胸の中に、顔を埋めた。
私が先輩に“告白”をして、付き合うことになったのが……一年前の春。
先輩の〈卒業式〉の日から。
そして、私が晴れて先輩の“カノジョ”になれたのは……ついこの間。
私の〈卒業式〉の日。
それまでは、…多分“付き合って”はいたのだろうけれど、でも私はまだ“カノジョ”では無くて。
先輩と会っていても、こうして思いっきり抱き付いたりすることとか出来なくて……抱き付こうと思えばいつでも抱き付けるトコロには居たのだろうけれど、先輩が私のことをどう思ってくれているのか、それがわからなかったから……きっと“引け目”みたいなものを、自分なりに感じていたんじゃないかと思う。
にこにこと当たり前のように私を一緒に居させてくれる、そんな先輩の優しさに甘えながら……でも、どこかでエンリョしてる自分が居て。甘えきれないでいる自分が在って。
私が一方的に先輩を“好き”なのだと思ってた。ずっとずっと、そう思ってきた。
そのことが、すごくすごく、哀しかった。やりきれなかった。
でも、やっとやっと、一年も経ってから、先輩も私のことを“好き”だって――ものっすごくヒネクレた解り辛い“告白”だったけどっ!――言ってくれたから。
それでようやく、ああ私はこれからも先輩のことを好きでいていいんだなあ…って、実感できて。自分がずっと感じてきた“引け目”みたいなものが、すうっと融けてくみたいに失くなっていくのが解って。
だから、こんな風にして、誰に憚ること無く思いっきり抱き付いたり出来ることが、今はただ、素直に純粋に嬉しい。
胸の中の私の肩を軽くふうわりと抱きしめてくれながら、先輩が言う。
「もう、めっちゃくちゃ待ってた甲斐があったってモンや。その制服、似合ってるで。むっちゃカワイイわ」
そして降ってきた、まさしく“褒め殺し”!? ってくらいに甘々なその言葉で、「ホント!?」と私は、反射的に埋めてた顔を上に向けていた。
「マジマジ、大マジ! こんな可愛いカノジョを持って、オレは幸せやホンマに」
「いや~ん先輩ったら、もうそんな、それほどでもぉ~っ♪」
――例え相手が“ニッコリ笑っていけしゃーしゃーとウソ吐く”ヒトだと、
思わず褒め殺されて、照れ照れくねくねで両手を頬に赤面して喜んでしまった私だったが。
「ただな、桃花……」
そこで再び降ってきた、静かな真剣な、先輩のヒトコト。
「――そのスカートは、短すぎ!」
――ぎゃふん!! と、それはそれはもう、思わず眩暈まで起こしそうなくらいの激しいショックを受けましたよホントに……。
(そっ、それってッ……!! “太い脚、出すな!”って言いたいんですかーッッ……!?)
だって、せっかくの新しい制服だもん、やっぱり可愛く着こなしたいじゃない?
そうすると、このタイプの制服って“スカートは少しくらい短くないと可愛くないよねえ…?”って思って。――そりゃあ、自分の脚が多少太いことは自覚してるけどさっ!
でもでも、私みたいに身長一五〇㎝そこそこしかないチビっこには、誰に何と言われようと、“スカートはミニじゃないと似合わない!”という持論があったりもするのよ。ヘタに長いスカートはくよりも、キッパリぱっくり膝上の短い方が、足も長く見えるような気がするの。
ただ先輩に「可愛い」って言ってもらいたいがためだけに、そうやってぐるぐるぐるぐる色々考えて、頑張ってみたっていうのに……!!
(わざわざ敢えてそんなトコ指摘してくれなくっても、いいじゃない―――っ!!)
「センパイの意地悪ぅ―――ッッ!!」
叫んで、思わず先輩の向こう脛に本日おろしたて新品のまだ硬ーい牛革ローファーでケリを入れてしまった、私のそんな反射的行動には、
――ある種、情状酌量の余地だって……少しくらいは、あると思わない……?
*
「ねー先輩、まだ怒ってる……?」
「…………」
「だから、ホントにゴメンナサイってばー……!」
「…………」
先輩の背中に向かって何度そんなセリフを繰り返してみても……相変わらず先輩は何も言わず、黙々と自転車を漕いでいるだけ。
(そりゃあ、早とちりしてケリ入れちゃったのは、私が悪かったんだけどぉー……!!)
