神子達の学園奮闘記

どくどく

導入フェイズ

神山詩織 ~力の目覚め

 神山詩織は生徒会長だ。

 顔立ちは成程美人なのだろう。背中まで伸ばした黒髪と鋭い目。ほっそりとした肩から流れるようなボディライン。立てば芍薬座れ牡丹歩く姿は百合の花。美人を表現する言葉としてこういった言葉がある。なるほど彼女にふさわしいだろう。

 生まれ持って得た美貌を磨き人心掌握の術を覚えれば、この蔵星学園内で類を見ない一大派閥ができただろう。だが彼女はそれを望まなかった。媚びへつらう人など不要、とばかりにそういった人たちを排除し生徒会に入る。そこでも頭角を示し、そして今生徒会長となる。

 生徒会として様々な活動をこなしてきた。文化祭や体育祭、クラブの認可。そして生徒たちが起こす問題に首を突っ込み、そして解決してきた。

 その行為に慕うものも多く、何人もの生徒の告白を受けてきた。だがそれらをすべて断ってきていた。誰か一人と付き合うつもりはない。今はただ、この学園の為に頑張るのだ。

 こういった性格の為、嫉妬する者も多い。中には暴力的な行為に出る者もいた。だがそれを彼女は竹刀一つで一蹴していく。

 心技体すべて揃えた生徒会長。それが神山詩織だ。その才能を前に人は天才がいることを知り、その行動を前に清廉という意味を知る。

 だがそんな彼女にも――否、そんな彼女だからこそ持ち得ぬものがあった。

 共に歩む仲間。突出した才を持つ彼女は、その性格と能力ゆえに孤独であった。


 気が付くと、詩織は見知らぬ場所に居た。

「ここは……神殿?」

 知識としてこれがギリシアの神殿のような建物であることはわかる。だが詩織の知識にあるギリシア神殿はここまで大きな物はない。そして少なくとも自分の生活範囲内に、このような神殿があるなんて聞いたことがない。

「初めまして、シオリ。突然の無礼をお許しください」

 そして目の前に光り輝く何かがいた。姿かたちこそ女性だが、それがただの人間にはとても思えない。発せられる何かに威圧され、詩織は息をのむ。

「私の名はアテナ。オリュンポスの十二柱神。貴方達が『神』と呼ぶ存在です」

「神……様?」

 詩織は驚きと不信が混じった声をあげる。いきなり神と言われてその言葉を信用できる人は、よほどの朴訥かあるいは底抜けの馬鹿かだ。だがそこから感じる威光は、確かに唯人ならぬ存在であることを詩織は感じ取っていた。

「シオリ、貴方の地上での働きは素晴らしいものです。己の学び舎の為に懸命に働くその姿。称賛に値します。

 その貴方が守る学び舎に魔の手が迫ります」

「魔の……手?」

「はい。貴方の学び舎にある七の伝承。それに命が宿ります。そこに通う者たちはそれにより存在を失われていくでしょう。そしてそれは人の手では抗することはできないのです」

 アテナは詩織の手を取り、瞳を閉じる。詩織の網膜に学園の光景が映し出された。普通に話し、普通に授業を受けている生徒たち。だが不意に一人、また一人と消えていく。そして学園から出ることはできず、そして最後には誰もいなくなった学園……。

「こんなこと、早く警察に伝えないと」

「残念ですが人の身では怪物モンスターに抗することはできません。彼らが生み出す絶界アイランドに入れば出ることはかなわず、外に居る人間はその異常を感知することすらできないのです」

 あまりのショックに二の句が継げない詩織。怪物だの絶界だのと言葉の意味は分からないが、このアテナを名乗る存在が嘘を言っていないことはわかる。嘘と呼ぶにはあまりにも壮大で、荒唐無稽なのだ。

 なによりも――この存在は詩織の学園に起きる出来事について、本当に心を痛めている。とても詩織をだまそうとしているとは思えない。

「神様……ですよね。助けてくれないんですか?」

「それができないのです。我々神は『大誓約』により地上に干渉できないのです。

 私にできるのは、ただこれだけ」

 アテナは言って詩織に小さな瓶を渡す。赤い液体が入ったガラスのような小瓶。

「この中に私の血が入っています。これを飲めば私の権能オーソリティを受け継ぎ、神のギフトが使えます。それを用いれば、あるいは対抗できるかもしれません」

 アテナは詩織に小瓶を渡し、彼女の瞳を見る。

神の血イコルを飲んで神子アマデウスになれば、確かに怪物に対抗できます。ですがその戦いは楽なものではないでしょう。命を落とすかもしれません。ですが断れば、貴方の学び舎が怪物に蹂躙されます。

 非常につらい選択を強いているのは理解しています。ですが――」

「わかりました」

 説得を続けるアテナを制し、詩織は子瓶の蓋を開ける。そのまま躊躇なく中の液体を飲み込んだ。

 何かが深く体の隅々まで溶け込んでいく感覚。頭脳が冴え、心臓が激しく脈動し、そして世界が変わって見える。鋭くなった感覚が、幾重にも重なる歯車の存在を感じさせる。あれは……?

「それは運命の輪。この世界の力の流れ。あれが見えるということは、シオリも神の子として目覚めた証です」

 アテナの言葉とともに運命の輪が回り始める。黒、赤、青、緑、白。五色の光が灯された輪は無機質に回転する。

 同時に世界が白く染まり始める。その城に飲み込まれ、消えていくアテナ。

「お願いします、シオリ。貴方の学び舎を守ってください」

 消えゆく前、アテナの声が響く。

「貴方の座にて出会う、運命の仲間と共に――」


 詩織はアテナからの予言を受け、蔵星学園に向かって走る。

 怪物だか何だか知らないが、大事な日常の一部を壊すのなら容赦はしない。

 先ずは仲間と合流しよう。同じ神の力を受け継いでいるのなら、きっと戦力になる。

 学校の校門に言い知れぬ異常を感じた。これが怪物モンスターの力、絶界アイランドと呼ばれる世界と世界を区切る力。なにも知らずここから入れば出ることはできない。怪物の物語に取り込まれてしまうのだ。

 詩織は恐れることなく、その校門を潜り抜けた。

 

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