ああ、女神さま、かんべんしてよ。(その3)

 見事、サンダードラゴンを倒した女神さまが、振向いてこちらを見た。


「アリサちゃ~ん。よく頑張ったねぇ~えらいよ~」


 神さまが気色悪い猫なで声で、女神さま……アリサちゃんをねぎらう。


「でゅわっ」


 たぶん……『それほどでも』とか、謙遜しているに違いない。牛虎ウシトラ語まったく分からんけど。


 女神さま、ふと、神さまのとなりに立っている俺に視線を向ける。


 ……ぽっ……

 女神さまの銀色シルバーほおが、みるみるピンク色に染まっていった。


 ……あれ……?


 女神さま、今ままで丸見えだった股間こかんのカラーリング・タイマーを、突然、「いや~ん」って感じで両手で隠しながら、五歩ほど遠ざかった。


 なにしろ、巨人の五歩だ。

 それだけで軽く俺らとの間に百メートルの距離ができた。


「でゅわっ!」


 女神さまが、百メートルの向こうから振り返って、神さまを手招きしている。


「はあ……? アリサちゃん、今日はちょっと変じゃのう……なんか、こっちに来いと言っておるから、ちょっくら行ってくるわ」


 じいさん、てくてく、女神さまのほうへ歩いていった。


 百メートル先で、二人、ひそひそ話し。

 女神さま、しゃがんで、じいさんと何か話しながら、俺を指さしている。


 ……しばらくして……


 ひそひそ話を終えたじいさんが、こちらへ、てくてく帰ってきた。


「ど……どうしたんスか? いきなり、あんな所に行ってひそひそ話なんて。

 気になるじゃないですか」


「……」


 じいさん、しばし沈黙のあと、俺の背中をドンッ、と叩いた。


「あたた……痛いじゃないですか。いきなり……」


「……良かったな。ドーテー君。ドーテー卒業のチャンス到来じゃぞ」


「ドーテー、ドーテーって、失敬だな、あんた」


「なんじゃ? 違うのか?」


「そりゃ……まあ……ドーテー……です……けど……」


「じゃから、そのドーテーを卒業するチャンス到来じゃて」


「……ま、まさか……」


「そうじゃ。アリサちゃんな……おぬしに、の字じゃぞい。さっき、根ほり葉ほり聞かれたわ。年齢とか、住んでいる場所とか、通っている学校の名前とかな」


「あんた、おれの住所とか、学校とか知ってんのか?」


「そりゃ、まあ、これでも一応、神さまじゃからの。この宇宙に知らないことは無い」


「けっ、都合の良い時だけ全知全能かよ」


「それは、それとして……どうじゃ、お前さえ良ければ、わしが仲介してやっても良いが?」


「うむむむむ……」


 俺は、悩んだ。

 勉強、運動、ルックス、三拍子そろって中の下ランクに位置し、女に告白する勇気なんてミジンコ以下の、この俺が、あろうことか女のほうかられられるなんて、こんなチャンスは、そうそう滅多めったにあるもんじゃない。


 ……が……


 俺は、百メートル先でもじもじしている女神さまの股間こかんで青く光っているカラーリング・タイマーを見た。


 ……あれ? カラーリング・タイマーが、青に戻っている。

 まあ、良いか。

 それより……


「……あの……神さま……ひとつ聞いて良いですか?」


「なんじゃ?初デートのプランか? そういうハウツーなら、わしゃ仰山ぎょうさん、引き出し持っとるで。伊達だてとしはとっておらん。何でも聞くがよい」


「いや……そうじゃなくてですね。そもそも、基本的な問題として、我々、地球人の男とですねー、その牛虎ウシトラ星人の女性はですねー」


「何じゃ?」


「そのー、えーっと、いわゆる一つの『女医が教える、本当に気持ちの良いゴニョゴニョ』的な行為は、可能なんでしょうか」


「……ああ、そのことか……」


 神さま、いかにも『なんだ、そんな下らん事を気にしとるのか』的な、軽蔑した目で俺を見る。


「ああ、全く。これだから、人間は、いつまでたってもアストラルでスピリチュアルな存在に進化できんのじゃ。おい、地球の若者よ。そんなに、エッチがしたいのか? そんなに肉体の快楽が大事か? 人と人とのつながりとは、そんなつまらない物なのか? たましいたましい、精神と精神、スピリット・アンド・スピリットな和合を目指さんと、ほっすれば、うんたらかんたら……」


