第3話 バカバカ私のバカ
途中、名前も知らない先生から怒られながら、菅谷にゴミ箱押し付けた普通教室棟5階トイレ前まで、廊下を疾走して階段も2段ずつ駆け上がる。
菅谷、もういないかな。ゴミ箱廊下に置きっ放しかな。
階段駆け上がりながら、誰もいない廊下にゴミ箱がひっくり返って中身がばら撒かれている光景を連想してしまう。あーバカバカ私のバカ、またやっちゃったか!
でも意外にも、5階の階段を上りきった先の廊下で、菅谷は律儀に待っていた。
ゴミ箱を床に置き、その横に座り込み、パズル誌を睨んでいる。なぜか担任のモトキチも側にいて、何か話し込んでいるみたい。
「こら三宅、元気なのは仕方ないが階段を走るんじゃない」
「ごめんなさい、モトキチ、じゃない
ちょっと息を切らせながらモトキチに返事をした。ついでに謝った形になった菅谷は、別に気にする様子もなくパズル誌から顔も上げない。何よその態度!
自分がゴミ箱押し付けたのはわかってる。待っていてくれたのを感謝しなきゃいけないのもわかってる。でも内心ムッとくるのを抑えきれず、おそらく怒った顔をしながらだと思うけど一歩踏み出した。
すかさずモトキチが手で制しながら、
「三宅、こんなパズルやった事あるか? これは割りと有名なタイプなんだが」
と、こっちに質問してきた。
先生が問いかけなかったら怒鳴ってたなあと思いながら、菅谷が持っている本を覗き込む。
〈問題〉
3人の旅行者がホテルに泊まった。
3人1泊2日で3万円だったので、前払いで1人1万円出してボーイさんに渡した。
だがちょうど5千円キャッシュバック期間中だったため、フロントはボーイに5千円戻すよう伝えた。
ところが、途中でボーイが2千円着服してしまい、旅行者3人には3千円しか渡さなかった。旅行者3人は戻ってきた3千円を3等分して1人千円ずつ受け取った。
翌日そのことがバレて騒ぎになるのだが、ここで問題が発生した。
旅行者は1人1万円ずつ出して千円戻ってきたので、1人9千円の支払い。
9千円を3人で支払ったので合計2万7千円払っているのに、ボーイが着服したのは2千円だ。両方足しても2万9千円。
千円はどこへ消えたのでしょう?
「はあ? ナニよコレ!」
クロスワードみたいなのだろうと勝手に考えていたけど、これパズルなの?
「三宅はこの手のパズルは初めて見るか? これは推理パズルとか数的推理とか言われるもので、公務員の採用試験でも出されるんだが……と、小鹿野も来たな」
振り返ると、フーフー言いながら階段を上ってくる小鹿野さんがいた。私を追いかけてきたのね。でも5階まで上るのがつらかったみたいで、ちょっと悪いことしたかな。
階段を上る時に、後ろに誰もいないのにスカートの裾を気にして手で押さえている。その仕草が、同性の私が見てもやっぱりカワイイ! そして大股で駆け上がった自分の姿がどんなだったか考えて軽く自己嫌悪してしまう。
私の姿を認めた小鹿野さんの表情が明るく変わり、階段を上る速さが少し速まる。
でもすぐに表情が曇った。
振り返ると、菅谷とモトキチの姿が。ふーん、菅谷嫌われてるじゃん。
菅谷、こっちを見る眼鏡の奥が
あ、本閉じて立ち上がった。
「じゃ、三宅も戻ってきたんで、先生……」
「そうか、ところで菅谷、いつから推理パズルを?」
「答える必要あるんですか?」
ナニよその態度!
「いや、学校の勉強より、そっちの方が地頭はよくなるからな。社会に出たら推理パズル的な問題解決能力は役に立つし、これからの事を考えたら、いいと思うぞ」 モトキチは鳥の巣みたいな頭をかき回しながら言った。
菅谷はモトキチの顔を見直して、薄く笑ってちょこっとだけ頭を下げた。そのままカバンとパズル雑誌持って階段に、と思ったら教室の方に戻る。
「あれ、菅谷、帰るんじゃなかったの?」
「忘れ物だ」
ふーん、あんたでも忘れ物するんだ。
教室に向かって歩き出した菅谷の背中を、なんかモトキチが見送るみたいな感じになって、それから、
「ほらいいかげんさっさとゴミ捨てにいってこい!」
モトキチに言われて本来の用事を思い出し、慌ててゴミ箱をつかみあげる。
「やっべ! 小鹿野さん、ゴメン、すぐ終わらせるから下駄箱で待ってて!」
「はい、エントランスですね。カバン取ってきます」
そう言って小鹿野さんは、少しうつむきながら小走りに教室に向かった。そうだよね、下駄箱はないよね。エントランスだよエントランス。よし、次からは小鹿野さんを見習って上品に可愛らしく振舞うぞ!
ゴミ箱抱えて、あれ? 小鹿野さん、菅谷を追う形になったけどいいのかな? と、ちょっと疑問に思った。
ま、いっか! 私はゴミ捨て場への往復時間記録更新を狙う勢いで階段を駆け下りた。
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