さわらせないで



 くりいむメロンこと、祥田雛子、改め、春日雛子は、居留守を使っていた。

 せっかくの休日。

 夫のいない。

 休日!


 雛子は、不規則な仕事をしている。

 正社員様に、就業規則通りの勤務時間を厳守して頂き、指定休業を取って頂く為の、穴埋め要員である。

 したがって、勤務は不規則で、仕事量に左右される。

 前日や当日朝に、急に呼び出しがかかることも多い。


 全体的に、社員が休む土日祝に出勤のことが多く、平日休みが多い。


 ここが、大事だった。

 なぜなら、夫は、ごく普通のサラリーマン。平日は会社に行っているからだ。


 たったひとりで、お留守番。

 至福の休日。


 やるべきことは、たくさんあった。

 というか、そういう時でしかできないことがあるのだ。

 それは、小説を書くこと。

 全身全霊、魂を込めて、執筆すること


 ……BL小説を。


 小説を書いていることは、夫も知っている。

 売れるようになったら、秘書に雇ってくれなどと言っている。

 しかし、それがBLだとは……そもそも彼は、妻の書いている小説を読んだことがない。

 雛子も、夫のいる空間では、安心して妄想にふけることができない。


 だから。

 宝石のように大切な、この時間。

 誰が、来客の相手なんかしていられるか。


 しかし、その客は、しつこかった。

 インターフォンを、何度も鳴らす。

 ……宅急便が来る予定はないのに。


 そうーっと覗き穴から覗き、目が眩んだ。

 イケメン!

 輝くイケメンが!


 くるりと向きを変え、雛子は、ドアに背をもたせ掛けた。

 心臓がばくばくする。

 ドアを開けるには、ためらいがありすぎた。

 だって。

 ずっと、彼のことを考えていたから。

 初めて会ったあの日から。

 ずっと。

 特に夫のいない時間に。

 パソコンのキーボードを叩きながら。


 ……居留守を使うしかないっ!