『――いっ…イキナリ何てことするんやーッ……!?』
私に蹴り飛ばされた向こう脛を抱え込みつつ、痛さに
『どーっせ私は脚が太いわよ! 悪かったわね! そんなこと、わざわざ言ってくれなくてもいいじゃないッ!!』
脹れっ面で“いーっだ!”とやってみせる私。
するとそこで先輩は、その姿勢のまま私を見上げ、“はあ!?”とでも言いたげな視線を向けてきたのだ。
『桃花の「脚が太い」だなんて、オレそんなん、ヒトコトも言うてへんやんか!? ただ「スカート短い」って言っただけ……』
『同じことじゃないッ!! なんでヒトの制服姿見た第一声がソレなのよ!?』
『そんなん単に、そこまで短いスカートじゃ自転車なんて乗せられんなーって、それ思っただけやんか』
『――はい……?』
その言葉にハタ…と我に返ったように硬直してみると。
目の前には脚を抱え込んでいる先輩。――その背後に在るのは……自転車?
先輩の姿しか目に入っていなかったから、全っ然、気付いてなかったけど。
そういえば、先輩が毎日、地元から軽く電車三駅分の距離はある
(ひょっとして……?)
『
恐る恐る尋ねてみる私に向かい、少々ブスッとした表情になって答えてくれた、先輩。
『「入学祝いに、いいトコ連れてってやる」って……昨日、電話で言わへんかったっけ、オレ?』
――イヤそれはちゃんと聞いておりましたけど。幾ら何でも私だって、そのくらいのことは憶えてるわよ。
でも先輩、だって私に「自転車で来い」とかそういうこと、ヒトコトも言わなかったじゃない……! そんなの誰も自転車で行くトコだなんて、思わないってバ……!
ともあれ、とりあえずソコで自分の失態にようやく気付いて青くなった私は、ただもうヒタスラ先輩に謝り倒して、『後ろ乗りたいー! 乗せて乗せてー!』とダダをこねてはネダりまくり、挙句の果てには『スカート短くても下にちゃんとスパッツ穿いてるから、少しぐらいめくれたって全然大丈夫!』とまで言って『そういうモンダイやない!』と先輩にチョップをもらったりもしつつ。
そんなこんなで何とかようやく、『しゃーないなー…』と、シブシブながらも先輩に頷いてもらうことが出来た。
でも、キッチリ横座りで乗せられたけどね。『めくれんように、ちゃんとスカート押さえとき』って。
―――で、今こうして先輩の漕ぐ自転車の後ろに乗せてもらっているワケなんだけど。
『ねえ、先輩。これからドコに連れてってくれるの?』
『花見』
『――は?』
それをヒトコト言ったっきり、私が後ろからどんなに話しかけても謝っても、ヒタスラ無言を貫いてくれちゃってるし。
言われた通りにちゃあんと横座りしてスカート押さえてはいるけれど……この姿勢って、全然、先輩にくっつけなくて淋しいんだよね。
淋しいやら、先輩と話せなくて哀しいやら、蹴っ飛ばしたこと思い出して申し訳ないやらで……自分が情けなくなってタメ息を吐きつつ、身体の右側を先輩の広い背中に凭れ掛けた。
「先輩のイジワルぅ……」
拗ねた私が、先輩に見えないことをいいことに、そう小さく呟いて唇を尖らしソッポを向いた、――ちょうどそんな時。
「―――うっ…わあっ……!!」
そこで視界に飛び込んできた薄ピンク色の洪水に、私は思わずそんな声を上げていた。
「桜の、トンネルだあっ……!!」
そこはまさに田園地帯。その中を走る農業用水路に沿って、まるで並木のように満開の桜の木々が並んでいたのだ。
先輩も、その用水路沿いに自転車を走らせる。――手を伸ばせば触れられそうなくらいに頭上近くまで垂れ下がった枝は、その先端までいっぱいに花を付けて、ホント“トンネル”と言っても過言ではないくらいに、まるで屋根のように、その下を走る私たちを覆っていて。
見上げる空は、ひとえに薄ピンク色の花模様。
「すっごーい……!! こんなキレイな桜が近くに在ったなんて……全っ然、知らなかったー……!!」
思わず無意識にスカートを押さえていた手を放して、先輩の制服の背中をぎゅーっと握り締めていた。
もう片方の手が、頭上を流れる桜の花に向かって伸びる。
「ホント、すごいキレイ……」
その伸ばした手の向こうに……そこでふいに青い空が映った。
「え……?」
先輩が自転車を方向転換させたのだ。どうやら桜が途切れた先には橋があったみたいで。
桜との“お別れ”を残念に思った私が反射的にそこでうらめしげな視線を向けてしまったのを、予めわかっていたように……渡っていたその橋の真ん中で、先輩は自転車を停止させる。
そこから眼前に広がる景色は……! ――そう、近くで見るのとはまた違った桜並木の美しさを、私に伝えてくれた。
「わあっ……ホント綺麗……!!」
タメ息と共に、こんな当たり前の言葉しか出て来ないくらい。
緩やかなカーヴを描いて走る用水路の遥か向こうまで見渡せるその場所は、それに沿って連なる桜も遠くまで見渡せて……連続する薄ピンク色の塊が、こんなに綺麗に見えるなんてこと……今日ここで私は、始めて知った。
近くで見る桜だけでなく、遠くから見る桜も、こんなに綺麗なんだってこと……!