「なんか、神さま、最後のほう適当に言ったでしょ? ガラにも無く『いかにも尊敬されるような高尚こうしょうな事、言わなきゃ』ってあせって、自爆じばくしたでしょ、今……まあ、それは、ともかく。たましいたましいも、ご結構けっこうですけどね。俺を何だと思っているんですか? 一応、これでも男子高校生ですよ? 人生で一番、成長ホルモンMAX、男性ホルモンMAX、毎朝ビンビン、妄想バンバンな年頃ですよ? 第一、神さまだって、さっきドーテー卒業のチャンスがどうのこうの言ってたじゃないですか?」


「まあ、それは、ホレ、あれだ。肉体のドーテーのことではなくだな、たましいのドーテーというか、なんというかゴニョゴニョ……あ、あれを見ろ!」


 突然、神さま、空の一点を指さす。

 また、ベタな誤魔化ごまかしだな。

 ここは、一旦誤魔化ごまかされてやるか的に、おれは『あ~?』って感じで、神さまの指さす方向を振り返って見た。


「ふぉーーーー」


 高速浮遊物体が近づく時の音をさせながら、雲の切れ間から何かがこちらへ向かって飛んでくる。

 よく見ると、銀と赤のツートンカラーの人型。


 その人型の飛行物体、見る見る大きくなって、女神さま……アリサちゃんの横に着地。


 今度は、俺も、目の前の銀と赤のツートンの巨人……牛虎ウシトラ星人が女性だって事が分かった。


 だって、巨乳だったんだもん。


 巨人の巨乳にムラムラ来たかと言うと、そこは微妙。

 まあ巨乳つっても限度があると思うけどな。

 木曜スペシャル「キンキンのビックリ人間大集合」みたいな巨乳見せられても、なぁ……っていう、あの感覚と同じっていえば分かってもらえるか。

 あ、ごめん。

 高校生なのに、80年代ネタやっちゃった……


 それは、それとして、突如とつじょ飛来した二人目の女形の巨人が、最初の巨人……アリサちゃんの肩に手を置いて、何か語りかけている。


「でゅわっ!」


「でゅわっ、でゅわっ!」


「『アリサちゃん、大丈夫?』『あ、お姉ちゃん……大丈夫ですぅ』と、言っておる」


 爺さんが通訳する。


「ということは……」


「そうじゃ、あれがアリサちゃんと二万歳ちがいの姉、ニッTフジBSテレビ期待の大型新人アナウンサー、さくらちゃんじゃ」


「に……二万歳ちがいって……牛虎ウシトラ星人の寿命、何万歳だよ」


「でゅわっ、でゅでゅわでゅわっ、でゅ」


「せっかく来てくれたのに、アリスひとりで、やっつけちゃったですぅ~。お姉ちゃん、呼び出しておいて、ごめんですぅ~……と、言っておる」


「なんで、そんな甘ったれた語尾なんだよ。本当にそんな言い方してんのか?」


 そのとき、お姉さん女神さまで新人女子アナのちゃんが、ふと振り向いて、こちらを見た。


 俺と目が合った……タマゴ型の電飾入りの目が……


 ぽっと、シルバーの頬がピンク色に染まる。


 百メートル向こうで、姉のちゃんが、妹のアリサちゃんに何か話しかける。

 ……俺を指さしながら。


「でゅわっ、でゅでゅわっ、でゅわっ!」


「でゅでゅわっ、でゅでゅでゅわっ、でゅでゅわっ、でゅわっ!」


「むぅう……翻訳するとじゃな……

『あそこに立っている地球人の男の子は誰? けっこう、かわいい男の子じゃない?』

『あ~ん、だめですぅ~、あの男の子は、私が最初に見つけたんですぅ~。

 お姉ちゃん、手を出しちゃだめですぅ~』

 と、言っておる」


「つ……つまり……」


「いわゆる一つの『姉妹で一人の男を取り合いっこ』状態じゃな」


「……」


「なんじゃ……あんまりうれしくなさそうじゃな……こういう時は『ハーレム・フラグ、キターッ』とか抜かすのではないのか? 地球人のアホガキは……」


「……アホガキって……だから、さっきから言ってるじゃないですか。何人の牛虎ウシトラ星人の女性に好かれようとですねぇ、最終ゴール出来ないんじゃ意味無いでしょ? 見てくださいよ!」