 もう一度、外を窺う。

 イケメンは、途方に暮れたように佇んでいる。


 「高級マンション」(by不動産屋)の薄暗い外廊下で、光を放つイケメン様を無視できるとしたら……、

 それは、腐女子ではない。

 雛子はそっと、ドアを開けた。




「見せて下さい」

思いつめたように、イケメン……モーリス出版社編集者、本谷は囁く。

「僕に、貴女の、……」


 けだるい昼さがり。

 明るいフローリングの、リビング。

 夫はいない。

 シチュエーションは完璧だ。


 イケメン……本谷は続ける。

「……お原稿を」


 なぜに、原稿。

 雛子は、文学の神様を恨んだ。

 そりゃ、裸を見せろと言われたら軽く怯むけど。

 でも、……。

 妄想が炸裂する。

 ……いけない。

 新婚の身で。


「ずるいです。編集長ばかり。僕だって見たい。あなたの、」

本谷は、ぐっと前へ身を乗り出した。


 どきどきし過ぎて、いっそ心臓が痛い。

 ……どうやって断ろう。

 だって私には、夫が。

 早まったか、結婚。


「……お原稿」

「だめ」

「なぜ」

「だだだだって、まだ、途中だし」

「え? 途中っ?」

悲鳴に近い声を、イケメンは上げた。

「まだできていないんですか!?」


「ごめんなさい」

思わず雛子は謝ってしまった。

「楽しみにしてたのに。ずっとずっと」

「できたら、見せるから。真っ先に、見せるから」

かろうじて、雛子は言った。

「必ず? 必ず書いてくれますねっ!」


 間近に見える、潤んだ眼差し。

 こくこくと、雛子は頷いた。


「そしたら、真っ先に僕に見せてくれますね?」

 こくこく。

「絶対? 一番にですよ?」

 こくこくこく。

「あの、」


 色白の顔が、どアップで迫る。

 芳香が感じ取れそうなほど、滑らかな肌だ。

 凝脂、と、雛子は、心の中でメモした。

 目を輝かせ、イケメンは言った。


「せめて、さわりだけでも教えて頂けないでしょうか」

「えと……」

雛子は言い淀んだ。


 未完成の自作を語るのは、苦手である。

 なおも本谷は食い下がる。

「どんなキャラですか?」

「とても、思い入れのあるキャラたち」

雛子は答えた。


 あの日の二人。

 一度、BLから離れようとした自分を、再び、引き戻してくれた、……。

 桜色に染まった頬、潤んだ目元。

 そんな彼を見つめる黒服男子の、無表情で、でも、眼鏡の奥の優しい眼差し。

 最後は、ぴったりと寄り添って歩く二人。


 忘れようったって、忘れられるものではない。


「私にとっては、恩人のような」

イケメンの顔が、ぱっと輝いた。

「それはステキですね」


 この顔。

 この顔よ。

 夫の留守中は、いつでも思い出せるように、心の奥深くに、雛子は刻み込んだ。



◆◇



 門を潜り、大きな赤松の樹を回り込んだ時。


「一乗寺典子さんですねっ!」

低い男の声が、耳元でした。

「違います」

咄嗟に直緒は答えた。

「……男?」

真から意外そうな声で、侵入者は言った。


 直緒はむっとした。

「男ですよ。見りゃわかるでしょ。あなたこそ誰ですか。なぜ、門の中にいるんです?」

「いや、あんまり、その、美形だったから。俺は、『噂のステマ』編集部の記者だ。一乗寺典子さんに会いたい」

「『噂のステマ』?」

「知らないのか? 木岩書店のニュースサイト」

「???」


 木岩書店は、学術系の出版社だったはずだ。

 そんなところが、ニュースサイトを持っていることが驚きだった。

 しかも、噂の? ステマ? だって?

 この記者(?)は、胡散臭すぎる。


「ほら、名刺」

直緒がじろじろと見ていると、男は、ポロシャツの胸ポケットを探って、名刺を取り出した。

 汗でしけったような感触が不愉快だ。


 直緒は言った。

「でも、こんなものは、いくらでも偽造ができる」

「疑うなら、木岩書店の番号を調べて、あとで電話をかけてみればいい。それより、一乗寺典子だ。あんた、一乗寺家に出入りしてるのか?」

「僕は……」

モーリス出版のことは口に出さない方がいいと、直感的に直緒は思った。


 「ほんと、きれいな顔をしているな」

男が詰め寄ってきた。

「似てる。あんた、一乗寺典子の親戚だな。もしかして、一乗寺社長に隠し子が? …腹違いの兄か?」

「そんなわけないだろっ!」

直緒は叫んだが、男は聞いてはいないようだった。


 しきりにスマートフォンを操作している。

 何かをみつけ、ぐいと直緒の前に突き出す。


「だってこれは、一乗寺典子なんだろ? あんたにそっくりじゃないか」

 そっくりなはずである。

 だって、そこに写っていたのは、直緒自身だったから。

 緑のドレスを着た……。

「これは、一乗寺家のパーティーで撮られたものだ。関係者を探して、やっとのことで、ウラが取れたんだ。そして、これも」


 つい先日の写真だ。

 カットソーとパンツ姿で、書店から出てくる直緒が映っている。

 「同じ女だ。一乗寺典子。……ほんとによく似ているな。あんたに、そっくりじゃないか。さあ、一乗寺典子に会わせろ」

「会って、どうするんだ」

掠れた声で直緒は尋ねた。


 男は、せせら笑った。

「その美貌で、ネットを騒がせ、爆弾魔を懐柔した魔性の女。いい記事になる」

「会わせられるか、ぼけっ!」

心からの叫びだった。


 ……魔性の女?

 ……ヒモノで腐女子の典子さんが?


