孤軍奮闘。蟲群蠢動。

 このままずるずると時間稼ぎをし続けても良いんだけど、話す事が無くなった状態で戦闘を再開すると、イリスが標的にされる可能性がある。この状態で戦闘になれば、奴の目は間違いなく僕に向いている筈だ。


 足には力。

 手には刃。

 心には祈り。

 隣には仲間。

 唇には、笑みと冗談。

 そして未来には、約束。


 ……ああ、戦うには充分だ。足りないものなんて、何も無い。


「さて、じゃあやるとしようか? 切り札の準備は良いかい?」


 僕の言葉に、ちょっとの間をおいてから、唇に笑みを作ったイリスが答える。その笑みで、思いは同じと信じられる。


「まっかせて! ……って言いたいけど、後一回かな?」


 怒られるのを恐れる子供か子犬の目で、イリスが僕を見る。

 でもその表情も一瞬で、僕の表情が怒っていないのを見て安心したのか、彼女はすぐにいつもの自信満々の元気な顔を取り戻した。


「あ! でも、その一回があれば、私の意地にかけても成功させるよ! 約束する」


 頼もしい! 完璧を断言しない辺り、とりあえずのポジティブワードよりもよっぽど信頼できる。つまり、僕の仕事は後一回、奴からあれを引き出せば良い訳だ……


「じゃあ、後は僕の仕事だ……とりあえず仮説は立った。君、『電磁網ラルタ・バィン』まだ撃てる?」


「そりゃあその程度なら、でもどうするの?」


 相棒が首を傾げ、僕が使い方を簡潔に説明する。イリスの大きな目が更に大きく見開かれた。


「えっ! ちょっと! ソレ本当に大丈夫なの!」


「大丈夫! 信じてるよっ!」


 残念だけど、これ以上作戦会議に使う時間は無いので。簡単な返事で答え、大地を蹴る。

 自分の背に『風空脚エルア・スタル』を発動。圧縮空気の暴風を身に纏い、生きた砲弾となってベィに向かって特攻する。べィはアイの体のまま、二本の蠅の腕、蟷螂の刃、大蜈蚣の縛鎖を生み出し、僕を待ち受ける。


シャァァアアアアアアっ!」


「ハッ!」


 僕の咆哮と蠅の嘲笑が刃に一瞬先んじて交錯。

 そして即座に鉄と肉の悲鳴が後を追う。耳の音に不快な音を感じながらも、衝突した刃を降りぬく。

 刃がべィの腕の一本をたやすく切断。回転しながら吹き飛ぶ腕が視界の先で黒い靄に変わり、本体に混ざった。ビデオの早回し……どころか頭出しみたいなバカげた速度で腕が再生する!

 帰りたいっ!

 やっぱりコイツ! どう考えたって僕みたいな剣振るしか能が無い前衛は戦っちゃいけない相手だ!

 蜈蚣が襲い来る。だけど遅すぎる。


「しっ!」


 僕に噛みつこうとする蜈蚣に先んじて一蹴! 僕の短い人生でも最高にいい感じでべィの鳩尾に蹴りが入る!


「かはっ!」


 肺から空気を絞り出される音と共に小さな体が吹き飛び、ポンプの後ろの壁に衝突。

 その隙に空いた手でポンプを掴んで自分の体を持ち上げ、刃を下に向けて追撃を仕掛ける。


「……っっっしゅあっ!」


 空気が吸えないのだろう、苦し気な声と共にべィが二本の鎌を振るう。道筋はちょうど交差するような両袈裟切り。掲げた刃で防ぎ、流す。


「ぬ!」


 ――遅い!

