クラスメイトの範囲は

@morningusb

プロローグ

 葬式の時は黒いネクタイ、黒いスーツでよかったよな?

 田舎に帰る電車の中で車窓に映った自分の姿を確認しながら、僕は自分自身に聞いてみるが、どうもはっきりした自信はない。真夏の朝の明るい日差しの中で過ぎていく窓の外の風景は、だんだんと緑が多くなり、確実に街中を外れつつあることを教えてくれている。昨日の7月25日、小学校の時の同級生の友人、相模が亡くなったというから向かってはいるけれど、社会人になって3年、田舎の友人とは年に1度集まって顔を合わせるくらいで、正直最近はほとんど付き合いがなくなってしまっていた。そのため、薄情かもしれないけど、悲しいという気持ちはあまりない。それよりは驚きのほうが大きかった。20代後半ともなると、周りの人間の1人くらい亡くなってもおかしくはないとわかってはいたけれど、実際に周りの人間がそうなるとは予想していなかった。毎年なんとなく集まって、たわいない話と近況報告を交わしながら、そのままみんな年をとっていくのだろうと漠然と思っていたから、あの友人がもういないのだとわかってはいても、実感がまだまだ沸いてこない。田舎まで、電車で1時間半という移動時間もあと半分は残っているけれど、この現実感のなさは、目的地で降りるときになっても消えそうになかった―――




 僕が育った田舎は、地方の中核都市から電車で1時間ほどかかる場所にある、山間の小さな町だった。小学校は1つしかなく、その町の子どもの全員がそこに通うような具合で、全校生徒は300人余り。各学年2クラスしかないので、ほとんどみんなが顔見知りのまま学校生活を送ることになる。駅から僕の住んでいた家の近くへのバスが1時間に1本だったり、数年に1度は熊が出た、と町内放送がかかったり、その発見された熊は隣町の猟友会によって無事退治(?)されました、という続報が流れたりという、そんな町だった。家の裏の林でカブトムシが取れたり、川には蛍がいたり、自然に囲まれた、というと聞こえはいいけど、ぶっちゃけた言い方をすると、田舎だった。中核都市まで電車で1時間、ということから人数だけは数万人、という公式発表だったが、当時の僕にとっては、正直疑わしい数字だ。体感としてそんなに人がいるとは思えなかった。僕はそこで小学校6年生の卒業までを過ごし、会社まで片道2時間という生活に耐えかねた父親の中核都市への引っ越しを契機に、田舎暮らしにピリオドを打つこととなった。正直、田舎での生活に慣れてきていたのもあり、なじんだ友達と離れるのは寂しくはあったけれど、引っ越し先から田舎までは電車で2時間くらいで、遊びに来ようと思えばすぐ来られるから僕らはいつまでも友達だ、と何人もと慰めあったことを覚えている。……でも、結局、だんだんと足が遠のいて、今では1年に1度の友人同士の集まりに行くのみになってしまっている訳だけど。なんか、人間関係ってどうしても新しい付き合いの人重視になっちゃうよね。……ならない? でも、それはかえって、今も切れずに付き合いが残っている昔の友人は、大切だということでもあって。そんな大事な友人の訃報を聞いても悲しさより驚きが先に立つ自分は、やっぱり薄情だ、と僕は心の中でつぶやいた。誰に対して言い訳しているのかはわからなかったけれど。

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