「なんだと?」

 プライドの高い男のようだった。

 ボケと言われて激昂したようだ。

 ぐい、っと、詰め寄り、直緒の肩を掴んだ。

「会わせろと言ってるんだ。一乗寺典子に。さあ」



 「その人から、手を離して頂けませんか」

冷たい声が響き渡った。

「古海さん!」


 古海は、足音もなく忍び寄っていた。

 直緒の肩から男の手をつまみあげ、ぐいと捻った。

 男は悲鳴をあげた。


「いててて。暴行する気か!」

声高に叫ぶ。

 古海は動じなかった。

「ここは、個人の敷地です。私は、一乗寺家の家令。ここを守るのが、職務です。めんどうなことにならないうちに、さあ、出てお行きなさい」


 罵詈雑言を吐きながら、男は、あとじさった。

 古海は内ポケットから、ペンを取り出した。


「あまり汚い言葉は使わない方がよろしい。録音されてますよ」


 ペンではなく、ボイスレコーダーだった。

 くるりと男は背を向け、呆れるほどの速さで、駆け去って行った。



「怪我はありませんでしたか、直緒さん」

古海が近づいてくる。

「いいえ。だいじょう……」

直緒の言葉は、途中で途切れた。


 古海が、直緒の肩を、Yシャツの上から手でばんばんと、はたき始めたのだ。

「あんなやつに触らせるなんて。まったくなんてことだ」

「べ、別に触らせたわけじゃ……」

「おんなじことでしょ。さっさと蹴りをいれればよかったんです」

「そんな、知らない人をいきなり蹴るなんて、……古海さん、痛いです」

「汚れを払ってるんです。これくらい、我慢なさい。男の子でしょ」

「いや、だって、」

「自分の身くらい、自分で守れるって、直緒さん、言ったじゃないですか」

「守れますとも」

「触らせたら駄目です」

泣きそうな声で、古海は言った。

「お願いだから。もう、これ以上、誰にも」



**



 「ああ、いたわよ、その人」

のどかな声で、典子が言う。

「朝、コンビニへコーヒー買いに行ったら、門の近くに」

「お嬢様! また一人で外出を!」

「だって古海が、紅茶ばっか入れるんですもの」

「ご下命下されば、コーヒーくらい、私が」

「コンビニのコーヒーがよかったの! 街カフェってやつ、やってみたかったの!」


 典子も古海も、二人とも微妙に同じ方向へズレてる。

 直緒は言った。


「とりあえず、典子さんに、何事もなくてよかった……」

「うん。ちらって、私を見たけど、すぐ目をそらせちゃった」

「……また、ジャージでお出かけしましたね。緑の、中学時代の薄汚れたジャージで」

暗い目をして、古海が言った。


 「薄汚れた、は余計だわよ。ちゃんと洗濯、してもらってるんだから」

「だいたいですね。ああいう輩は、目の前を通る女性なら、たいてい、声をかけるんです。なにしろ、『令嬢』を探してますからね。それなのに、まったくスル―されるなんて。女性として、お嬢様、危機感を覚えた方が、よろしゅうございます」

「いや、女性に見られなくて、かえって良かったんですよ。典子さんがあんな奴に捕まったらと思うと」


 声を掛けられたのが自分でよかったと、直緒は思った。

 典子は大きくうなずいた。


「まぬけよね。探している本人が、目の前を通ったのも気がつかないなんて」

「おおかた、アブナイ中学生が通ったと思ったんでしょうよ。今どきの14歳は、怖いですから」


 陰々滅々とした声で、古海が言った。

 ため息をついて、付け加える。


「お嬢様を取材したいという申し出が、この頃、多いんです。インタビューとか、ファッションチェックとか、お部屋拝見とか。良家の令嬢特集だと言ってましたが、そういうことでしたか」