 たたらを踏んだ瞬間に横殴りの一撃。真っ二つになる少女の体。即座に修復。

 こちらに伸びる大蜈蚣の顎。慌てず頭を踏み潰す。黒い影が僕の足を飲み込もうと広がるのでさらに大きく一歩、黒い靄から伸びる飛び蹴りが油断しきったべィの頭を砕く。

 さらに修復、腕が増える。四方から爪のついた腕が伸びる。

 あまりにもお粗末な一撃。笑みすら浮かべて全てをいなす。驚くべィの頭に刃の一撃を叩き込む。


「ほう、これでも足りぬか?」


 唐竹割で真っ二つになりながらも、大量のちからが彼女の周りに顕現する。


「すまんな……君と踊るには余は技量が足りぬようだ、踊りには無粋だが、物量を頼らせてもらうぞ?」


「悪いけどね……全然怖くないよ」


 本心からの余裕の言葉にべィが苦い顔をする。ザマァみろ! 僕の言いたいことを、コイツもきっちり理解してる。

 でも折角な顔してくれたし、きっちり言葉にして追撃してやろう。


「君……実は前衛戦闘ケンカ、下手なんだね?」


 四本の爪を、

 八本の刃を、

 その全てを弾き、流し、受ける。

 十六の牙を、

 三十二の鋏を、

 視界を埋め尽くす針と毒の霞を、

 その全てを切り、抉り、潰すっ!


 確かに、こいつの郡は圧倒的だ。魔術も魔力量も、絶望的と言って良い、まさに世界一つを相手にするに等しい、恐ろしい敵だ。

 しかし、いや、だからこそ解ったことがある。

 コイツ……身体能力が反則的なだけで、典型的な後衛魔術師だ!


 さっきみたいに奇襲で動きを封じるならいざ知らず、今みたいに真っ正面から闇雲に刃を振り回したって、悪いけど僕には致命傷を負わせられない!!

 何本の凶器があったって、どれほどの超筋力があったって、どれほどの速さがあったって! 極限まで鍛えに鍛え上げ、練り上げた前衛の反射神経と積み上げた人類のわざには、残念ながら遠く及びはしない!!

 に至るまでにその技術を磨き続けてきたこの僕を、貴様程度の遊びで殺れると思うなよ!!


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!」


 己でも気付かない内に、僕の喉が咆哮を上げる。

 一歩、僕の刃がとうとう密度を増す蟲群をかき分け、べィの体を斜めに両断するっ!

 ダメージは無い。切り落とされた体は黒い渦となり、再び、群れ、集う。

 しかし、べィの表情が困惑してるのを、見逃す僕じゃないっ!


「凄まじいな……どれほど群れを成し、どれほど包んでも、余が振るう刃である限り、貴様には届かんのか」


「オオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおるぅぅぅぅあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 僕の返答は……咆哮!

 僕の意志に答え、悪魔の血肉が自動的に呪文を発動。魔法の発動を意味する多数の小さな魔法陣が空間に出現しては砕け、『筋力上昇ドウプ・イグ』や『羅刹剛体トォル・ゼツ・クォルク』が幾度となく多重発動。

 限界を遥かに超えている魔法発動に、血管が破れ脳や神経が焼き切れる。

 だけど! それだけだ!

 悪魔の暴虐は、決して僕に届かない!


「ふ……貴様との剣舞は、やはり無理か。是非も無し、わが本質は弱者故、な」


 べィの体が輪郭をなくす。その全てが黒い虫の群れに変わり、僕から煮えようと大きく広がる。

しかし、その存在が群体に戻る前に、その周囲を紫電が塞ぎ、閉じ込めた。

 残り二つの魔宝石の片方を割って、杖を真っ直ぐに向けたイリスの『電磁網ラルタ・バィン』が発動!

何かが触れるまで何の悪影響も無いが、触れた瞬間に数百万ボルトの電流に襲われる。主に足止めや拘束に使われる攻撃術式の縛鎖が、分裂しようとするベィの進路を塞ぐ。

 逃さない! 『粉砕する者』の刃が渦巻く嵐となり、縦横無尽に引き裂き、屠り、喰らう!


 目にはもう、敵しか見えず。

 耳にはもう、音など聞こえず。

 意識は連続する白と黒に振りつぶされる。


「喰らええええええええええっっ!」


 それでも、剣だけは全力で振り抜くっ!


「甘いぞ、阿呆めがっ!」


 べィの声と共に、まさに霞を切るように僕の剣がべィの体を素通り。雷撃に触れない程度に結合を緩める事で、犠牲を出しながらも僕の剣を透過して回避するという荒業だ!