まさしく先輩が、これを承知の上で、この場所で自転車を停めてくれたことは間違い無い。
「すごいよ先輩……!! なんか私、すっごい感動……!!」
目は景色に奪われたままで……掴んだままだった先輩の背中を、私は興奮のあまりガシガシ引っ張っていた。
「先輩、私にこれを見せたかったんだねっ!? すっごくステキな入学祝いだよ!! ありがとうっ、ものすごい嬉しいっ!! もー先輩ちょーダイスキっっ!!」
興奮と感動に任せてそこまで言い切った後になってから……、――ハッとしてそれに気付く私。
(そ…そういえば今、先輩ってば、お怒り真っ最中じゃなかったっけ……?)
しかも私は、拗ね拗ね真っ最中、だったハズ……。
そこでハタ…と硬直した私は、そのまま恐る恐る、先輩の方を見上げてみた。
すると先輩は、いつから見ていたのか、既に振り返って私のことを見下ろしていて。――ってソレ、なんかすっごく、笑いを
見上げた私をしばし見つめて。
ふいにプッ…と小さく吹き出してから、先輩は言う。笑顔でヒトコト。
「いま拗ねたカラスが、もう笑った」
「――――!!」
即座にかああああっと顔が赤くなっていくのがわかった。
もう、どこまでヒトのこと小馬鹿にしてくれれば気が済むんだろうこのヒトってばっ……!!
でも同時に、ようやく先輩がこっち向いて笑ってくれた…って、安心して喜んじゃってる自分も、居たり、して……、
(ホント悔しいなあ、もうっ……!!)
なんで私の喜ぶツボを、先輩ってば、こんなにも心得ちゃってるんだろう。
「ホンット、先輩ってイジワルーっ……!!」
悔しくなったあまり……迫力もへったくれも何も無い真っ赤な顔で先輩を睨み付けることしか、できない私。――きっと、困ったような情けない表情に、なっちゃってるんだろうなぁ……。
案の定、先輩が「そんなカオすんなや」と、私の髪をくしゃっと撫でた。
「まーたイジメたくなっちゃうやんかー」
――じゃあ、さっきの無言は明らかに私のこと『イジメ』てたんですね先輩……?
