この日常を噛みしめて
ヤカタリョウ
プロローグ
他人の幸福を妬む人間は心が貧しい人間だ、とまだ小学生やそこらの時に何となくつけたテレビで出演者の男が言っていたの俺は今でもよく覚えている。
覚えているといっても当時小学生の俺はその何かの専門家らしい男にまったく興味を持てなかったし、当然その男が心理学の専門家で人間の感情に関わる大きな発見をして論文を発表し、一躍時の人になったからテレビで演説をする機会を設けられただとかそういったのだとかいちいち細かいことを覚えているわけでもない。
それでも俺が何年も前のその言葉を今でも記憶しているのは、やはり自分の置かれていた状況故に少なからず心に響くところがあったからだと思う。
そのときの俺は、交通事故で両親を亡くし、いじめっ子集団に目をつけられ小学校での居場所を失くし、そして生きる希望を無くしていた。
両親が結婚する際にかなりのいざこざがあったらしく親戚とは疎遠。まだ幼かった俺と妹を救ってくれたのは唯一面識のあった伯母であったが、かなり仕事が忙しかっつたらしく、家にいることがほとんどなくて、料理から洗濯まで身の回りのことは自分でしなくてはいけないほどだった。
学校に友達のいない自分は誰にもこの辛さを相談することができないまま、なんとか登校はしていた学校の教室で一人寂しく周りのクラスメイト達が談笑する声を机に突っ伏して寝たふりをしながら聞いて、自分の不幸を恨み他人の幸福を妬んでいた。
そんな時にテレビでこの言葉を聞いたのだった。
俺は嘆いた。
なぜ俺は何も悪くないのにこんな仕打ちを受けなくてはいけないのであろうか。
幸福を望んではいけないのであろうか。
大きな幸せは望まない。家族そろって食卓を囲み、学校で友達と何をして遊んだか、何を学んできたか。そんなたわいもないことを家族に話して一日を終える。ただただ当たり前な日々をすごしたかった。
しかし、当たり前でありあふれたそんな日常も、俺にとってはいくら背伸びをしても届かない星のような尊い存在だった。
それでも、そんな俺のことを神様は完全に見捨てたわけではないようで、受験をして入学した私立の中学校では自分の過去など一切気にせず接してくれる友人が何人かでき、毎日なんてことないバカ話をして気楽に笑って過ごすことができた。
そうなると、小学生のころはただいるだけで苦痛になっていた学校も毎朝駆け足で登校してしまうほど楽しい場所となり、他の生徒がめんどくせえめんどくせえと言っている勉強ですらただひたすらに楽しかった。
元々体格に恵まれて、比較的厳つい顔つきなところもあり、俺の置かれている境遇を知る教師陣からはグレて不良になってしまうのではないかと不安がられていたようだが、そういったことはなく、自分で言うのもなんだがどちらかというと成績のいい優等生であったと思う。
親が残してくれた遺産(親父が生前宝くじで一発でかいのを当てたらしい)にも限りがあるので、妹の将来のこともあり収入の良い職に就くために大学への進学も踏まえ、部活動が盛んで尚且つそこそこの進学校と地元でも有名な高校に学業推薦制度を利用して入学した。
そういうこともあり、あくまで将来のための通過点として考えて入学した俺だったが、そこで俺は—————人生のターニングポイントとなる、一人の女子生徒と出会った。
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