 僕の超膂力に、僕等が足場としていたポンプが悲鳴を上げ、崩落する。当たり前と言えば当たり前だ、元々こんな状況になるなんて想定されていないだろうしね。


「ははっ! 雷撃で余を釘付けにし、剣にて決める腹づもりだったか? 無意味だったな、人よ! 悪いが分裂を封じたとて、余は剣にては死なぬよ!」


 勝ち誇るべィと共に、落ちていく。

 ポンプ周囲には、電撃の網がある。しかし、落ちてしまった後なら別だ。

 悪魔の輪郭が今度こそ消える。雷撃と地面の僅かな間で、悪魔は今度こそ、完全に黒い霞に変じた。


「いいや! 予定通りさ!」


 見えなくても信じている。後ろではきっと、照準の為に宙に飛んだイリスが詠唱を始めている。

 だから、僕は僕の仕事をする。


「これ、なーんだ?」


 我ながらわざとらしーい笑顔で手に持ったそれを指し示す。霞の中から、悪魔の苦渋の声が響いてきた。


「無茶をする……」


 僕の手に握られているのは、いくつもの封式珠弾ふうしきじゅだんのピン。当然、ピンがあるからには本体だってある。

 途端に、紅蓮の炎が迸る。封入された火炎術式がいくつも発動し、僕の体と黒い虫の霞が、等しく炎の舌に巻き込まれ、舐められ、蹂躙された。

イリスの『魔導暴炎爆炸トゥリ・ニトゥロ・トゥルエ』とは比べ物にならない程弱い術式だが、それでも効果は充分、黒い渦が炎の渦に生まれ変わり、一瞬で燃え尽きる。


「くっ……はぁ!」


 ベィが初めて苦しげな声を上げる。しかし、それでも黒い渦は止まらない。


「やってくれるなッ! しかし! まだ! まだまだ余は滅びんぞ!」


「解ってるさ! ……でもっ!」


 答えながら、準備を行う。

『粉砕する者』の弾倉を解放。中にある、分解されて封印されていた給弾ベルトが形を得て伸びる。それを振り回し、体の周囲に巻きつけるように長く伸ばす。僕と虫どもを分ける鉄のラインが幾重にも引かれた。


 僕と蠅の群れが地面に衝突。蠅が再び群れ集う。数が減ったからだろう、腕だけを形成し、爪を振り上げ、僕の傷口である脳天を狙う。


「信じてるから死なないで相棒っ!」


 その瞬間、準備を終わらせたイリスが叫ぶ!


「信じてるから信じろ相棒っ!」


 その瞬間、準備を終わらせた僕が叫ぶ!

 彼女が術式の場所を操作、先程空中に展開していた『電磁網ラルタ・バィン』が僕達を包み込む。触れなければ電撃の流れない紫電の縛鎖が、黒雲と僕に触れ、視界が弾けた。


「があああああああああああああああああっ! ……っ! さぁ、ベィ・ルー!」


 僕と蠅どもが電撃に呑みこまれる。ここで、僕の仕込みも功を成す。


「ここで! 答え合わせだっ!」


 周囲に幾重にも巻いた糾弾ベルト全てが電撃で引火、僕を中心に多数の小爆発の群れと十二、七ミリ弾の暴風が吹き荒れる。

 短い戦いの中で僕達が得た、ベィ・ルー攻略の仮定。堅牢な防御結界と、分離、再結合による攻撃回避能力の数少ない突破口。

 その内一つが、変身直後。

 『死煙殺界ヘィズ・クルス』や『排除炎壁フィル・ウォウ』が効果を発揮した時は、いずれも変身中か変身直後。

 恐らく最初の予想通り、この群れを形成している虫達は、個別に対応する体の器官に『変身』する事で個と群の間を行き来している。

 すなわち変身中は変身そのものに魔力や集中力を喰われている。

……コレが仮説その一。


 もう一つが、発動に対する集中。

 コイツに打撃を与える事の出来たもう一つの術式、それはフードコードでの『魔力砲撃:偽・煉極災杖マルス・カノ:イム・レルヴァ・ティン』。

 最初は大火力が防御に打ち勝っただけだと思ったが、それも先程覆された。ならば最初の大打撃の原因は何か? 簡単だ、奇襲である。

 ベィが発動する術式は、恐らく自動オートでは無く手動マニュアル……しかも、ここまでの言動、行動、統制から、群れていても戦闘においての思考はベィ一人と予想される。

 つまり、同時多角的な面攻撃を食らうと、攻撃箇所と防御魔法の最適化の為に隙が生まれる筈。


 あとは、二つの仮説にベィの戦闘時の思考を組み合わせる。コイツは、僕が刃を振るった時には、高確率で『喰らってから体を分解する』、理由は恐らく攻撃前に体を分解するとフェイントで飛んでくる広範囲術式に耐えられないからだろう。