「もう先輩! 絶対、私で遊んでるでしょーッッ……!!」
赤くなった顔のままでプックリ頬を膨らませると、何だかどうしていいかわからなくなって、そのままバシバシ先輩の背中をブッ叩いてしまった。
「もうっ…、先輩のバカー!! 意地悪ー!! だいっキラーイッッ!!」
「あれ? 今さっき『ダイスキ』って言ってくれたんは、ドコのドナタでしたっけー?」
「そんなのウソだもん! 訂正してやるー!!」
「そりゃ残念や」
口ではそんなことを言いながら、でも全然『残念』だなんて思っていないような、極上の笑顔。
そうよ…口では何だかんだ言ったって、私が先輩のこと『ダイキライ』であるはずが無いんだって……絶対ちゃっかり
「ホントにもうっ…!! 先輩の、バカぁッ……!!」
悔しさのあまり俯いてそれしか言えない、そんな半泣き状態の私に向かって。
「だから、そんなカオすんなって」
髪を撫でてくれたその手で、そこでおもむろに私のほっぺたをむにっとつねった先輩。
「なっ……!?」
驚いて条件反射的に上を向いてしまった、そんな私の瞳を覗き込むように見つめて、先輩は言う。
それはそれは何かを企んでるみたいな、イタズラっぽい
「じゃあ、桃花にもう一つ“入学祝い”したら……それで機嫌、直してくれるか?」
*
そう言って先輩が私を連れてきてくれたのは。
今度は地元の、私のウチの近くだった。
とはいえ、ウチから駅へ行く方面とは反対方向だし、ちょっと前まで通ってた中学校とも方向が違うから、私は来たことが無かったんだけど。
――そこは神社だった。
先輩が毎朝通学する途中、「近道するんで通り抜けてる」場所、なんだそうだ。
「ここ見つけてから、どうしても桃花に見せたかったんや」
そして神社の裏手…その最も端の一角で自転車を停めた先輩の後ろから、顔を覗かせた私の視界に飛び込んできたもの。
それは小さな、お稲荷様のお社と。
その両脇に立つ、――匂うほどに鮮やかな濃い桃色の花を、広げた枝が見えない…どころか枝垂れるくらい一杯に咲かせた、見事なまでの
「これ……桃の花……?」
静かな…それでいて
あまりにも小さな私の呟きは、思いのほかシンとした空気に良く響き、そして光の中で、融けて消えた。
「そう、桃の花。――桃花の花や」
応えてくれた先輩の声が、何故か遠くの方から聞こえたような……そんな感じがした。
「私の…花……?」
まるでその小さな社全体を照らし出すように、周囲の木々の隙間から、傾きかけた陽光が降り注いでいる。
桃の樹の見事さと相まって、その光景があまりにも幻想的で……涙が出るくらい、まるで在り得ないほどの美しさをもって、私の瞳に焼き付いた。
本当に感動したら言葉なんて何の意味も無くなる、ということを……ただ絶句していただけの自分に気付いて初めて、私はそれを理解する。
自分が今どこに立っているのか、それさえも判らなくなるくらいの感動。
私、ここに居ていいのかな……? ――そう思ってしまうくらい、ここは神聖な場所でしか、無く、て……。
言葉を出せないかわりに……私の頬を、涙が伝った。
「どうしよう……すっごい、嬉しいっ……!!」
思わず、隣に立つ先輩の胸に飛び込んでしまう。
「私、こんな素敵な“入学祝い”のプレゼント、もらっちゃってもいいのかなあっ……?」
「桃花だから、もらって欲しいんやで?」
優しく抱きしめて返してくれた先輩の、囁くようなその言葉は。――優しく…どこまでも優しく、包み込むような温かさをもって私の耳に届いてくれる。
「桃花の名前の花だから……だから桃花に一番に見せたいって、そう思ったんやからな」
全身で感じる先輩のぬくもりと、降ってくる低い声が、すっごく心地よくて。
「…じゃあ私、名前負けしちゃってるね」
目を閉じた私は、フフッと軽く笑いながら、そんな返答を返した。
「こんな綺麗な花が似合うくらい、綺麗なオンナノコになれたらいいのにな……」
そしたら先輩に『イジメ』られなくって済むのに。
冗談混じりなそのセリフに、先輩は「根にもってんなー…」と小さく呟き、苦笑した。
「――だから私、頑張るね」
そんな彼を見上げて、私は告げる。
「せっかく先輩がくれたプレゼントだもん、ムダにしないよ。こんな綺麗な花が似合うオンナノコになれるように、私、もっと頑張るから。…だからもう少しだけ、待っててくれる?」
先輩は何も言わず、返事の代わりに一つ、優しくて甘いキスをくれた。
(――言葉なんて無くても……充分、伝わったよ)
何だかんだ言っても、先輩が私のことを大切に想ってくれている気持ち。
私の『大好き』も、ちゃあんと伝わってくれてるよね……?
*
きっと私はこれから先ずっと、桃の花を見るたびに、あなたを想う。――今日のこの花を思い出して。
先輩も……桃の花影の向こうに、私を思い出してくれますか?
たとえ何があろうとも絶対に忘れることなんて出来ない……私たち二人だけにしかわからない、それは大切な“約束”の花、だから……。
――桃の花に寄せて……想いを届けてくれますか……?