「すみません。僕の写真のせいで」

直緒は、いたたまれない思いだった。


 古海は首を横に振った。

「直緒さんは悪くありません。しかし、一乗寺家にゆかりがあるというところまでわかってしまってるんですね。これはちょっと、まずいです」


 傍らで、典子が目を輝かせた。

「お部屋拝見? 受けるわ、その取材」

「……腐部屋を? 一般公開? 正気ですか」

「正気に決まってるじゃない。蔵書を、一冊一冊、説明してあげるのっ。ステキ!」


「許しませんっ」

古海が叫んだ。

「そういう話は、部屋を片付けてからになさい。とりあえず、腐った本を減らしなさい! 布団を干させなさい! このままでは、根太が抜けます。屋敷が崩壊しますっ!」


 立ち上がった。

 眉間を抑えて、うつむいた。


「たちくらみが」

「だ、大丈夫ですか、古海さん?」

「お嬢様をしっかり見張っててください、直緒さん。お願いしますよ」

妙に気弱な声だった。




 「そんなことより、直緒さん、くりいむメロン先生のところに行ってたんですって?」

「あ。そうです。典子さんがいつまで経っても、お原稿を見せて下さらないから」

「まだ、書けていないのよ」


「おやおや、あんなに足繁く、先生のお宅へ通ってらしたのに?」

 立ち去りかけていた古海が、くるりと振り返った。

「妙ですね」

「そ、それはね。くりいむ先生の担当は、直緒さんだから!」

殆ど叫ぶように典子は言った。

「直緒さんの作家さんを取ったら、悪いでしょ」

「ふふん」

古海が鼻で笑った。


 本当は典子は、印刷所を買う……パパに買わせる……算段をしていたのだ。

 その印刷所を紹介したのが、くりいむメロン先生である。

 典子は内緒にしていたが、古海には、とっくにバレていた。


 典子と古海の間に、険悪な雰囲気が流れた。


 二人の間を取り成すように、直緒は言った。

「くりいむ先生は、僕が初めて惚れた、BL作家さんです」


 「だから、手を握ったのね、直緒さん」

けろりとして、典子が爆弾を落とした。


 「なんですと? 手を! 握った!?」

悲鳴に近い叫び声を、古海があげた。

「女……いえ、先生の手を握ったのですか、直緒さん!」

「え? あの、なんのことでしょう。僕、覚えが……」

「先生、興奮して電話をかけてきたわよ。編集さんが、楽しみ、とか、待ちきれない、とか言って、手を握ったって」


「直緒さん!!」


「そんな、二人して責めないで下さいよ。本当に覚えが……まてよ。あれかな?」

「アレ?」

「いや、古海さん、詰め寄らないで。あの、僕、出版契約書のコピーを渡してきたんです。契約はまだだけど、条件を知っていらした方が、安心していただけるかと」


 直緒のいた業界では、契約は、あいまいなことが多かった。

 口約束だけで原稿を手直しさせられ、そのまま放置される作家もいる。当然、支払いはない。

 採用が決定しても、原稿料や印税の取り分について、曖昧なままのことも多かった。

 その点、モーリス出版は、事前にきちんと契約書を取り交わす。


 「契約書をお渡しするとき、先生の手に触れてしまったかも。ええ、確かに、ちょっと、触っちゃいました」

「なんだ。そんなこと」


「なんだじゃないです!」

典子の声に被せるように、古海が叫んだ。

「直緒さん、だいたいあなたは、無防備すぎるのです。フェロモン、たれ流してます。ダダ漏れです。少しは自覚なさい!」

「ふぇ、ふぇろもん?」

「私は、ですね、身が保ちませんです。男も女も、全方向360度、しっかり見張って、しっと……」

ぷつりと言葉を切った。


 嫉妬、と聞こえた気が、直緒はした。

 ……古海さんが、嫉妬?