『斬られてから』体を分解すれば、刃が届く距離に居る僕を巻き込む事を恐れて大規模な攻撃魔法は打てず、威力か範囲を絞らざるを得ないからである。

 しかし、今回はそれを利用する。

 最初に斬らせて分解させ、火と弾丸による無差別面攻撃と魔法による雷撃を合わせる。これによりベィは分解に魔力と術式詠唱を喰われた状態で三種類の攻撃に対する防御を展開せざるを得ないはず!

 後は、僕の予想が形になる事を祈るだけだ。


「が、あああああああああああああああああああああああっ!!」


 悪魔の悲鳴が響き渡る。どうやら最低でもどちらか片方の予想は当たっていたらしい。

 辛いのは僕も一緒だ、こうしている間にも視界が幾多の火花を上げて肉体が焼け焦げていく。さっきは相棒の手前かなりの大見え切ったけど、思考の身で発動する防御魔術と防魔防刃コートを含めても僕が生き延びる可能性は五分五分だろう。


「か、はははっ! ははっ! やるな……人、間っ!」


 ベィの声。まだ余裕なのかよ!


「どれ! 面白い物を見せてくれた礼に、こちらも面白いものを見せてやろう!」


 雷撃に焼かれる僕のすぐそばに、アイの形をした蟲の塊が出現。途端にイリスの術式がべィの結界に弾かれ強制終了。


「ふふふ、楽しめよ?」


 白くて細い腕が、そっと僕の首に絡む。鼻をつく死臭が鬱陶しい。

 むぐっ……! 

 息が一瞬詰まる……


 この野郎! よりにもよってアイの顔で! しかもイリスの目の前で! 僕にキスしやがった!


 怒りとか色々な感情がないまぜになった僕を尻目に、唇に着いた僕の血を桃色の舌で舐めとって、少女の形をした悪魔が蠱惑的に微笑む。

 たたん、と白く細い足が小さなステップを踏む。踊る足取りに合わせて、何も無いコンクリートに波紋が生まれた。

 それは広がり、互いに重なり、血よりなお悍ましい紅に輝く。

 僕等の足元から腐った風が巻き上がる。強大な魔力が物理的な圧力すら持って吹き荒れた。


 間合いを取って援護の為にチャンスを伺っていたイリスも、耐え切れずに地面に降り、吹き飛ばされないように身を屈めている。

 禍々しい波動が、僕の首筋を総毛立たせる! 間違いない! 間違えようがない! これは……この術式はっ!


「開幕だ! 幕を開け! 集い来たれ! 踊り狂え! 貪り犯し、腐って果て、そして生まれよ! 永久とこしえの純粋な欲望の坩堝を此処に!」


 柴沼の底から、天上の歌姫の声で悪魔が謡う。

 足元に地獄の門が開く、その向こう側に広がる景色は、全ての生を否定する魔界の死沼の光景だ!


手前テメぇっ! これは! 始まりのっ! あの時のッ! 僕のッ!」


 僕の憎悪を受け取って、悪魔が愛し気に微笑む。


「ふふ……安心せよ、余のはきっちりと、完成した術式だ」


 その言葉が、死刑宣告。


――来る!


 直感。直後、足元から、向こう側に残されたべィが顕現する!


「さぁ! 貴様が減らした分の余を、この楽しき宴に呼んでやろう!」


 王者の号令。地獄が僕を貪るのを、全身で感じた。


「喰らい尽くせ! 『生誕祝う群蟲の葬列ラズルダズル・アポリュオン』!」


 視界の……いや、そんな言葉じゃ生ぬるい。

 僕の持つ五感の全てが、黒い虫で埋め尽くされた。

 世界の全てが塗りつぶされる。闇しか存在しないのは、僕の両目も虫に食いつくされたからだろう。

もう世界には、僕の心と蟲しかない。

 ほんの少しだけ力を上げ、再召喚されたべィ・ルゥ・ジィは、たったそれだけで完膚なきまでに僕の体を食い尽くした……












――――――勝った!

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