第46話 ですよねー

「だから俺を呼び出したのか。ハッキリ言って迷惑だ」

 ですよねー。

 菅谷の眼鏡の奥で、瞳が刺すように硬く光ってる。

「だいたい俺に何の関係がある? お前らの占いごっこに俺を巻き込むな!」

 わー、なんか知らんが機嫌悪いぞ今日は。男にも機嫌悪くなる日ってあるのかな?

「だいたい自業自得なんだよそいつは。匿名だからってやりたい放題やって、身元バレたから助けてくれだなんて、どこのどいつか知らんがよく言えたな!」

 はい、ごもっともです。

 うー、いちいち納得できてしまう。反論できんなあ。

 沈黙が重いわ。

「それでも……」

 突然、か細く震える声が沈黙を破る。

「それでも、悪い人じゃないと思うんです、その人……だから……」

 最後涙声になってるよ小鹿野さん。


 菅谷は頭をかき、額に手を当てて、しばらくして

「コーヒー、淹れてくれ。アイスじゃなくてホット。砂糖1つ、ミルクなし。それ飲んで考える」

 ハイ! と明るい返事でキッチンに向かう小鹿野さん。やっぱり美人の涙は卑怯なくらい有効だねまったく。私の涙でも効果あるかな?


 菅谷はコーヒーを一口飲んで

「まず、状況を確認したい」と切り出した。

「その相談した人の名前は?」

「言えません。それは絶対の約束でしたから」

「ではアカウント名は?」

「教えてくれませんでした」

 腕組んで渋い顔する菅谷。

「ノーヒントかよ。真っ白なジグソーパズルにだって手がかりくらいあるぞ……じゃあ、どんな写真をアップしたか、わかるか?」

「顔は写していないそうです。あ、家の中で撮ったと言ってました」

「『部屋の中』、じゃないんだな?」

「はい、たしか『家の中』だったと思います」

 腕を組み考え込む菅谷。コーヒーをもう一口すすり、質問を続けた。

「誰かの噂とか、文面から特定される可能性は?」

「そういったのは書いていないみたいです。あくまで写真主体だったようで」

「その裏アカは、いつごろ始めた?」

「この春からだそうです」

「脅迫のメッセージが届くようになったのはいつぐらいから?」

「夏から、としか聞いてません」

「どんな内容か、聞いてるか?」

「ええとですね、最初は、『お前が誰なのか分かった、身元をバラされたくなかったらすぐに閉鎖しろ』」

「『閉鎖しろ』? 本当にそう書いてあったのか?」

「見たわけではありませんが、その人はハッキリと『閉鎖しろとメッセージが来た』と言ってました。」

「メッセージは、他にも来たんだよな?」

「はい、裏アカに鍵をかけた後も、別のアカウント名で承認されて入り込んで、ダイレクトメッセージを送ってきたと」

「そこには、なんと?」

「特定した証拠として、その人の名前と、最近のプライベートな行動内容が書かれていて、『今すぐ閉鎖しろ』と」

「それは本当か!」

「そう、聞きましたけど……」

 菅谷は笑ってコーヒーを飲み干すと、お代わりを要求した。

「大丈夫だよ、裏アカ閉じればそれで終わるから。写真ばら撒かれるなんて絶対ない。安心していい」

「なんでそう言いきれるのよ?」理解できない私はちょっとムスッとなってしまう。

 小鹿野さんが3人分のコーヒーを淹れてくれた。ミルクと角砂糖2つ入れてスプーンでかき回す。

 菅谷が説明をはじめた。

「まず、誰かの秘密を掴んで脅迫するとして、なんて言って脅迫する?」

「お前の秘密を知ってるぞ、かな?」

「それで? 何を要求する?」

「うーん、お金とか、もっとエッチな写真とか、直接会うようにとか……」

「いいねいいね、それで、どうやって要求する?」

「どうやってって、それは……あ!」

「そう、アカウントを閉鎖したらそこで脅迫者とは線が切れてしまうんだよ。だから脅迫が続かない。普通の脅迫者ならそんなことは要求しない」

「脅迫者の目的は、あくまでもアカウントの閉鎖にあるということですか?」小鹿野さんが質問する。

「そうだろうね、小鹿野さんの話を聞く限り、そうとしか思えない。そうだとすれば対象は絞られてくる。結論を言うと、犯人は相談者の家族、それも男性のだ」

 ゲ! なによそれ! 家族が脅迫? 春のモトキチのトイレ盗撮を思い出してむかついてきた!

「ちがうよ、今2人が考えているようなことじゃない。いいか、まずツイッターは、スマホからアップされた画像についている位置情報については削除するようになっている。だから写真から撮影場所を探るとなると、ランドマークとなるものが写っていなきゃいけない。家の中で撮影したのだったら特定はムリだ。でも、その画像を家族が見たとなれば話は別だ」

 菅谷はコーヒーを一口飲んで話を続けた。

「これはあくまで仮定だが、ツイッターで『裏アカ』とかの単語で検索して、エッチな画像を日々探して愉しんでる人物がいたとしよう。その人物がある日、見覚えのある背景の画像に行き当たったとしたら? たとえば壁紙とか、タイルとか、本棚とかヌイグルミとかだな。そして写真の人物のパーツにも、例えば首筋のホクロとかにも見覚えがあったとしたら?」

 ああ、なるほどね。

「な、注意したくてもできないだろ? 『どうやって見つけた?』とか言われてしまうもんな。でもこのままにしておくと本物のストーカー被害に遭うかもしれない。だから、身元がバレてるぞと脅迫する形をとりながら、裏アカの閉鎖を要求してきたんだよ。その人の事を思っての事さ」

 へー、聞いてて感心してしまった。

「さすが菅谷! あんたなんでそんなに裏アカ詳しいの?」


 ……………………………………………………………………………………


単純に聞いてみたかっただけなんだけど、なによこの沈黙は……


「菅谷、あんた、ひょっとして……裏アカで自分の裸の写真とかアップしてたりとか」

「するわけないだろ!」



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