「大声を上げて、失礼致しました」

くるりと背を向け、今度こそ本当に、古海はオフィスから出て行った。




 「古海さん、どうしたんですか?」

入れ違いに、メイドが入ってきた。

 お茶のワゴンを押している。

「なんだか、ふらふら出ていきましたけど?」


「あ? いつものことじゃない」

典子が答える。

「でも、あんな大声を出すなんて」

直緒は言った。

 この頃の古海の不安定さが、気になってならない。

「だいたい、フェロモンって、垂れ流すもんじゃないでしょう。言葉の使い方が間違ってます。フェロモンは目には見えないですし、微量で大きな効果があるんです」


「……」

「……」


「古海さん、どうかしてます」


 「生理なんじゃない?」

典子がさらっと応じた。

「えっ!」

メイドから渡された紅茶茶碗を、直緒はあやうく取り落としそうになった。

「お嬢様」

メイドがたしなめた。


 ……おっと。

 ……メイドさん、って、呼んだら、だめなんだ。

 ……篠原さん。典子さんは、モナちゃん、って呼んでる。

 ……ええと、だから名前は……。


 「そんなことよりね」

重大な内緒話をするように、声を潜めて典子は言った。

「売れてるのよ、モーリスうちの電子書籍」

「えっ!?」

思わず直緒は、叫んでしまった。


 大きく、典子は頷いた。

「すごくダウンロードされてるの。対前月比3倍だわ」

「さ、3倍? それはすごい」

「やっぱり、じわじわくるのね、こういうのは」

「じわじわ? 何か、手を打ったんですねっ!」


 さすが典子だと、直緒は思った。

 この本が売れない時代に、どのような魔法をかけたんだろう。


 意味ありげに、典子はメイドに笑いかけた。

 メイドは、つん、と顎を上げてそれに応じた。


 「佐々江さん」

典子は言った。

「え?」

「門壇社の佐々江さん。彼がね、営業で全国の書店を回る時、ついでにモーリスの電子書籍も宣伝してくれてるの」


 ぴらり、と、A4の紙を渡した。

 犬と猫がじゃれあった、かわいらしいイラスト。

 派手な字体が踊る。

 美しい印刷だ。

 新しく手に入れた印刷屋に刷らせたものとみえる。


「モーリスの電書目録。本好きの人は、やっぱり本屋さんに集まるもの。書店のレジ横とかに置かせてもらって、お客さんに、自由に持って行ってもらうのよ。佐々江さんがね、これを、書店さんに置いてきてくれるの。訪問した書店に、門壇社の営業のついでにね」


「ついで? いったいどうして、そんな。門壇社は、モーリスうちとは、何の関係もないのに」


 またもや典子とメイドは、目を見交わした。

 二人の間に、激しい電波が飛び交っているように、直緒は感じた。


「さあねえ。佐々江さん、私達の出す本に、感動したんじゃない? 自発的に、宣伝してくれるって、申し出たのよ」


 にっこりと、典子はほほ笑んだ。

 なんだか邪悪な笑みだった。


「ここで一気に売り上げて……、そろそろ、紙で出そうかと思っているの」

「紙で!」

「だから、くりいむ先生にも、頑張ってもらわなくちゃ」

「素晴らしい。くりいむ先生のご本が、紙で!」

「それから、大河内先生も。あと、奈良橋沙羅先生」

「えっ! 奈良橋先生! 書いて下さるんですか? あの、BL業界の大御所が!?」

「わたしには、ほら、伝手があるから」

「伝手?」

「だからぁ~、サ・イ・ン・会!」


 そうだ。人質となっていらした奈良橋先生を解放させたのだった。

 典子自らが、人質となって。


 「ここまで見越していたのよ、わたしは。だから、体を張って、人質になったの」

 典子は薄い胸を張った。


 怪しいものだと、直緒は思った。

 典子の行き当たりばったりの性格は、よく知っている。


 「それからもう一人。わかっているわね、直緒さん」

「は? どなたでしょう?」

「久條先生よ、もちろん。あなたも、体を張って、原稿を取ってくるのっ!」




 「なるほど。そういう風に、あの、佐々江という男を使いましたか」

典子にけしかけられて直緒が出て行くと、もなみは言った。

「なるほどねえ」


「だめ?」

上目づかいにもなみを見上げ、典子が尋ねた。

 「いいえ。あの男の処遇は、お嬢様にお任せしましたから。お好きなように、お使い下さいませ」

「モナちゃん、怒ってる?」

「いいえ」


もなみはぷっと吹き出した。

「腐女子を襲っていた男が、BLを営業して歩いてるかと思うと、……なんだかおかしくて」

「あら、彼は改心したわよ」

心外だとでもいうように、首を振りながら、典子は言った。

「今では心から楽しんで、BLを広めてるわ。モーリスの仕事をする人は、そうでなくちゃいけないのよ」

「すごい心境の変化ですね。なんでまた、そうなったんです?」

「木島さんという伴侶を得たからに決まってるじゃない」


 典子は答えた。

 うっとりとした目をしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る