見たいのは明日

皆中きつね

第1部 三宅昭子は騒がしい

1章

第1話 大丈夫?

 世の中、予想できないことが起きる。


 家の近所にお寿司屋さんがあった。

 その場所は、私が小学生だった6年間で、ファミレスになったりカフェになったり中華料理店になったりした。

 どれも長く続かなかった。


 家の近くに進学塾があった。

 子どもの頃、夕方からそこに自転車でやってくる中学生たちは、とっても頭がよさそうで、とってもオトナに見えた。夜間に自転車で移動する姿でそう思ったのかも。

 私も中学生になったら、あの塾に行って、オトナの仲間入りをしてみたかった。家のすぐ近くだから自転車では通わないけど、あそこに行きさえすれば頭よくなるんだ。そう無邪気に考えていた。


 その塾は、私が中学生になった途端に閉鎖しちゃった。今は更地さらちになって、なんとかう管理会社の看板が立っている。


 家から歩いて15分もすると最寄りの私鉄の駅に着く。駅を越えて少し歩いたところにはテニス教室があった。高校生になったら、ここでスカートをヒラヒラさせながらカッコ良くラケットを振りたいな、なんて子どもの頃から漠然ばくぜんと考えてた。


 そこも、今では駐車場。


 私の知ってる範囲なんて小さいもんだけど、世の中ってなんか思うようにいかないもんだし、あきらめる事も必要なんだなということは、女子高生になったばかりの15年の短い時間で実感できた。


 でもね、女の子が泣きながら女子トイレから飛び出してきたら、そりゃほっとけないでしょ。


 それは放課後の掃除が終わって、ゴミを捨てにゴミ箱抱えて廊下を移動していたとき

 勢いよくトイレから飛び出してきた女子生徒と危うくぶつかりそうになった。

「わっちゃあ!」

 ゴミ箱の中身を廊下にぶちまけそうになり、思わず変な声を出してしまった。もうちょっとカワイイ反応できないもんかなとガサツな自分に軽く自己嫌悪しつつ、ぶつかってきた女の子に「大丈夫だいじょうぶ?」と声をかける。

 そのコは顔を覆っていた両手を外してこっちを見ていた。驚いて見開いた大きな両眼のまつ毛が涙でぬれている。女の私が見ても守ってあげたくなるような、線の細いショートカットの顔立ちに思わず見惚れてしまう。あー、こんな感じの女の子になりたかったなと思いがかすめる。

「ごめ……」

 たぶん「ごめんなさい」と言おうとして、言葉が詰まったみたいで、また顔を手で覆ってそのまま走り出してしまった。


 まだ5月の連休明けでクラス全員の名前を覚えているわけじゃないけど、あれはたしか、同じクラスの小鹿野おがのさんだ。無口なコで、いつも一人でいたから気になってたんだけど、お話しする機会がちょっと無かった。


 でもいったいトイレで何があったの? まさかこの学校でイジメ!?

 そんなの絶対許せない!

 イジメた連中はまだトイレの中? いたらとっちめてやる!

 ちょうどいいところに、パズル誌とにらめっこしながら歩いているメガネ男子がきたから、持ってるゴミ箱押しつけて、私は女子トイレのドアを開けた。

「ちょっとアンタたち!」

 あ、れ? 誰もいない……。

 おっかしいなあ?

 廊下に戻ると、ゴミ箱抱えたメガネ男子が文句言ってきた。

「おい三宅みやけ、これどうするんだ?」

「ゴメン菅谷すがや、すぐ戻るからそこで待ってて!」

 メガネ男子は菅谷誠人すがやまさと。私とは小学校からの知り合い。家が近所だから幼馴染と言っていい。勝手知ったる気安さで菅谷にゴミ箱押しつけたまま、私は小鹿野さんを追いかけた。

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