ああ、女神さま、かんべんしてよ。

 その時、神さまがふところから何かを取り出した。


「とうっ」


 サンダー・ドラゴンの向かって右側、数十メートル先に投げる。

 けっこう、良い肩してんな。神さま。


 今まで親のかたきみたいに俺らをにらんでいたサンダー・ドラゴンが、急にその長い首を、神さまが投げつけた「何か」の方へ向ける。


「な、何すか、あれ」


「サンダー・ドラゴンの大好物、雷雷軒らいらいけんのジャンボ肉シュウマイよ。なに、こんなこともあろうかと、用意しておいたのだ」


「なら、早く出せ!」


「いいや、しょせんはわずかな間の時間稼ぎにしかならん。いかに雷雷軒らいらいけんのジャンボ肉シュウマイがジャンボとはいえ、相手が大きすぎる。持って数分……」


「数分も、持つの? あのジャンボ・シュウマイ、そんなに食べにくいの?まあ良いや。逃げましょう、とにかく今のうちに、ソープラで逃げましょう」


 走り出そうとした俺の首根っこを捕まえて、神さまが言った。


「いいや……ここで、一気にを着ける」


「ええっ、何で? 何で、そういう展開? 何でカスタム・ミク・チューン・ミク・ソープラで逃げないの?」


「ここで、これから、女神さまを召還する」


 神さまが、おれの叫びを無視して、きっぱりと宣言した。


「……め、女神さま?」


「うむ」


 必死で逃げようとしていた俺の脚が、止まる。

 神さまに向き直った。


「本当っスか?」


「ここで嘘言ってどうする」


 ヤッター、女神召還イベント、来た!

 いやいや、待てよ。この爺さんのことだ、わなかも知れんぞ。


「ちなみに、すっげー、かわいいぞ」


「ほんとっスかぁ~、信じられないなぁ」


「ああ、もう半分食べられた……雷雷軒らいらいけんのジャンボ肉シュウマイ、もう半分食べられちゃった……ああ、このままだと、ワシら、どうなっちゃうのかなぁ……」


「あの図体で、まだ半分かよ。どんだけ食べるの下手なんだ。わかりましたよ。早く、呼びましょうよ。女神さま」


「おぬし、モスラって知っとるか」


「なんですか、唐突に。な、名前くらいは聞いたことあります。見たことは無いけど。なんか、ゴジラ系? 俺らの世代だと、さすがに、そういうの詳しく無いんスよ。ああ、なんか『モスラの歌』とか一度くらいは、聞いたことあるかなぁ……ヨーチョーブで」


「何バージョン?」


「な……何バージョンって……よく知りませんけど、特撮とかセットとか、ちょっとレトロだったし……1960年代? くらいのやつじゃないですか?」


「よしッ!」


「え? ま、まさか、女神召還って……」


「そう。あの歌、丸パクリすんの。おれらで」


「良いんですかっ、それ。それに、歌詞覚えてませんよ。なんか外国語みたいなファンタジーな感じだったし」


「今から替え歌教えるから。覚えろ」


「か、替え歌っすか……」


「めがみぃ~や、めっがっみぃ~

 まんまん、くっさ~くさ、めっがっみぃ~」


 下品!

 下品! 下品! 下品!


 神さま最低!


「おれ、高音やるから、お前、低音パートな。

 ちゃんとハモれよ」


「……」


「それから、振り付けもあるし。それも覚えろ。間違えんなよ! 俺らのシンクロ率、百パーセントじゃないと、呪文、機能しないから。これから特訓なっ!」


「……」


 それから俺らは、サンダー・ドラゴンが雷雷軒らいらいけんのジャンボ肉シュウマイの残りの半分を食べきるまで、特訓を続けた。

 何故か、特訓の成果あって、俺らは完璧に歌と振り付けをマスターしていた。

 シューマイ、食べきる前に。


 まったく……やれやれだぜ。


 雷雷軒らいらいけんのジャンボ肉シュウマイを食べ終えたサンダー・ドラゴンが、再びこちらを向く。


「今じゃ、いくぞ、女神召還の歌……ハイ……さん、しっ」


「めがみぃ~や、めっがっみぃ~

 まんまん、くっさ~くさ、めっがっみぃ~」


 ああ……もう、どうでもいい……どうでも……


 俺とジジイは、見事シンクロ率百パーセントで呪文の詠唱を完遂した。

 その瞬間。

 どこからともなく、光の粒子が、俺らとサンダー・ドラゴンの間に集まりだした。

 光の粒子が、次第に量を増していく。

 まぶしくて、目を開けていられない。


「でゅわっ!」


 ……え?

 目の前に、全身を銀と赤のツートン・カラーに塗り分けた巨人がファイティング・ポーズを取っている。

 そっちっスか! 今度は、そっちですか!


「あれが女神?」


「……うん」


「どこが、女神なんだよ! どの辺が、おんななんだよ!」


「ミニ・スカートはいてるじゃん」


 確かによく見ると、銀と赤のツートン・カラーの肌(?)と同色でコーディネートされた布を、腰に、申し訳程度に巻いている。

 相手は、巨人だ。

 足元に居る俺らからは、ミニスカの中、丸見え。

 まあ、見えたからと言って、どうと言うこともないが……


 ……あれ?


「か……神さま……」


「何じゃ、うるさいな。貴様は。黙っておれんのか。これからクライマックスじゃというのに……」


「か、神さま、気のせいかな?なんか、あの女神さま、股間の部分が青く光っているように見えるんですけど……気のせいかな……?」


「ああ、あれな。あれ、カラーリング・タイマー。あれが、赤くなってピコピコ言い出したら、女神さま、電池切れ」


「なんで、なの? ねえ、なんで? 訳わかんない」


牛虎ウシトラ星人にとってはな、カラーリング・タイマーは一番大事なモノなのじゃ。だから一番大事なところに着けたんじゃろうて」


「……」


「さあ、いよいよ。最後の闘いじゃぞ。もう、黙って……」


「いま、牛虎ウシトラ星人って言いませんでした?」


「それが、どうした。いわゆる一つの、牛虎ウシトラマン……じゃない、牛虎ウシトラガールじゃ。彼女な、牛虎ウシトラ星の国立牛虎ウシトラ大学の本年度ミス・キャンパスじゃ。ピチピチの女子大生じゃぞ」


「でゅわっ!」

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