*
「でも、いいなあ先輩……桃とか桜とか、あーんな綺麗なお花で“お花見”しながら学校に行けるんだもん……」
ウラヤマシイなあ…と、そこで私はタメ息一つ。
先輩の自転車で自宅まで送ってきてもらってから。
別れ際に、今さっきまで見てきた花が名残惜しくて、つい私はそんなことをボヤいてしまった。
「私なんて、これから毎朝、満員電車に押しつぶされる日々が待っているっていうのに……」
一応、先輩が自転車通学してるって聞いた時から、一緒に登下校したいもん、『私も自転車で行くー!』って言ってみたりもしたんだけど。――だって先輩いわく、『ヘタに電車で行くより近い』っていうことだし。『
なのに、私の運チっぷりをよく知る先輩はじめ両親にまで、猛反対を喰らってしまったのだ。
(なんで皆して、示し合わせたように『田圃に突っ込んでいくのがオチ!』って、同じこと言うかなー……)
それを否定できない自分が、この上なく哀しいこと限り無いんだけど……。
そんなワケで、だから結局、電車通学せざるを得なくなってしまったのだよねー。
「私も、あんな綺麗なお花を見ながらガッコ行きたいなー……」
欲を言うなら、“先輩と一緒に”が、付いたら尚よろしいんだけど。
「じゃあ、行ったらええやんか。花見しながら」
「はい……?」
そんなアッサリきっぱりした返答で、思わず目を剥いて私は先輩を見上げてしまう。――真っ先に私の自転車通学に反対してくれちゃった人間がナニを言うかな今サラ……!!
でも先輩は、そんな私の様子などドコ吹く風、「桃花に早起きする気があるんならな」と、ニッコリ笑顔で続けて下さる。
「花が咲いてる間だけ……毎朝一緒に“花見”するか?」
(――えっ……?)
「そ…それって……」
呟くように洩らしたまま…でもそれ以上の言葉を続けられず、目を剥いたままで絶句して硬直する、そんな私に向かって。
「じゃあ、明日の朝七時半に、あの桃の木のトコで」
降ってくる、そんな当たり前のような…それでいてどこまでも優しい、先輩の言葉。
(それって……一緒に学校行ってもいいってコト……?)
しかも、今日みたいに、自転車の後ろに私を乗せていってくれるの……?
そのことに気付いた途端、…まだ絶句状態だったとはいえ、私の表情がみるみるパアッと明るくなっていくのが、自分でも判った。
そんな有頂天まっしぐらな私の額を指で軽く弾きながら、そこで釘を刺すような、先輩のオコトバ。
「ただし、明日が晴れだったら、の話やからな? もし雨が降ってたら、桃花は大人しく電車でガッコ行くこと!」
雨の日の
「大丈夫ッ!! 私ってば超強力な“晴れ女”なんだからッ!! 絶対、明日は晴れるんだから!! 明日も明後日もその次も……この先ずーっといい天気だよっ!!」
満面笑顔で断言してみせた私は、多分、ホントに嬉しそうな
「…まるで遠足前の小学生やな」
苦笑混じりにそう言うと先輩は、「じゃ、また明日な」と、私の頭をくしゃっと撫でつつ、そのまま勢い良く自転車を発進させてしまった。――去り際に、かすめるようなキスだけを一つ、私の唇に残して。
「――よぉーしッ……!!」
先輩の姿が角を曲がって見えなくなるまで、その場から見送ると。
勢い込んでそう呟いてから、私はそのまま足取りも軽く、家の中に駆け込んだ。
「張り切って作るゾ、“てるてる坊主”ーッッ!!」
とりあえず向こう一週間分くらいは気合入れて作ってやるわよ! 明日が“晴れ”になる要素は、ほんの少しでも多い方がいいものっ♪
ぶっちゃけ、あんな自信満々に言っちゃったけど私ってば、そこまで超強力な“晴れ女”なんかじゃないんだもん実は。
先輩の分と私の分、心を込めて二人分ちゃんと作ってあげるから。
「だから私の代わりに頑張ってよね、“てるてる坊主”っ!!」
短い花の命が咲き誇っている間は……どうかお願い“てるてる坊主”。
出来る限り毎日、先輩と一緒に居させてね。
――この“お花見日和”が、ずぅーっと続いてくれますように……。
*
そして私が、“てるてる坊主”のために時間を費やし過ぎたあまり、カンジンなスカート丈を直し忘れたのは、――言うまでも無い。
【終】
→→→ about next story →→→
高校に入って早や1ヶ月、先輩と同じ部に入部していた桃花だったが…。
テーマは5月「ゴールデンウィーク」
『星に願いを…。~Anniversary3』
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