 俺は……失礼だとは思ったが……百メートル先の女性たちの二人の股間こかんを指さした。


「彼女たちのゴール、ばっちりカラーリング・タイマーでふさがれているじゃないですか? あれで、どうやってゴールインするんですか? あれをはずすと、中から、しっとり濡れたブラックホールでも出現するんですか?」


「……それなんじゃがな……少年よ」


 いきなりじいさん、賢者のような顔つき。


「たった今、全知全能にして大宇宙の根源的集合無意識体の、このワシが妙案みょうあんを思いついたぞ」


「な、何すか?」


「実は牛虎ウシトラ星人が、地球に潜伏するときには、人間の姿を借りるのじゃ」


「ああ、知ってますよ。それ。テレビで見ましたから。あれでしょ……第一話で、宇宙怪獣を追って地球に飛来した、宇宙パトロール所属の牛虎ウシトラマンが、地球人の若者のたましい憑依ひょういする所から物語が始まるんでしょ?」


「うむ……そうじゃ。……ところで、地球人のエロガキよ……」


 そこで、全知全能にして大宇宙の根源的集合無意識体のじいさん、いきなりゲスい笑いを顔に浮かべる。


「お主の同級生でクラスメートの女に、藤本っちゅう、えろう別嬪べっぴんな娘がおるじゃろう?」


「ほんと、都合の良い時だけ全知全能なんだな。はいはい、いますよ。かわいくて、清楚で、頭も良くて、廊下ですれ違ったときなんかフワッと何とも言えない良いにおいがして、その夜は、そのにおいの記憶だけで妄想ふくらまして、ごはん三杯は食ってますよ。って、まさか、じいさん!」


「そうじゃ。あの二人のどちらかを、おぬしが毎晩ズリネタにしているその娘に憑依ひょういさせるのじゃ。そうすりゃ、何でもしたい放題じゃ。お主が毎晩妄想しておる、どんな変態プレイも変態ポーズも思いのままじゃぞ」


「……」


「まずは手始てはじめに、ロープでも使ってみるか? それとも、いきなり(自主規制)めか? ケッケッケッ……」


じいさん、それって、藤本本人の意思はどうなるんだよ」


「もちろん憑依ひょういされた地球人の体は、本人の意思では全くどうにもならん。たとえ、その藤本とかいう娘が、おぬしをどれほど嫌っていようと、すべなし、されるがままじゃて。イッヒッヒッヒ……」


 じいさん、さらにゲスい笑い。

 さすがに、引いた。


「あー……じいさん、ごめん。さすがに、俺、そういうの駄目だめだわ。そりゃ俺だって、夜中に自分の部屋で一人でズッてる時は、藤本ネタにして、えげつない妄想したこともあるよ。……でも、妄想と現実は違うよ。相手の意思を無視して……とかって、人の道に反するっていうか、人間として、越えてはならない一線を越えてて、俺、無理だわ」


 まさか、俺が断るとは思っていなかったんだろうな。じいさん、しばし呆然。


「えーっと、そ、そうか、そうじゃな……」


「しかし、大宇宙の根源的集合無意識体さまともあろうお方が、よく、そんなえげつない事を考えるもんだな」


「あ、っと、いや、これは……あ、っそうだっ。た、試したのじゃよ、おぬしの事をな。……わはははは……そ、そうじゃ、これは大宇宙の試しじゃ。わ、わざと誘惑をして、おぬしが道をはずすような人間かどうかを、試したのじゃわい。……いや、よくぞ、悪の誘いに乗らなかった! さすがじゃ。あっぱれじゃ。それでこそ、わしが見込んだ男!」


 爺さん、さらに苦し紛れの言い訳。


「……ホ、ホレ、昔話にもあるじゃろ? 『あなたが、落としたのは、どっち? 金の斧? 銀の斧?』と、言うやつじゃ。あえて誘惑するような事を言って正直者かどうかを見定める。われわれ神さまの常套手段じゃて」


「嘘くせぇ……」


「ムッ?」


 じいさん、いきなり視線をそらして耳に手を当てる。


「何、誤魔化ごまかしてるんだよ」


「シッ!」


 じいさん、口に指を当てて、静かにしろのサイン。


「何か来る!」


 言われてみると、遠くの方から何やら「クォーオオオン」という甲高かんだかい音が、次第に近づいてくる。


「こ、この音は、もしや……」


 じいさんがつぶやいた。

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