記憶

 今にも内側から体が破裂してしまうのではないかと思うくらい、体中が痛かった。

 痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて、白い部屋の中を、のたうちまわって、体中を掻きむしって、頭を打ち付けて、叫んで転げまわって痛みをごまかすために何でもやった。


 誰も助けてくれない。


 皆が見ている。


 裸にされて、苦しんでいる私を見ているだけ。手元で何かを書いたり、新しい機械や魔術、薬を試すけど、ただそれだけ。


 今にも根底から心が狂ってしまうのではないかと思うくらい、心中が苦しかった。


 苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて、暗い部屋の中を、救われるなら、助けてくれるなら、傍にいてくれるなら温もりをくれるなら何でもやった。


 でも、誰も助けてくれない。


 そんな日々が続いて、白い部屋の外から『定着した』という声が聞こえると、私は

白い部屋から追い出された。


 こんど私が放り込まれたのは、暗い部屋。


 そして、そこで待つ。正気の顔で狂気を行うヒトの群れ。


 くらい、くらい、おへやのなかで、みんなが、わたしをすきにする。

 くらい、くらい、おへやのなかで、だけど、みんなは、わたしをすきじゃない。


 それが普通だった、むしろ、コレは救いだった。


 痛いけど、白い部屋程じゃない。


 苦しいけど、白い部屋程じゃない。


 手でさわれる場所に、人が居る。乱暴に私の体を掴み、無理矢理引き寄せ、切り刻んで実験して、興味をなくして終わりになる。


 人から人へ、投げ渡される。だけどそれだけ、人が居る。


 人が居て、私が居る。苦しいけど、もう私はそれだけで良かった。


 私の出会う四割の人がそうだった、残った六割の内、そもそも私に何の興味も示さ

ないのが三割で、残りの三割は、私と同じ人だった。


 おんなじだから、ほんの少しだけ解り合えた。


 おんなじだから、ほんの少しだけ励まし合えた。


 だけど、その三割は、わたしが殺してしまった。


「コロセ」


 そう言われた。


 やらないと、もっと酷い目に合う。

 やらないと、もっとつらい目に合う。

 最後に、本当に最後に残った温もりも、無くなってしまう。


 だから、私たちは殺し合った。おんなじだから、向こうも嫌だって思っている事も、それでも怖くて仕方が無い事も、全て解っていた。


 上手く殺せると美味しい食事が食べられた。

 泣きながら食べて、泣きながら吐いた。

 殺して、苦しんで、食べて、吐いて。

 繰り返すうちに、私は三割の人と出会っても、何も言わなくなった。


 そんな中、話しかけてくる、彼が居た。

 彼は、三割の人間だ。


 いつもの通り私に話しかけて来た誰かと、いつもの通り殺し合う。

 彼は、殺さなきゃいけない人間だ。


 だから、いつもの通りに襲いかかった。

 だけど、いつもの通りじゃ無かった。私はあっさり地面に叩きつけられた。



 まけた。



 だけど、少しだけ安心した。ここで死んでしまう事に、思う事は何も無かった。

 なのに、彼はただ、唇の端を軽く上げて私に微笑みかけて来た。


「残念だね、君には僕は殺せない。そして、僕も君を殺さない。……ささやかだけど、コレが最初の反撃だ。どんな気分だい? 壁の向こうの研究者気取りの狂人諸

君、悪いけど、僕は下らない脅しで殺人何か行わないよ」


 彼は、あろうことか白い壁の向こうの、白い服の人たちに向かって、首を描き切る仕草をして見せた。

 もっと酷い目に会うって解ってるのに、もしかしたら殺されちゃうかもしれないのに。

 それでも彼は、何の迷いも無い瞳で、目の前の壁、その向こうの『誰か』を睨んでいた。


「あ……あ」


 手を伸ばす。何を求めてそうしたかは、もう私にも解らない。

 彼は、気が付いてくれた。私の伸ばす手を、ぎゅっと、やさしく、あたたかく握ってくれた。


「さて、と、今仲がよさそうにするのは体面上宜しくないね? 後で仲良くしようか、いろいろと話してみたいし、ね」


 その手は、ぶるぶると震えていた。


――ああ、この人は、私と同じだけど、私なんかじゃ追いつけないほど、凄い人なんだ。


 言葉で答えることができずに、私は一回、頷いた。

 彼も満足そうに頷いて、私は意識を失った。

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